閑話
エミル視点
アグリジェントの視察を終えて、帰路の途中にある別荘で僕、エミル・フロリエンスは側近のウィルが入れた紅茶で一息ついていた。
夕食はロレインと共にしたのだが、疲れていたのだろう。
彼女は貼り付けの笑顔で少しずつ口に運びながら食事をしていた。下げられていく皿には大分料理が残っていたので少し心配だ。
視察も無事に終えたことだし、折角なら一緒にと思っていたのだが王族である僕と食事をするのは彼女にとって負担であったようだ。
気軽に誘ってしまったことに後悔している。
「ロレインは大丈夫だろうか」
「ロレイン様はあまり知られたくないと思いますが…先程リリアンナ様が暖かいスープとパンを厨房からお持ちになっているのを見かけましたので大丈夫だと思います」
「そうか。なら良かった」
無理にロレインを視察へ巻き込んだが、正直連れて来て良かったと思っている。僕よりもずっとロレインの方が妖精に詳しそうだし、どの道彼らとは会わせるつもりだったから早めに出会っておいた方が何かと楽だろう。
あの時はたまたま見てしまったけれど、森の中で楽しそうに彼らと過ごしていたロレインは何だか自由で、貴族というよりも一人の少女として存在していたように見えた。
なんだかそれが酷く羨ましいと思えてしまったのは僕の身分のせいだろう。まあ普通妖精とお茶会なんてしない…というか出来ないけど。
サンドイッチを食べた後に妖精や精霊の話をしたら倒れてしまったのには驚いた。
「ふふふっ」
「殿下、どうされました?」
「ごめん、思い出し笑い」
「左様でございますか…。私はご入浴の支度をして参ります」
「うん、よろしく」
ウィルが部屋の扉を閉めるのを確認して、僕はベッドへ寝転んだ。
帰ったら視察の報告書を作成して、陛下へ報告。アグリジェントから持ちかけられた話についても話し合わなければ。エリアーヌ姉様も元気だったとお伝えしよう。
姉様も相変わらずだった。
うちの家系は破天荒な女性が多いもので困る。エリアーヌ姉様には優しくてしっかりとしたシルヴァーノ殿下がいらっしゃるから安心だが。
しかし精霊騎士団を統率するイザイア殿下とは馬が会わなそうだ。今後も交流が増えると思うが…年下の僕が色々と我慢しなければならなくなりそうだ。だからといって下手に出る気はさらさらないが。
イザイア殿下と前にお会いしたのは兄上のバースデーパーティだった。
その時もつまらなさそうにしていて、僕が声をかけても「あぁ」としか返してくれなかった。
僕も一国の王子だ。だからこんな適当に足らわれるのは初めてで少し困惑した。
はぁ、とため息をついたところ扉を叩く音が鳴る。
「ご入浴の準備が整いました」
「分かった、今行く」
そこから就寝まではあっという間で、自分が思ったよりも体は疲れていたらしく入浴後は直ぐに眠ってしまった。
日が少し顔を出した頃。
もう少し眠っていたいところだったが出発の支度を始めた。顔さえ洗ってしまえば少しずつ目が覚める。
まだ長い帰り道用に"特性ロレイン専用茶"を作った。ロレインはこの中身がもう眠り薬だということに気が付いてはいるが、本人も迷惑を掛けたくないと嫌な顔をしながらお茶を口にするのだ。
「よし、準備できた」
「また…ロレイン様に睨まれますよ」
「いいんだよ。ロレインのためでもあるし、本人了承の上だし」
ウィルが視察前日に僕がこの"特性茶"を作っていると「このくらい私がやりますよ」、と作り方を聞いてきたが説明をすると「…申し訳ございません。公女様に薬を盛るなど…私には…」と断られた。
そりゃそうだ、と僕は笑ってお茶を混ぜた。その時ウィルの顔は引きっていたなぁ。
「失礼致します、エミル殿下」
「入れ」
出発の時間が迫っているにも関わらず一体何の用だ。そう一瞬思ったが、入室してきたのはうちの近衛兵ではなく、昨日出発したアグリジェントの兵士だった。何だか嫌な予感がする。
「お忙しい中申し訳ございません。私アグリジェント第一王子シルヴァーノ殿下の近衛兵でございます。取り急ぎエミル殿下にお伝えしたく参上いたしました」
「…どうした」
「シルヴァーノ殿下とエリアーヌ様が…視察後にフロリエンス王国へと向かいまして…
エミル殿下はアグリジェントからのお帰りのためお会い出来ないのは重々承知ですが、できるだけ早めにフロリエンス王国へお戻りするようにと…」
僕に会ったからか…。
エリアーヌ姉様は急に家族に会いたくなったようだ。
他国に嫁いだ身なのに、たまにこうして突然自国へ帰省する。
それが可能なのはシルヴァーノ殿下の寛大なお心があってこそなのだが。だとしても姉様は甘えすぎだ。
「…すまない…うちの姉の我儘に付き合わせてしまったね…ウィル、すぐに支度を」
「承知致しました」
