視察報告とそれから
フロリエンス王国がアグリジェント王国と精霊騎士団について正式に提携したことを私が知ったお父様が読んでいた新聞だった。
勿論"妖精"や"精霊"が見えない人々が多いため新聞ではあれこれ書かれていたが、エミル殿下にその能力があり、殿下自身がこの案件を担当するとのことで不信感を抱く貴族たちも強く出れず事はまだ収まっているそうだ。
エミル殿下が視察でアグリジェントへ赴き、実証実験へ参加されたことも書かれており、疑いもあるが信憑性が無い訳でもない、と何とも曖昧な記事だった。
「実証実験があって、"妖精"や"精霊"が見える人が僕を含めて数人居て…だけじゃ、陛下を納得させるのは難しかったよ」
「精霊騎士も数が少ないですし、まだまだ知らないことが多いですから当然ですよね」
「しかも設立理由がリアナ様の"神からのお告げ"だからね。陛下も何故アグリジェントが性急に精霊騎士団なんて設立したのか分からないってね」
やはりここでのポイントはリアナ様の"神からのお告げ"ね。
アグリジェント王国が欲した女性ですもの。
何かしらの事実と根拠があるのだろう。
だが事実があるのならば国を跨いで噂は回って来るはずなのに。
「エミル殿下は今までリアナ様、あいるは神託を頂ける方をご存知ありましたか」
「リアナ様については少しだけ。
昔にも居たらしいよ。詳しくは知らないんだけど。
陛下も社交界へ足を踏み入れたばかりのリアナ様のことはあまり知らないみたいだった。
イザイア殿下のご婚約者で、婚約発表の際に"神の申し子"と持ち上げられた話を耳にしただけらしい。
だからリアナ様について調べてみたんだ」
エミル殿下の合図でウィル様が私に資料を手渡した。
エミル殿下の調査資料によると、リアナ様はノヴェイル王国に生を受け、魔法学校を主席でご卒業。その間様々なご実績を上げ、それを認められアグリジェント第二王子イザイア殿下と婚約。
それに伴い爵位を持たないリアナ様はフランドル公爵家に引き取られ爵位を得た。
リアナ様が立ち寄った街では自然災害が起きるから、と逃げるよう言われたり、干ばつが酷くなるので水路を作るよう助言されたり、病が流行する前に原因となるものを使わないようにと発言されていたそうだ。
実際に山火事は起こり、水路を作ったおかげで畑が干上がることは回避され、病については戯言にしか取らなかった街で流行病が始まったそう。原因はリアナ様が忠告していた"井戸"だった。
「結構なご活躍をしていらっしゃいますね。
昨年の冷夏もお当てになっていたとは…
予め食べ物を蓄えておくよう、パイリェンタにも情報を共有していた…」
私は資料をペラペラと捲りながら、リアナ様のご活躍に感心していた。
特に昨年の冷夏については世界の食料庫となっているパイリェンタの食物生産性低下により結構な打撃を受け、物価の高騰が凄かったらしい。
それはスワンの授業で聞いた内容だ。
パイリェンタが発案した保存食のお陰で最悪の事態は免れたようだが。
この資料の情報が捏造かどうか、不可解だからこそ噂はそれ程広まらなかったのだろう。
ある一部の場所では崇められているかもしれないけれど。
「何故このような事が起こると分かったのかと尋ねると、夢で"神からのお告げ"があったからと答えたそうだ。
山火事については魔法でどうこう出来るが、病は魔法では作れない。気温や気候を操る大魔法使は居ない、とうちの魔法塔担当者が言っていた」
「そうなのですか。
…あれ?フロリエンスにも魔法塔があるのですか」
魔法塔はアグリジェント王国だけに存在するものだと思っていた。魔の国ギレヴァル王国との連絡手段を取るのは中央のアグリジェント王国だけだと聞いていたから、その手段に魔法を使うのかとばかり…。
「魔法塔は全ての国にあるよ。
これは推測だけれど、アグリジェント王もリアナ様に助けられているはず。だから信頼があり、手元に置いておきたい。それ故に彼女の頂いた神託に背けない」
「リアナ様を疑うわけではないのですが、もっと信憑性があれば陛下も他国も納得が行くと思うのですが…」
