秘密の共有
猛省の中、私の手を強く引くエミル殿下の手が割とゴツゴツしていて男の子っぽいなとか、これ私最悪殺されるのかもしれないと色々なことが頭の中を過ぎっていた。
「君たち従者は暫く外で待機だ。テレシアはもう戻っていい。ご苦労様」
「「かしこまりました」」
「御意」
エミル殿下は部屋の扉を閉めると、そのまま私を部屋のソファーへ座らされた。
「…はぁ…夜中だし、大きな声は出さないよ。それに僕は第二王子だからね。他国での身の振る舞い方一つで今後の展望が変わってしまうと分かっているから」
「はい…」
エミル殿下は自分に言い聞かせるように、また私も同じような立場なのだと説明するかのように話した。
だが多分表情からして落ち着きを保とうとしているのだと思う。怒りを抑えるために。
「分かる?君も婚約者という立場に居る意味が。君の軽率な行動が僕や御家族、それにフロリエンスへ大きな影響を及ぼすんだ」
「承知しております…」
「なのになんで…!君は王族に目をつけられる事を嫌い、厄介事からは逃げるような性格じゃないか。そんな君が何でこんなことを…」
…私のことをよく理解されている…。一緒にいる時間が増えたからだろうか。私の表情が読み取りやすいのだろうか。
「私は、ただ可能性があるならばやってみたいと思って…すみません…」
「君は好奇心まで旺盛なのか。しかも猪突猛進。はぁ…もう少し周りを見て。状況を把握して。それでは従者が可哀想だ」
エミル殿下は頭を抱えた。面倒事が嫌いなくせに、楽しそうなことがあるとそれを気にならないくらい突っ込んで行ってしまうのか、と。
お母様も以前同じようなことを仰って私に呆れていたな。
「申し訳ございません。気を付けます…」
「いい?まず行動する前に全部僕に話して」
「承知いたしました。それと…まだハッキリとはイザイア殿下にはお伝えしておりませんが…」
「何?言った側から何かあるの…?」
聞くのが怖い、という表情をする殿下は耳を両手で抑えようとしていた。
「私、妖精や精霊たちと話せるんです」
「…え?」
「独り言のように周りは見えているかもしれませんが、私は彼らと話していたんです」
エミル殿下も私の行動に心当たりがあるようで、なるほど、と腑に落ちたような顔をした。
だがその表情も一瞬で崩壊する。
「…だとしてもね?怪しすぎるんだよロレインは!疑われたって仕方ないって自分でも分かっているだろう?」
「信じて下さるのですか…?私の話を」
「信じるよ。色々と納得したし」
「ありがとうございます…ふふっ」
「ねぇ、笑った?今笑った?反省してる?僕今凄く怒っているんだけど」
「すみません、なんか…っ、百面相なエミル殿下を見るのが新鮮でつい」
はぁー…と深いため息をついた殿下は両手で顔を覆いながら、下を向いた。
「…殿下、来てくださってありがとうございます」
「当たり前だろう、婚約者なんだから。でももう今日みたいな日は勘弁して」
「善処いたします」
どうにかエミル殿下には説明出来たが、イザイア殿下に納得してもらうには…いや、まずは誤解を解かねばならない。
私は誰も居ない部屋へ戻るとベッドへと倒れ込んだ。そのタイミングで物音を聞いたのか、私が戻ったことを知った隣室のリリアンナがドアをノックし様子を見に来てくれた。しかし夜も深けているため詳しくは明日話す、と直ぐに下がらせ私はソファーに腰を下ろし深く息をついた。
ヴァンちゃんが眠っている籠をそっと覗いてみると、くぅーくぅーとゆったりとした呼吸音が聞こえ安心する。
「ヴァンちゃんも寝ているね。今日は長い一日だったんだ…私頑張り方を間違えちゃったみたい」
お母様に怒られていた意味も、今日で全て理解した…気がする。
「都会は厳しいです、お母様」
***
カーテンの隙間から朝日が顔を照らし、珍しくリリアンナが起こしに来る前に目が覚めた。
「はぁ…憂鬱だ…。でも逃げてはダメね」
窓を開けると風が優しく吹いた。外は晴天。
うん。今日は上手くいく気がする。
そして部屋の扉がノックされリリアンナが洗顔用の桶を持って入ってきた。失礼なことに私を見るなり目を見開き、桶の水が揺れ零れそうになっていた。
「ロレイン様が…起きていらっしゃるなんて…余程昨夜エミル殿下に絞られたのでしょう…」
「ちょっと。心の声が漏れてるわよ、失礼ね」
確かにリリアンナの言っている事は間違っていない。
昨夜の行動についてイザイア殿下の誤解も解きたいし、他の皆にも話さなねばならない。
「ロレイン様、王族相手にしてよく無事で居られましたね。他国の王子とあれだけバチバチしてたら普通終わってますよ」
「それは分かってるし、もう少し立場と立ち回りを考えようと…今回思ったわ」
リリアンナはやっと日頃から注意されてきたことが分かったのかと、何とも言えない顔をしていた。
朝食を終え、私は普段通り研究室へと向かった。
ローガンやリオはイザイア殿下から昨夜の出来事について聞いているだろう。
