夕食会
ドレスの用意も間に合い、私たちフェタリナーツェ家はフロリエンス王城へと向かった。
流石にお父様お母様と同じ馬車で眠ることは出来ず、死ぬ気で吐き気に耐えた。普段出掛けるのに睡眠用のお茶を飲んで、眠って、到着したら身なりを直している、などお母様に知られたら…。うぐぅ、今はそれよりも、この酔いに耐えなければ。
「ロリィ、顔色がとてもが悪いが大丈夫かい?」
「少し休む?」
「いえ、お父様お母様。ご配慮、ありがとう、ござい、うっ…ます」
この間街へお母様と出掛けた時は、お母様がお仕事で先に出ていたため別々の馬車でお店合流となった。なので眠ったまま街へ到着することが出来たのだが、今回はもうどうしようもない。出来れば話すこともキツいので、放置して頂きたい。それか引っ越したい。街の近くへ。
街を抜け、坂を上がるとフロリエンス王城へと到着した。
リリアンナやアルノー、お母様の侍女は別の馬車に乗っており、リリアンナは馬車を降りるとすぐに私の元へ駆け寄ってくれた。ありがとう。
そしてリリアンナに支えてもらいながら呼吸を整え、ぼーっと空を仰ぐ。辛い。
「お忙しい中御足労いただきありがとうございます」
「これはこれは、エミル殿下。お出迎えいただけるとは光栄です」
エミル殿下の登場により、リリアンナはすぐに後ろへ下がった。
私は上を向いていた頭をいきなり下へ下げる。吐きそう。
それでも私は公式の挨拶を怠れない。
因みにお兄様は今日の夕食会へ参加はされない予定だ。セレリア王女が確か明日から花嫁修業でリッターオルデンへと旅立つはずなので、その準備でお忙しいのだろう。
「では、ご案内させていただきます。しかし陛下がご多忙のため、少々お待ちしていただくことになってしまいますが」
「構いませんよ」
そうして私たちは客間へと案内された。
お茶を頂きながら一時待機だ。
私はティーカップに口を付け、出されたお茶を飲むふりした。まだ吐き気が大分残っている。
今飲んだら…うん、皆までは言わないけれど、どうなるかは想像がつくわよね?
エミル殿下は私とそんなに歳は変わらないのに饒舌だった。待ち時間に私たちを退屈させないようにか、今はお父様やお母様と談笑されている。博識なのか、ただコミュニケーション能力に長けているのかは知らないが、王族は皆このように教育されてきたのかと思った。しかしイザイア殿下がふと脳裏に浮かび、すぐにそれは否定される。アグリジェントでの彼の態度を思い返す限りそういう訳ではないのだろう。
そしてエミル様は何故か私の顔を見てニコニコと微笑んでいた。嫌な予感しかしないが、一応私も微笑み返す。なんだろう…。
「では夕食会まではこちらでご寛ぎください。準備が整い次第お迎えに上がれせていただきますので。それと公爵、公爵夫人。少々ロレインをお借りできますでしょうか」
「まぁ、構いませんよ。娘をよろしくお願いいたします」
「ロレイン、粗相のないようにな。エミル殿下、お時間をお割きいただきありがとうございました」
青ざめた私と反対に、お母様はとても嬉しそうだ。そういうのじゃないです、お母様。
あの甘い微笑みに騙されないで下さい…。
「何故別行動を…」
私はエミル殿下のエスコートにより、庭園を歩いている。勿論リリアンナとウィル様も一緒だ。
「あのお茶、飲んでないんでしょ?外の空気でも吸えば少しはマシになるかなって」
「…ご配慮、ありがとう存じます…」
どうやら私の体調を気遣っていただけたみたいだ。邪険にしてしまったことを心の中で謝る。
庭園にあるベンチへ腰をかけると、やっと深く息が出来そうだった。少し距離を置いてエミル殿下も隣へ腰を下ろす。
「セレリア王女はお元気ですか」
「あー、そうだね。ここを出るのは寂しいと言っていたけど」
「そうですか…」
セレリア王女がフロリエンスをご出発後、お兄様はフェタリナーツェ家へ戻ることになっている。セレリア王女の文官として、王城の文官とて働くのも今日が最後だ。
お兄様はそれ以降、フェタリナーツェ家の次期当主として職務を真っ当される。
私もお兄様が王城へ召されると知った時はギャン泣きした。いつも一緒に居たお兄様が居なくなってしまうと。あの頃は幼かったし余計に、お兄様を取らないで、と思ってしまっていた。
「エミル殿下もやはり寂しいですか」
「そりゃね。セレリア姉様はエリアーヌ姉様とは違って本当に今後会える機会が少ないと思うから」
「まぁ頻繁に帰って来れないのが当たり前なんだけど」と寂しそうに笑っていた。エミル殿下の本心が垣間見えた瞬間だった。
いつも取り繕った笑顔で、自分の本心は見せない。それを強さと王族としてのプライドだと思っていた。
「エミル殿下はもう少し年相応でもいいかもしれませんね」
「そうかな?僕も庭園で寝転ぼうかな」
「それはお辞め下さいませ」
どうやら夕食会の準備が出来たらしく、私たちはその足で会場へと向かった。
煌びやかな飾り付けに…とても長いテーブル。
まぁそれはアグリジェントでも味わったのだけれど。慣れないな。
「おぉ、アッシュバーンよ。よく来てくれた」
「いえ、陛下もご多忙でしたのに、このようなお時間を」
「私とそなたの仲ではないか。話したいことも沢山あるしな。公爵夫人、ロレインもよく来てくれた」
「ご招待ありがとう存じます」
「陛下もお元気そうで何よりです」
お母様と私はドレスの裾を持ち、深くご挨拶をした。