僕は少人数で王都へと帰還し、残りの近衛兵はしっかりとロレインを自宅まで送り届けるよう命じた。
到着してから急いで王城内へ入ると案の定精神不安定なエリアーヌ姉様がセレリア姉様に泣きついていた。父上がシルヴァーノ殿下に謝っており、母上は子供をあやすように優しくエリアーヌ姉様の背中を叩いていた。そして僕に気が付くとエリアーヌ姉様は僕に飛び付いてきた。
「会いたかったよぉぉ、エミルぅー!」
「二日前にお会いしたばかりですよね…エリアーヌ姉様」
僕はトントンと姉様の背中を叩いた。
エリアーヌ姉様から解放されたセレリア姉様の顔には疲労が見えた。
シルヴァーノ殿下には父上と母上が申し訳なさそうに誤っている。その都度、だ。
今回で何度目だろうか。申し訳ない。
しかも視察後だなんて、側近も近衛兵も皆疲労しているだろうに…。
結局二人は明日の朝にフロリエンスを出発するらしく、今日はここに一泊することとなった。
僕は何とかエリアーヌ姉様に解放してもらえたが、セレリア姉様は今日一日離してもらえそうになさそうだ。死にそうな顔をしたセレリア姉様が逃げ出した僕を睨んだのには気が付かなかったとしておこう。
「あー…どっと疲れたよ…」
「視察でのお疲れもありますし、本日は早めにお休みになった方がよろしいかと」
部屋に戻ると僕はソファーに腰掛けた。
目を瞑ればそのまま朝を迎えてしまいそうだ。
いや待て。セレリア姉様も視察後のはずなのにあの体力はおかしくないか?
…考えるのはよそう。
「そうだね…ロレインは無事に送り届けられた?」
「はい。そのように報告を受けています。
ですが…馬車から降りた後そのまま使用人に運ばれて行ったようです」
「あれ?僕お茶作って…あー…渡しそびれたのか」
「私も失念しておりました」
「バタバタしてたし、仕方ないよ」
ロレインには申し訳ないが今回は仕方がなかった。使用人に運ばれていく様子を想像するとまた口角が上がってしまう。本当に面白いご令嬢だ。
翌日僕はロレインに手紙を送った。勿論例のお茶の葉も添えて。ウィルには正気を疑われたが、また必要になるからと押し切った。
陛下と宰相のクリント・ベイリーには今回の視察の内容と、今後の方針について話し合った。
僕は妖精が見えるのでこの件を受け持ちたいですと、当初発言した際、陛下は驚きと疑いの両者が対立し、なんとも言葉に困ったそうだ。
ただ最終的に陛下は、僕がこの案件に携わることで少しでも王子として仕事に慣れたいのかと思い、案件を進めようとご決断されたらしい。
例えそれが失敗だとしても学ぶことはあるだろうと。
アグリジェント王国はフロリエンス王国に精霊騎士が運用出来るよう、他国からも支援が欲しいと言っていた。
対価として、アグリジェント王国からは協力費とフロリエンス王国へ関税の減税もしくは免税、そして必要とあらばフロリエンス王国が精霊騎士団を招集することも可能であるとのことだ。
協力費は勿論頂く。だがそれよりも関税の減税が魅力的だ。
例えば隣国のリッターオルデンから輸入するとなると、ここで関税が発生する。そこで物資のやり取りは完結するのだが、アグリジェントを挟んで対極に位置するパイリェンタから輸入するとなると、中央の国を一度挟まなければならない。
つまり、パイリェンタからアグリジェント、アグリジェントからフロリエンスと二重の関税が発生してきてしまうのだ。
直接パイリェンタから輸入しようとすると、大体は貨物船を使うことになる。アグリジェントの領土へ踏み入れれば関税が発生してしまうからだ。
そうなると貨物船の長距離運行に燃料費、時間、人件費に天候のリスク…など結構な費用がかかってしまうため、大概はアグリジェントを通してから輸入することになっている。
アグリジェントではパイリェンタから輸入したものに関して価格を上げることは出来ないようになっており、フロリエンスへの輸入にかかるのは定価価格と関税だけ。
更に精霊騎士を動かす権利もくれるとなると…まぁ現時点では全然魅力的ではないのだが、今後の発展を考えると…この一件は噛みたい。
まぁ大分懸念点も多いわけで。
・まず、リアナ様という不確定要素が危険因子では無いことを証明する必要があるということ。更に神託への信憑性を確立する。
・精霊騎士の設立目的が神託でない場合、アグリジェント王は他国への敵対を考えている可能性があること。
・精霊騎士の運用が上手く行けば行くほど、アグリジェントが兵力を増し、軍事国家になる可能性があること。
・そして、フロリエンス王国が手を貸せば、フロリエンスもまた共謀者となる可能性があるということ。
「そしてその先は…いえ、少し空想が広がりましたかね」
「いえ、エミル殿下。その可能性は十二分にあると思います。
