仕事、従者
魔法塔の最上階へ到着すると、若い男性が一人立っていた。
端正な顔の作りの男性はスラッと背が高く黒髪の赤眼をしており、アグリジェントでリオやローガンが羽織っていた様なローブを身に纏っていた。そんな彼は目を細め冷たい視線をこちらへ向けている。
「やぁ、キーラン。今日も不機嫌そうだね」
「エミル殿下…私は毎日不機嫌な訳では無いですよ。仕事が嫌なだけなのです」
この人、凄い。仕事が嫌なのに毎日仕事をしているだなんて。言っている事とやっている事が真逆だわ。しかもそれをエミル殿下に伝えてしまうなんて…。いや殿下に弱みでも握られているのかもしれない。エミル殿下ならばやりかねない気がする。
「君に居てもらうのは凄く助かるんだよ。自由の身になりたければ一刻も早く後継を育て上げないとね」
「…はぁ。まだまだ若造ですが、後釜はすくすく育ってます。今日はアグリジェントのゲートを利用されるのですよね」
「あぁ。人数と名前は事前に伝えた通り。荷物は後から送ってね」
「…承知致しました。では皆さん、魔法陣の中へお入りください」
キーランが指さす方向には丸い円と、記号で出来た魔法陣が床へ描かれていた。
なんだか凄く…魔法っぽい!!
「その陣の中へ入ると外部からの音は遮断されるようになっています。僕の暗唱が聞こえないようにね。じゃあ、時間もないので早速やりましょう」
キーランに促されるまま、私たちは陣の中へ入った。本当に外部からの音は聞こえない。
目の前でパクパクと口を動かすキーランをじっと見ていると魔法陣がキラキラと光出した。
「ロレイン、浮遊感は大丈夫?」
「あ、それは無理…きゃぁ!」
突然の出来事に私はギュッと目を瞑った。しかし次に目を開けるとそこは既にアグリジェントの魔法塔だった。
「あ、あれ?もう到着…?」
「到着だよ。…ロレイン、凄く嬉しいんだけど、あんまりくっつかれると恥ずかしいな」
「へ…?」
移動の際に起こった一瞬の浮遊感の恐怖から、私は隣に居たエミル殿下の腕をギュッと掴んでいた。
私は慌てて手を離し、謝罪をした。
「も、申し訳ございません、殿下」
「構わないよ。でも次はもう少し人が少ないところで」
「寛大なお心ありがとう存じます。しかし次はございませんので」
コホン、という咳払いで私たちはようやくアグリジェントの魔法塔魔術師が目の前で待機していることに気がついた。
「お久しぶりです、エミル殿下、ロレイン様。アグリジェント王国魔法塔筆頭魔術師、ローガンにございます」
ローガンは丁寧なお辞儀で私たちを出迎えた。
優秀だとは聞いていたが、なるほど。彼がアグリジェントの魔法塔魔術師か。
魔法塔魔術師は魔法塔からあまり出ないイメージだったが、ローガンは以前アグリジェントへ訪れた際も共に実証実験や検証を行っていた。
国によって違うのかもしれない。
「君がアグリジェントの魔法塔を管理していたのか。出迎えありがとう」
「お久しぶりです、ローガン。貴方が魔法塔所属ということはリオもそうなのですか?」
「いえ、リオは研究一筋なので。魔法塔には所属しておりません。では、ご案内させていただきます」
ローガンに連れられ、私たちは魔法陣を後にした。
アグリジェントの魔法塔はフロリエンスとは違い、何だか全体的に明るかった。青い花畑に湖が描かれた壁紙は動的で、花は揺れ、湖の水面には花びらが浮いていた。なんだかとても懐かしい感じもする。
「お気に召されましたか?」
「はい、とても」
「ここの壁紙は私が四季に合わせて変化させているんです。今は海の季節に移行する途中なのでこんな感じにしてみました」
「ローガンは芸術の才もお持ちなのですね。この壁紙を見ているととても和みます」
ローガンが照れていると、初めて会った時のように突然彼は前へ倒れかかった。
「遅い」
片足を上げたリオの様子からまたローガンを背後から蹴ったのだろう。ローガンは背中を擦りながら後ろを振り返った。
