女性騎士
クラレンスが護衛を外れたことをエミル殿下へ伝えた後、私には翌日から新たな護衛騎士が付いた。
「本日よりロレイン様の護衛を務めさせていただきます、テレシア・ラミレスと申します」
ピンクの髪にブラウンの瞳を持つ彼女は男性が主とする騎士団の中では珍しい女騎士だった。
というかラミレスって…。
「あら、でしたらミア様の…」
「はい。以前妹がロレイン様とお会いしたそうで」
セレリア王女、そして文官のミア様と通関士のセオドリク様とお茶会をした件だろう。
ラミレス伯爵家から二人も王城にお勤めになっていらっしゃるとは。優秀な家系だ。
よく見るとテレシア様はミア様に似ている。
いや、ミア様がテレシア様に似ていらっしゃるのかな。
柔らかなピンクの髪は特に姉妹を連想させた。
「お陰様でとても楽しい時間を過ごせました。お手を煩わせ申し訳ございませんが、護衛の件宜しくお願いいたします」
アグリジェントにいる間は殆ど城内で過ごすつもりで、護衛はユリスだけでも十分だと思っていた。しかし他国に滞在している以上、もっと警戒心を持つようにと殿下に叱られてしまった。
経験豊富な同性ならば日常生活も過ごしやすいだろうと殿下はテレシア様を少なくともアグリジェントの滞在期間中は私の専属騎士として配属して下さった。
女性騎士はこの辺ではとても珍しい。そもそも女性が仕事をするのも珍しい世の中だ。
その中でも貴族の女性は大体ミア様のように文官や司書など、城内での書類仕事をメインにする方が多い。
女性騎士という職は男性から婚約相手として選ばれることは少ないそうだ。
妻が女性騎士など、危険な仕事をさせる夫に周囲は不信の目を向ける。それに危険な任務へ出向く妻を快く送り出せる夫はそうそうに居ないだろう。
まぁ、綺麗事を消し去れば男のプライドが強い女性を妻に迎えるというのが許せない、という話が最もらしい。
だがテレシア様にはこのような下世話な話は無縁のようだ。椅子に座りながら彼女を見ていると、キラリと光るものが指にはまっていた。
「…あら、その指輪は…」
「あ、外し忘れていましたね。これは…その、夫からのプレゼントで」
テレシア様は急いで指輪を外し、チェーンに指輪を通して首から下げると顔が少し火照っていた。可愛らしい。
「愛されているのですね、旦那様に」
「はい…」
か、可愛らしい…!
結婚っていいものなのかもしれない、とこの時一瞬だけ感じた。そう。エミル殿下のお陰で。
「ロレイン、準備は出来たかな」
「はぁ…」
「…それはどういう溜息?」
「いえ、深呼吸です」
*****
購入した練習着を着用し、精霊を扱う練習のため練習場へと向かう。
午後は研究室で書物を読み研究を進めるお手伝いをする予定だが恐らく暫くの期間この予定は繰り返しになりそうだ。
新しい練習着は運動しやすそうで、ドレスやワンピースばかり着ていた私にとっては新鮮だった。
練習場へ着くとそこには私とエミル殿下しか居らず、キョロキョロと辺りを見回しているとリオが本や資料を持って登場した。
「アッシュとクリードは本日いらっしゃらないのですか?」
「彼らは任務へと出ております」
リオは練習場の椅子に座り、近くのテーブルに本を広げた。
何の任務なのか気になったが他国の騎士の仕事を軽々聞くなんてことはしない。
内部の情報を聞き出そうだなんて、そんなことしたらスパイ容疑で投獄されそうだもの。
怖い怖い。
「さて、僕らは精霊との戯れ方を練習しようか」
「そうですね…ただ、お菓子作戦はあまり有効的では無さそうですし、他のやり方も考えましょう」
お菓子ばかりあげていたら妖精はぶくぶく太ってしまうだろうし、いざどこかで使うという時には非効率的だ。
とはいえ…我が家の妖精たちはほとんど毎日私とお茶会をしていたけれど太りはしていないわね。人間とは根本から違うのかしら。
「そうだね…お菓子の食べカスでここを汚す訳にはいかないしね。アッシュとクリードが行っていた様に、何か妖精に関連するものを身近に置いて訓練でもするか」
「はい、そうしましょう」
花の妖精に適性があるエミル殿下にはリオが花瓶に入った花を用意した。私に関しては…風。
何も関連する物が無さそうだわ。
「私はどういたしましょう。風に関連する物など思い当たらないわ」
「そうですね…ではロレイン様、こちらはいかがでしょう」
そうしてリオが手渡してきたのは扇子だった。
確かにこれならば風を発生させることは出来そうだ。
「これはナイスアイデアですわね!」
私は得意げに扇子を仰ぎ始めた。
その様子を見てリリアンナは冷めた目で私を見ている…ような気がした。視界には入れないわよ。傷付くもの。