友好条約を各国と結んではいますが、アグリジェントは中央の国として唯一魔の大陸と連絡を取ることが出来ている。
七国会議で情報は共有していますが何があるかは分かりません」
「だがな…アグリジェントは多国籍国家だ。
もし他国に敵対心を持つということがあれば」
「その時はアグリジェントの…というより、移住してきた国民が反乱を起こし、国は破綻するでしょう。なので一応の懸念点です」
そう言うと陛下もクリントも頭を悩ませた。陛下はクリントと少し話をする、と続けて話し始めた。
「ふむ。提携、もしくは共同研究としてならば問題は無いだろう。しかしこちらの立場が危うくなりそうであれば切りなさい」
「かしこまりました。
…それと、ロレイン・フェタリナーツェ公爵令嬢についてですが」
「アッシュバーンのところの娘だな。今回の視察はご苦労だったと伝えてくれ。デビュタントで会えることを楽しみにしているとな」
「伝えておきます。アグリジェント王もフェタリナーツェ公女に目をつけたようです」
「全く、面倒な…。アッシュバーンは娘を嫁に出す気はあまりなさそうでな…。一応お前の婚約者候補ではあるからしっかり守りなさい。フェタリナーツェ家は手離したくない」
まぁ、本人は自分が僕の婚約者候補になっていることなんて知らないんだよな…。公爵にも口止めされているし。本当に嫁に出さないつもりなのだろうか。
ロレインも知らないでよく帝王学を学んでいるよね…。
「承知いたしました。アグリジェント王には僕の婚約者であるとご紹介いたしましたので。フェタリナーツェ公爵にもその旨お伝えしてあります」
「お前は…周到だな…。彼女に嫌われないようにな」
「…はい」
報告を終えると僕は部屋へ戻り、話し合った内容を紙に収めた。
あとは関税についてセオドリクと話し合わなければ。その後各輸出関係者へ招集と会議。
そしてこちらでの協議内容を伝えに、改めてアグリジェントに訪問する。手紙でのやり取りにはちょっと内容が重すぎるからね。
すると部屋の扉がコンコンと叩かれた。
ウィルが訊ねてきた者と話し、扉を閉めると僕は時計を確認した。
「エミル殿下。そろそろ」
「あぁ。行くよ」
シルヴァーノ殿下とエリアーヌ姉様がアグリジェントにお帰りになられる際、来た時とは違い、姉様は落ち着いていた。
「またね、セレリア。貴方と会えてよかったわ。元気でやりなさい」
「はい。また…」
セレリア姉様がリッターオルデンへ花嫁修業をしに行ってしまう前の最後に会える機会だったと僕は気がついた。
「エミルも。またすぐに会えると思うけど、元気でね」
「えぇ。またすぐにそちらへお伺いさせていただきます」
本当にまたすぐ会うんだよなぁ、なんて水を差す様なことは心に留め、二人の馬車を見送った。
セレリア姉様のお茶会は割とすぐに訪れた。
今日ロレインはセレリア姉様の文官ミアと通関士のセオドリクとお茶会をする。
その後僕も視察について少し話しをしにお茶会会場の温室へ足を運ぶつもりだ。
「ロレイン、お茶を飲んでからここに来たのかな」
「ロレイン様は純粋でお優しいお方なので、恐らくそうなのではないですか」
僕が笑っているのと真逆でウィルはため息をついていた。
ミアとセオドリクが温室から退出する様子を従者から聞き、僕は温室へ向かった。
「そろそろかな…」
時計を見ながら入るタイミングを伺う。
こっそりドアを開けるとセレリア姉様の侍女が出迎えてくれた。
ロレインが僕に挨拶をし、着席すると僕は姉様に視線を送った。入れ替わりで姉様が立ち上がり、退席する。
「彼らと会わせたわ。予定通りよ。これで満足かしら」
「はい」
「食えない弟ね」
セレリア姉様が温室から退出すると、僕らの何を見てか、ロレインは僕たちが仲が良いと思ったみたいだ。分からないな…。
それからロレインに陛下へ報告した内容を話した。
あの場ではリアナ様の神のお告げについてロレインもあまり深く触れずに発言をしていたが、やはり神託については信じては無かったらしい。あの場でリアナ様について追求するのは相応しくないとロレインも分かっていたようだ。
ロレインは面倒事を避けたい一方、根は真面目だ。視察でもそう。一緒に付いてきて欲しいと言えば、共に視察するだけではなく、考えや意見をはっきりと発言していた。
他国の王族相手に失態を晒さないようにと細心の注意を払っていたのは知っていたけれど。
僕が渡したリアナ様の調査資料に目を通したロレインは考えや懸念点について述べた。
僕と同じ考えで、やはり今後もこの件に関してロレインは必要だ。
彼らが見えるという能力だけでなく、知識、観察眼、判断力。
それに…僕にはまだ話していない彼女の能力についても、もう少し仲を深めれば話してくれるかもしれない。ロレインは警戒心が強いからね。
何だか猫を手懐けるような感覚だ。