「リオ!またエミル殿下とロレイン様の前で!」
「ローガンが遅いからだ。エミル殿下、ロレイン様。今回も御足労いただきありがとうございます」
「リオは相変わらず元気だね」
「エミル殿下もお元気そうで何よりです」
「君ほどではないかな…」
***
はぁ、いいのよ。他国に来たのだもの。
溜息をつきそうになりながら再び私はエミル殿下と共にアグリジェント王へのご挨拶へ伺っていた。今回は謁見の間というお堅い場所ではなく、アグリジェント王の職務室へと通された。
ローガンとリオは私たちを客間へ案内すると次の仕事があると席を外し、リリアンナやウィル様を含めた従者たちは客間で暫し待機中だ。
「よく来てくれた、すまないなこんなところで」
「いえいえ、ご多忙の中お時間を割いて下さりありがとう存じます」
アグリジェント王は執務に追われているようで、一旦筆を置き、机を挟んで私たちはご挨拶をさせていただいた。この流れだと軽く挨拶をして、すぐに退室するだろう。よし。
「エミル殿下もフェタリナーツェ嬢も今回は一ヶ月程滞在していただけると聞いた。こちらでの生活で不自由があれば直ぐに言って欲しい」
「ご配慮ありがとう存じます」
「うむ。フロリエンスの協力に感謝する。時間を取れなくてすまないな。また食事の席で会おう」
「はい。失礼いたします」
前回は公式の固い雰囲気の中複数の王族と会うと分かっていたため、緊張でエミル殿下にしがみついていたが、今回はそんなこともなく落ち着いてお会いすることができた。
会話についてはエミル殿下に丸投げだったけれど、責務としては十分よね?
「ロレイン、成長したね…」
「いえ、前回よりもフランクな形式でしたから」
「なるほど。じゃあこの先各国回るとしたら、またガチガチで僕を頼る可愛らしいロレインの姿が見られるのか」
「そんなに回る予定もありませんし、婚約者のフリというのも短期間です」
客間へ向かうとアグリジェントの使用人が各々部屋へ案内してくれた。私の部屋の右隣はリリアンナだが、部屋が繋がっているので実質同じ部屋だ。
左隣は護衛二人の相部屋で、エミル殿下の部屋は同じ階だが少し離れている。
既に運び込まれた荷物の荷解きのため一旦解散だ。
「ロレイン、一人で歩き回っては行けないよ」
「エミル殿下、私他国でそのようなことはしませんわ…淑女ですから」
そう言うとエミル殿下は笑った。森でお茶会をした仲ですからね、信頼が無いのでしょう…。
「では。また夕食の時間に部屋へ迎えに来るよ」
「…ありがとう存じます、殿下」
殿下を見送ると私はユリスとクラレンスに自分の荷解きをしてくるように指示した。そして夕食の時間までは自由時間とするが、暇であれば私の部屋に来ても良い、とも言っておいた。
一応ユリスには私の部屋に来るのは二人で話すのが限界になった時においで、と伝えた。
二人の親睦を深める機会だとも思うが、クラレンスは積極的にお話をするような方ではないし。
「リリアンナ、私も荷解き手伝うよ」
「ありがとうございます、ロレイン様。ではこちらのお茶の味見をして下さいますか」
「もちろん!…フルーティーでおいしい!…ねぇ、もしかして大人しく座ってろって言ってる?」
「いえ、こちらのお茶は先程ウィル様から頂いたパイリェンタのお茶でございます。ロレイン様に早く召し上がっていただきたかったのでご用意させていただきました」
「…そう。じゃあ、いただきます」
私がお茶を飲んでいる間にリリアンナはテキパキと荷解きを行う。
私は自分の持ってきた本を取り出し、ソファーで読んでいると部屋の扉が鳴った。
「ロレイン様、失礼いたします。ユリスとクラレンスにございます」
あー…限界だったかぁ…。
まぁ一時間。よく頑張った方ね。
「入っていいよ」
「失礼いたします」
「どうぞ、座って」