扇子により発生した風に妖精も気になったのか私の周りに集まり始めた。楽しそうに風に煽られている。
妖精が集まるにつれ精霊たちも扇子の周りに集い、緑の光がふわふわと漂っていた。
「精霊も集まり始めましたわね、はぁ、でもずっと扇ぐのは、疲れますわ」
「…そうですね、改善は必要そうです」
私が疲れ果て扇子を仰ぐのを止めた瞬間、集まった精霊が先程よりも強い光を放った気がした。と、気がついた頃には精霊たちが風を吹かし、私は一瞬で2メートル程空へ高く飛ばされた。
「きゃあ!」
「ロレイン!?」
「ロレイン様!」
急なことに私は空中で固まってしまった。
お尻には風力のような感触があって、不思議なことに私は今、風の上に座りこんでいる。
しかしこのまま精霊力が切れれば私は地面へ放り出されるのも分かっていた。
「お、おちる」
数秒。そんな短い時間だった。
精霊力が切れる瞬間、エミル殿下は私を受け止めようと駆け寄り、リオが近くの箒に跨り空中へ飛び出そうとしているのが見えた。
しかし落ちる私を誰よりも早く受け止めてくれたのはテレシア様だった。
「お怪我はありませんか?」
「テ、テレシア様こそお怪我はありませんか!?」
この時だけ私はお菓子を食べる習慣を恨んだ。
細い腕で私の体重×重力を受け止めて怪我がないなんて、そんな訳ない。
テレシア様は私の心配など露知らず、ゆっくりと地面へ下ろした。
私は失礼だと思ったが心配でテレシア様の腕や足に怪我がないか触って確認した。
「ロレイン様。私はそんなヤワではないですよ」
くすりと笑うテレシア様に私は呆然とした。
可愛らしい笑顔に。だがその可愛らしさとは反面、身体には案外筋肉が付いているようで怪我は見られない。女性騎士って格好良い…!!
「本当に、ありがとうございます」
「ロレイン、無事でよかった。テレシア、助かった。ありがとう」
エミル殿下はほっと胸を撫で下ろしたかのように顔を緩ませた。
しかしテレシア様は少し呆れたようにエミル殿下へ対面する。
「いえ、然るべきことをしたまでです。しかし、殿下。私がお傍に居る時は私にロレイン様をお任せ下さい。殿下までお怪我をされては困ります」
「…分かったよ」
エミル殿下は困ったように笑い返した。
それにしても精霊力の継続時間はアッシュとクリードに比較して短い気がした。
集中力?それとも慣れ?何か他にコツがあるのかしら。
「申し訳ござません、本来なら私が一番にお助けしに行かねばならないのに…」
悔しそうにユリスは拳に力を入れていた。彼だって走って来ているのは私にも見えた。だがテレシア様が異常に動きが速かったのだ。落下速度、落下地点、全てが完璧だった。
「ユリスが助けようとしてくれてた事勿論分かっていますよ。ありがとう」
「ロレイン様お怪我がなくて良かったです」
「リオ。驚かせてしまってごめんなさい。でもこうして突然精霊力が放たれるのであれば、精霊が集まった時点で風の向きを指定するとか、何か命令をした方が良かったのかしら」
「よくウェルスやメイソンも今のように突然起こる精霊力の放出に慌てていました。そうですね…詳しくは二人に聞くべきですが、命令ですか…。私たちの言葉が彼らに伝わるかは分かりませんが、そういった対応は必要はそうですね」
言葉は通じますよ、と言いたいところだが私は発言をせず飲み込んだ。
私は妖精や精霊と話せるから恐らく口頭でお願いをしてしまえばどうにか精霊力を扱えるかもしれない。
そもそも他の方は彼らと話そうとしないから話せないと決めつけているのではないか。
以前見せてもらった実証実験ではウェルスやメイソンが声に出して命令をしているようには見えなかった。それでも精霊力を少し扱えた。何故?
命令が可能だとして精霊たちはいつまで、どこまで力を貸してくれるのだろう。
ただ言うことを聞け、なんて彼らにとって不快なものではないのか。力を貸してくれる仲間として接するべきではないのか。
まだまだ知らないことが多すぎる。
これは一旦リオたちと相談して、精霊とのコミュニケーションについて検証する必要がありそうだ。
私が彼らと話せることは…まだ精霊騎士団との信頼関係が出来上がっていないこの状況で伝えるには早い気がする。あくまで実験的な意味で伝えよう。
それに私が彼らと話せることを皆へ伝えるとすれば、まずはエミル殿下にお話してからでは無いといけない。
そしてその件を話すことによってエミル殿下との婚約(仮)が本物になる可能性が高いことも覚悟しなければ。したくないけれど。
リアナ様の予言を信じるわけではないが、風の精霊やカティの話も信憑性はそこまで無いが気になる。
やれることはやろう。今動かなければならないという不確実な確信が私の中にあるのだから。




