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幻獣使いでも精霊使いでも無い令嬢は平穏に過ごしたいのです!  作者: 豪月 万紘
第二章 公爵令嬢とお仕事
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記憶の片隅に

 雷の音と同時に、頭を鈍器で殴られるような感覚がして、ロレインの声がどんどん遠のいて行った。


『クラレンス!今日は僕と剣のお稽古をしよう!』


『ーー兄上。…僕はやめておきます、兄上の練習相手にもならないでしょう』


『いいや、僕はクラレンスと練習がしたいんだ。ほら、早く外に出ようよ、クラレンス!』


 この容姿を誰にも見られたくなくて、引きこもりがちになっていた俺の手を引いてくれた。温かな手。


そんな優しい兄の顔も名前も、靄がかかって思い出せない。


けれど、その後のことは覚えている。

兄上は稽古をしている振りをして、俺と遊んでくれた。

ヒソヒソと使用人たちの声が聞こえる中兄上は、気にする必要は無い、お前は大切な弟だ、と言ってくれたのだ。

それが嬉しくて、嬉しくて、たまらなかった。


「、兄上…」


「クラレンス様!お目覚めになられましたか」


「…ロレイン…?」


「頭痛は大丈夫ですか?まだ痛みますか?一応お医者様からお薬を頂いたのでこちらをお飲みください」


 目が覚めると、俺は部屋のベットの上にいた。

使用人たちがここまで運んでくれたのだろう。

それにしても相変わらず騒がしい娘だ。父親そっくりだな。

倒れてからどのくらい経つかは分からないが、ずっと側に付いていてくれたのか…?


「急に倒れてしまってすまなかった…迷惑かけたな」


「いえ、クラレンス様がご無事で本当に良かったです」


ロレインが微笑むと、何故か心の奥がほっとした。最初もロレインに不思議な感覚を覚えたが、彼女は何かのハーフだったりするのだろうか。いや、それはアッシュバーンにも奥方にも失礼な質問だな。