陛下はお父様、お母様ととても親しげだった。お父様は特に付き合いが長いとか。
あまり話さないが、陛下とは幼少期からよく遊んでいたそう。
「公爵夫人は相変わらずお綺麗だ。それにしてもロレイン嬢は大きくなったな」
「お久しぶりです、陛下」
私はあまり覚えていないが、お兄様が王城へ召されるちょっと前。働く前の職場体験?的な感じで家族で王城へ招待され、一度陛下とお会いしているそうだ。
「本当ですね。ロレイン、綺麗になって」
「エレノア王妃殿下、お久しぶりです」
エレノア・フロリエンス第二王妃殿下はセレリア王女とエミル殿下のお母様だ。本日は金色の髪を緩やかに纏めていらっしゃる。空色の瞳からは私を愛でるような眼差しを感じた。
そういえばエレノア王妃にも可愛がられていたと聞いたな。
今日は第一王妃、第一王子はこの場に呼んではいないらしい。一応エミル殿下と私について話すそうなので関係者のみ集められたみたいだ。
リリアンナに椅子を引かれ、私は着席する。
向かいにはエミル殿下がご着席された。
今回はお堅い形式ではなく、夕食会ということで、お父様の前には陛下、お母様の前には王妃殿下と、ラフな感じの配席になっている。
前菜から順に運ばれ、夕食会は順調に進んだ。
野菜は甘かったし、メインディッシュの牛ヒレ肉は柔らかくバターとのコラボに思わず頬が緩みそうだったが、どうにか保とうと頑張った。
アグリジェントでの食事は緊張と配慮で殆ど食事が喉を通らなかったけれど、隣にはお父様もお母様もいらっしゃるので普通に食事ができた。 圧倒的な安心感。
「セレリア王女が明日から花嫁修業となると、いよいよ寂しくなるのではないですか」
「娘が良い嫁ぎ先へ向かうのは喜ばしいことだが、やはり父親としては、な…」
「最近はソフィア様の美容本を参考にさせていただいてますの」
「あら、エレノア様にご一読いただけるなんて光栄ですわ」
食酒が回ってきたのか、両親たちの話しが途切れることはなかった。私とエミル殿下はたまに振られる会話に微笑み返すくらい。
夕食会と言うくらいだし、もしかしたら本当に食事をして終えるかもしれない…。
だって今運ばれてきたのは最後のデザートだ。
シンプルなチーズケーキにラズベリーの甘酸っぱいソースがマッチしてて美味しい。
「悪いな、話しが弾んでしまって本題がまだだったな」
陛下が話し始めたところで私は一度フォークを置いた。やはり食事会だけではなかった。
先程の柔らかな空気から雰囲気が変わった。
「まず、ロレイン嬢にも参加してもらったアグリジェントの視察の件だが、このまま提携という形で進めることにした」
提携するにあたり、アグリジェントの提案の一つである関税についてはお父様や他の貿易関係の方々にも賛同を頂き、また後日アグリジェントとの会議次第で正式に決定するそうだ。
「そしてエミルからの要望と、私から希望でもあるのだが…ロレイン嬢よ。君をフロリエンス第二王子の婚約者及び補佐としてこの件に携わっていただきたい」
お断りします。と、言えれば良いのだが陛下にまでお願いされたら断れるわけが無い…。
私はお兄様と違って頭も良くないし、気は利かない。すぐに馬車酔いするし、迷惑極まりないだろう。よし、にこやかに…。
「陛下にそう仰っていただけるなんて、とても光栄です。ですが、私などでは力不足だと思いますわ」
エミル殿下もきちんと聞いていたのかしら。今の話だと婚約者(仮)が本当の婚約者になってしまうのですが。
大体私がアグリジェント王に目をつけられているのであれば、この件に関わらなければ婚約者云々については問題ないのでは?
この件に関してひっそりと私が辞退したことにしていただければいいものの。
「ロレインは視察において、観察と考察、意見や質問など、周りに目劣りせず積極的に参加していただきました。私もまだ未熟者。また同じ能力を持つものとして彼女は私に必要な方です。フェタリナーツェ公爵。どうかご尽力いただけませんでしょうか」
あ、私に聞いても頷かないと察したな。
エミル殿下はお父様に話しと決定権を振った。お父様ぁ…。
私は全力でお父様に視線を送る。
「そうですね…。エミル殿下にここまで仰っていただけるとは思いませんでしたので正直驚いております。ロレイン。僕は良いと思っているが、悪魔でこれはロレインが決めなさい」
貴族の間では、娘がより良い家柄へ嫁ぐことを利益と感じ、勝手に婚約を取り付ける…なんて話しをよく耳にする。
私のお父様は、私を愛する娘として、一人の人間として私を尊重してくれるのだ。
そんなお父様の期待には…愛娘として答えなければね。
「…承知いたしました。このお話し、お受けいたします」
「おぉ、ありがとうロレイン嬢よ。婚約についてはまた話そう」
夕食会はこうして幕を閉じた。
…王族となんて今後関わらないと決めていたのに。婚約者になってしまった。
そもそもエミル殿下もお父様に話しを振るなんて卑怯だ。
夜も遅いし、泊まっていくかと陛下からご提案頂いたが、明日はセレリア王女の出発日。
家族水入らずに邪魔は出来ないと、そのまま帰宅した。
帰り道、私は馬車の中で眠ってしまっていた。
無論、こそっと渡されたお茶を口にしたからである。お父様もお母様も私が慣れないことをして疲れたのだろうと、寝させといてくれたみたいだけれど。
「そのドレス、凄く似合ってるよ」とお茶を差し出されながら言われた私の気持ちも察して欲しい。だが何故かエミル殿下は満足気だった。