私は研究室の前で呼吸を整え、思い切って扉を開ける。
「ご、ご機嫌よう」
すると研究員が一斉に私の方を向いたが、皆目を合わせないようにスッと顔を逸らす。
リオだけは作業を止めて私の所へ寄ってきてくれた。彼も昨夜のことについては聞いているはずだが…。
「ロレイン様、おはようございます」
「リオ、おはよう。…その、」
私が弁解を始めようとした時、バンッと勢いよく研究室へ入ってきたのは笑顔満開のローガンだった。
「おっはよー!あ!ロレイン様!昨夜はやらかしましたねぇ!お陰様で私の仕事が増えましたよー」
「え、っと…申し訳ございませんでした。ローガン」
ハイテンションのローガンに付いていけない…。彼が怒っているのか、何を考えているのか逆に分からず怖い。
「ということで。ロレイン様。貴方は現在スパイ容疑、そして王族への反逆を目論んでいる可能性があると判断されました。後日アグリジェントにて裁判にかけられるでしょう」
恐れていたことが現実となり、私は呼吸の仕方を忘れた。安易に考えた自分が悪い、明日どうにかなるだろうと思っていた。
王族と関わることの怖さを知っていたはずなのに。
「ローガン。それはイザイア殿下の判断だろうか。それともアグリジェント王の命か?」
気が付けば目の前にエミル殿下の背中があった。いつの間においでになられていらっしゃったのか。
「まだ話は続いております、エミル殿下。本来であれば今すぐにでも法の下裁かれるはずでした。しかしフロリエンス王国との共同研究、そして発足したての精霊騎士団への不信を集めてはならないと判断され、本件はアグリジェント王には報告しないこととなりました」
「…では、イザイア殿下はロレインの処罰をどうお考えなのか。伺っているか?」
「はい。実は昨夜その場に私も同席しておりました為少々魔法にてロレイン様のお心を覗かせていただきました。その結果ロレイン様は素直に、ただ真っ直ぐ。精霊騎士団のために可能性を広げたかった。その軽率なお考えの元行動されたのだと、そのままイザイア殿下へお伝えさせていただきました。従者の件についてはまた別の者がご報告しておりましたが」
軽率、と言ってローガンは私をチラリと見るとフッと笑った。馬鹿にしているのは分かる。
だが馬鹿にされる程私の行動は危ういものだと周りは理解しているのだから仕方がない。
「それで?」
「イザイア殿下は頭を抱えておられましたよ。あまりにも軽率な行動にロレイン様は反省した方が良いと判断され、今現在この断罪寸前の緊張した空気という処罰を与えることとされました」
「…へ?」
私は口を開けたまま魂の抜けた身体から力ない一言しか出てこなかった。
それはエミル殿下も同様のようだ。
「…それは…寛大なお心だが、こちらとしてはそれでは腑に落ちない。後ほど僕からイザイア殿下へ話がしたいと伝えておいてくれるかな」
「かしこまりました」
何故イザイア殿下がそのような寛大なご判断をされたのかは分からない。私の心をローガンが読んだからかしら。だとしたらローガンに余程の信頼を置いているのだろうか。
クラレンスとジノについては別の従者が報告しているというのは不可解だが。この件は私でもまだきちんと把握出来ていないのにイザイア殿下が許容されるはずがない。
…何か試されているのか…?
「ロレイン」
「すみません、考え事をしておりました」
エミル殿下と私は一旦外へ出た。
空は今にも雨が降りそうな天気で、モヤモヤとした湿気が嫌に身体に纏わり付く。
エミル殿下は私と向き合い、私の肩を両手で掴むと真剣な眼差しで見つめた。
「いいかい。改めて言うけれどここは他国だ。決して油断してはならない。勿論君の力が必要だと思ったから僕は君をここへ連れて来た。だがフェタリナーツェ公爵と約束したのだ、君を危ない目には決して合わせないと。僕以外に心を許さないで」
「…かしこまりました」
いつの間にお父様とそんな約束を…?
今回の件は貴族としても、第二王子の婚約者としても私の振る舞いは最悪だ。
分かっている。いや、分かっていたのに。
自分の家と同じ感覚で振舞ってはいけないのだと改めて実感した出来事だった。
「はぁ。イザイア殿下にも困ったな…。いっその事こちら側に責任を押し付けてもらった方が楽だった。何かしら思惑があるのだろうな」
「申し訳ございません」
つい声のトーンがいつもより低くなってしまった。するとエミル殿下は撫でるように私の頬に指を滑らした。
驚いた私を見てエミル殿下は微笑む。
「…僕はさ、ロレインにはロレインらしくいてほしいと思うよ。皆に優しく、自由な君は輝いている。そんな君が好きだ」
昨夜の年相応の彼と比べて大人っぽい仕草に私は鼓動が酷く鳴ったのを自覚した。
年齢はそう変わらないのに。
「…あまりそういうことを女性に言うものではないですよ。勘違いされますからね」
そう言うとエミル殿下は軽くため息をつく。
「まぁ、今はまだそういうことにしておこう」