私が座ってと言うと二人とも今度は渋らずに腰を下ろした。リリアンナは彼らの分のお茶と、自分のお茶を用意すると私の隣へ座った。
「ロレイン様。私たちはまだ顔を合わせたばかりです。今後のために、もう少しお互いについて知っておく必要があると思いますが、如何でしょう」
「えぇ。私もそう思っていたところよ、リリアンナ。ユリス、クラレンス。私たちはアグリジェント王国に友好的に向かい入れていただきました。まぁ、仕事ですからそうなのですが。しかし私が信頼できるのはまだ貴方たちだけなのです。エミル殿下はフロリエンス王国の第二王子で、私は婚約者(仮)ですが、貴方たち以上に信頼はしていません」
「信頼してもらえるのは有難いが、婚約者をもう少し信頼してやれないのか」
クラレンスは悲しそうに聞いてきた。それではあまりにエミル殿下が可哀想だと。
「クラレンス、王族というのは怖いのですよ」
「…そういうものなのか…」
「ロレイン様が仰いたいことは分かります。私たち従者はフェタリナーツェ家の者。極論、ロレイン様を裏切らない、そういうことでしょうか」
「うーん、そうね。まぁバッサリ言うと私はリリアンナしか信頼してない。今のところね。だから貴方たちのことをもっと知りたいの」
私が素直に話すと、リリアンナは満足気な顔でお茶を口にした。
ユリスとクラレンスは悩んだような顔をした後、自己紹介を始めた。
「ユリス・ランベール、ランベール伯爵家次男で、年は19です。三年前からフェタリナーツェ家にお仕えさせていただいてます。我が家の領地はフロリエンスの中でも北に位置するため、小麦などの穀物を特産物としています」
「ランベール伯爵からよく小麦を砕いた小麦粉をいただいてます。お陰様で美味しいお菓子を頂けておりますわ」
「私も甘いお菓子が好きでして、子供の頃から料理長が作るケーキを楽しみにしておりました」
照れながら話すユリスにリリアンナがそっと用意していたクッキーを差し出した。ユリスは私を見た後、私が微笑むとクッキーを手に取りひと口齧った。ユリスは表情豊からしく、幸せそうな顔で食べている。こちらまで幸せをお裾分けしてもらってる気分だ。
「俺は…記憶が曖昧だが、思い出したのはノヴェイル出身で、兄が居る。最近は剣を交えるのが少し楽しい。あと、白いトロトロした温かいやつが好きだ」
「記憶については私たちも協力するので、遠慮なく頼ってください。それで…えっと、白くて温かくてトロトロしたやつですか…あ、シチューですね?」
「確かそうだ」
クラレンスはあまり自分の話をしないから、好きな物とか知らなかったな。
「そうだったのですね、知りませんでした。シチューも小麦粉が使われているらしいですよ」
「そうか。ユリス、いつもありがとう」
「ハハッ、どういたしまして」
先程よりもユリスはクラレンスと打ち解けられたみたいだ。
「そういえば、メイドからクラレンスは畑の爺やとも仲が良いと聞きました」
「あれは仲が良いというか…いいように使われているだけだな」
「そのお陰でクラレンスは最初よりもどんどん体格も体力も付いたと思います」
「ユリス、君は以前コケた俺を見て笑ってたよな」
「バレてたか」
和やかになった空気の中でお茶をしながら、私たちはゆったりとした時間を過ごした。
夕食の時間が迫り、私は身支度のため護衛二人には外に出ていてもらった。
今回のドレスも…エミル殿下と同じ色。分かってはいるけれど溜め息が出そうだ。
リリアンナはそれを手際よく着付けていく。
「ユリスとクラレンスはコミュニケーションが少ないだけで、時間が経てば特に問題なさそうね。こうしたお茶会は定期的に行おうかしら」
「良い案ではないでしょうか。ロレイン様は従者思いの素晴らしい主人だと思いますよ」
「煽てても何も出ないよ」
「いえ、本心です」
リリアンナに珍しく褒められた私は顔を見られまいと照れ隠しにそっぽを向いた。