「…兄上、とずっと魘されていましたが…、何か思い出されたのですか」


聞いても良い事なのか、とロレインはおずおずと問うた。


「あぁ…俺にも兄がいたことを思い出したんだ。名前も顔も思い出せないがな」


「そうでしたか…。でも少し前進ですね」


「大分安楽的思考じゃないか?」


「いえいえ!こういう積み重ねが大事なんです」


ははっ、と笑うとロレインは驚いていた。

実は俺も驚いている。自分の表情筋がまだ動くことに。笑うなど…いつぶりだろうか。


「やっと笑いましたね!良かった」


「…君はほんとに…」


「…?なんですか?」


「いや、なんでもない。今日はありがとう」


ロレインは満足気に部屋を後にした。

彼女は…不思議な人間だ。


無理はしなくていい。でも何か出来たときは大いに褒めてくれる。


そんなこと、今まで家族とでも体験して来なかった。


…体験してこなかったんだ…俺…。


少しずつ、こうした何気ないことがきっかけで思い出して行ける気がする。


「俺は第三王子、クラレンス・ベリト・フォード。兄がいて、家族の愛をあまり知らないようだ」


誰もいない部屋で、ボソッと記憶を言葉にしてみた。自分のことなのに曖昧な情報を口にするのが馬鹿みたいに思えた。

…ん?…俺は第三王子だ。王族なのだから当然側仕えが居たはず。彼は、彼は何処だ…。


ズキッ


『クラレンス様!!待っていてください!すぐに、すぐに助けますから!!』


頭の中を絵の切り抜きのようにフラッシュバックする。あれは嵐の夜だった。いつの嵐なのか、何故俺たちは海に居たのか。


「…ダメだ、頭が痛すぎる。これ以上は思い出せないな…」


それに…魔力は少しも戻っていない。体力が回復してないせいなのかもしれないが。魔力の使い方も忘れていたとしたら…どうしたものか。


「魔学を学びに本当にノヴェイルへ行かねばならなくなってしまうな」


***


 一日寝たら大分スッキリとした。

医者にも問題がないと言われたため、今日も庭園へ散歩に出た。

きっかけはどこに落ちているかは分からないからな。手がかりは多い方がいい。


それにしても今日はよく晴れている。

ロレイン曰く、雨の降る時期がそろそろ終わりを告げているとのことだ。一体どこ情報なのだ?新聞にもそんなことは載っていなかったが。


庭園から暫く歩いて行くと、畑がある。そこでは野菜や果物を栽培しており、歩けるようになった俺は度々訪れていた。


「あれ。来たか、クラレンスさん」


「じぃ、暑くないのか」


 ここの責任者を俺は勝手にじぃ、と呼んでいた。彼は人間の年で言うと60手前くらいらしいが、畑仕事という重労働のせいか身体は今の貧弱な俺よりも鍛えられている。


「暑さは慣れっこだ。ほれ、これをやろう」


「いや、俺は要らな…」


要らない、と答え切る前にじぃは取れたばかりの野菜をどっさり渡してきた。


「うぐっ、なんのこれしき…」


「頑張れ頑張れ」


じぃは俺にこれを厨房まで持って行けと言っているのだ。体力が付くし、療養もさせてもらっている。故に拒否権は無い。


「く、重い…」


「クラレンスくんじゃないか」


「確か…グウェン、だったか?」


 厨房までの道中、昨日対面したばかりのロレインの兄と出会った。

アッシュバーンと同じ髪色、背丈と来たら後ろから見たらどちらなのか俺には見分けがつかない。だが、グウェンの瞳の色は、今日の青空よりも深い青色だった。


「そ、そんなに見つめられると照れるな…」


「…」


それはそれで気持ちが悪いな、と俺が吐くとグウェンは分かりやすくしょんぼりしていた。

この兄妹…いや、アッシュバーンもだから家族か。表情が分かりやすくて助かる。


「で、君は…体力作り中?」


「そうとも言えるが、半分は雑用だ。君は見るところ軽装だが、これから訓練か何かするのか?」


「これから家の騎士と稽古だよ。見学してく?」


「…これを運んだら、行く」


 フェタリナーツェ家には騎士の鍛錬場があるとロレインから聞いていた。偏見だが、騎士はお堅い性格かはたまた荒い性格かの両極端なイメージがある。つまり苦手なのだ。なるべく避けるようにしていたため、場所は知っていたが近づかないようにしていた。しかし良い機会だ。


 兄と剣の稽古をしたことがあるような記憶を昨日思い出したばかりだ。(実際はサボっていたみたいだが)記憶の刺激になるかもしれない。


 カンッ!カンッ!と、木刀同士が力強く当たる音が響いてくる。

俺のこんな細っこくなった腕ではあのような音は出せないだろうな。吹っ飛んで終わりだ。

俺は騎士たちに見つからないように、こっそり柱に隠れて見ようとした。が、先客が居たようだ。


「クラレンス様!?」


 大きな声を出したロレインはハッと自分の口元を押さえた。チラリと騎士たちの方へ振り返り、気が付かれて居ないことを確認するとホッと胸を撫で下ろした。


「ロレイン…と、君たちは何をしている…」


「こちらは私のお友達です。お茶会を我が家で開いていたのですが…皆様がお兄様の稽古姿を見たいと仰ったので…」


「なるほどな」


 おほほほ…と皆苦笑いをしていた。初対面がこんな状況とは、誰しもが嫌だろうな。


「クラレンス様は何をなされていたのですか?」


「俺も…見学だ。グウェンから誘われて」


「では!堂々と行けますね!!」


「?何を言って…」


俺は腕を掴まれると、そのまま柱の陰から連れ出された。


「お兄様!迷子になっていたクラレンス様をお連れいたしましたわ!」


ロレインとその友達は満を持して堂々と鍛錬場へ乗り込んだのだ。…俺を連れて。目立ちたく無かったのに、完全に巻き添え事故だ。


 練習をしていた騎士たちが手を止め、集めたくなかった視線を一斉に浴びた。

そして嫌そうな俺と目が合ったグウェンは少し笑ってから、こちらへ向かってきた。


「そうか、クラレンスくんはここへ来たことがなかったのか…ロレインと…お嬢様方、ありがとうございます」


「ついでに私達も見学してってもよろしいでしょうか」


「勿論どうぞ。こんな男所帯で面白くは無いと思いますが…こいつらのやる気にも繋がると思うので」


こんな場所に女性が!など、騎士たちは盛り上がっていた。男は何処の世界でも単純だな。

少し見たら帰ろうと思っていたのに、これでは逃げられそうにないではないか。


 隣に居るキャラメル色のふわふわした髪の女性…というかまだロレインと同じくらいの子供はグウェンを見てキャッキャッ楽しんでいた。他の2人も頬を赤らめて見つめている。


 ロレインともう1人の短髪の子はあまり興味が無さそうで、木陰で涼んでいた。


俺も何か思い出せることはないかと見ていたが、特に何もなかったので、ロレインとその友達に挨拶をしてその場から立ち去った。


 それから度々グウェンは俺を鍛錬場に見学へ来ないかと誘ってきた。たまに木刀を振ってみたり、トレーニングに付き合ったり、騎士たちと少しずつ会話を交えるようになって行った。


思っていたよりもずっと騎士の奴らは温厚な性格だった。

今まで大勢と過ごした事がなかった俺は最初こそ戸惑ったが、これはこれで悪くない。


 大分俺が動けるようになってきたころ、ロレインは再び仕事で海外へ渡航することになった。

またアグリジェント、という国へ行くそうだ。


 俺も…そろそろここを出ていかねばならない。

フェタリナーツェ家はとても温かくて、居心地が良かった。見ず知らずの俺に対して本当に良くしてくれた。これ以上は迷惑かけられない。


あぁ…寂しい、とはこういう感情だったな。


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