ある意味での洗脳に近い、なんて一瞬思ったけれどそれはアグリジェント王にもリアナ様にも失礼だと頭を振った。
兎にも角にもリアナ様の神託には検証が必要だ。
そんな簡単には行かないだろうけれど、ゆっくりはしてられない。
リアナ様のお告げが必ず起こる現象だとすると、頂いたお告げは魔王が殺害された時期とリンクしているのが気になる。
「だから、あくまでフロリエンスは提携関係であり、精霊騎士団の設立を手伝うってことだけ約束したんだ。
まぁ色々と条件は付けさせてもらったけど。
もし次に提携を願うのならば、パイリェンタだが…」
「そうですね、彼らには記憶に新しいですから。
しかし"騎士団"として名乗るなら」
「「リッターオルデン」」
騎士の国であり、アグリジェント王国近衛兵第一部隊所属のウェルス様の出身国だ。
そしてセレリア王女は第一王子との結婚を控えている。
「…少し、厳しそうですね」
「あぁ…セレリア姉様は花嫁修業の身。
下手なことをすれば姉様の居心地が悪くなる。
…というか、ロレインは一緒に考えてくれるんだね」
「…私にも考えることくらいは出来ます。
ですが私の役目はもう果たされていますよね?」
私の役目は視察と婚約者のフリ。それだけだ。
視察報告の結果を頂けるのは有難いが、これ以上王族と関わりは不要だ。
「…婚約者のフリ、はまだ終えてないよ」
「何故でしょうか」
「アグリジェント王が交渉でなんと仰ったと思う?
フロリエンス第二王子の僕と公爵令嬢の君、"妖精"が見える人物がフロリエンス王国に二人も居る。
"フェタリナーツェ公女が第二王子の婚約者でなければ良かったのに"と冗談交じりに仰ったんだ。
だからロレイン。
君が僕の婚約者でないと公言してしまえば、アグリジェント王は真っ先に君を手に入れようとするだろうね」
エミル殿下が"私を守るため"と仰ったのはこういうことが起こると予想していたのだろう。
…安易に視察へ参加した私も悪いのだが。
どの道今後"精霊騎士"を集う際、私の存在を隠す訳にもいかないエミル殿下はアグリジェント王に紹介することになっていただろう。
フロリエンスの公爵令嬢となると身分は十分。
遅かれ早かれ、ということか…。
アグリジェントの王子と私が婚約すれば、王妃の私が精霊騎士団の責任者として象徴となるにはもってこいだもんな。
絶対的に私を守るとなると"婚約者"という確固たる立場が必要だった…ということ。
でも、私がアグリジェント王国へ嫁ぐ方が騎士団やフロリエンスへの連携も良くなりそうだと思うのだけれど…エミル殿下とフロリエンス王が決定したことだ。
きっとこれが最善。
「…"精霊騎士団"がきちんと運営出来るようになるまでが婚約者の役目、ということになりますが」
「そうなるけど…ロレインは僕じゃ嫌?」
不敵な笑みを浮かべるエミル殿下に、私は溜息をつきそうになった。
「ご冗談はおやめください。大体お父様にも視察という名目でお話していて、婚約者のフリ、とはお話しておりません」
「そこは大丈夫。公爵には伝わってるよ」
私は後ろに立つリリアンナを勢いよく振り返り、本当なのか確認した。リリアンナも知らないと首を横に振る。
次に殿下の後ろで控えるウィル様へ目線を送ると、フィッと目を背けられた。ウィル様め…。
勿論この件はお母様にも伝わっているのだろう。
…どうしよう。授業がより一層厳しさを増したら。
それに、エミル殿下に反論することなど出来るわけがない。
「…分かりました。婚約者のフリは引き続き継続させていただきます」
「ありがとう」
微笑んだエミル殿下は、私の返答に満足。というよりは、自分が用意した答えになぞった私を当然だと思っているみたいに思えた。
「じゃあ、これからのスケジュールについてはまた後日書面で。僕は失礼するね」
「承知いたしました…。ご足労頂きありがとう存じます」
エミル殿下にご挨拶をし、殿下が温室から退出されるのを見届けた。
パタリと温室の扉が閉まると私は大きな溜息を吐きながら椅子へ座った。
…私、エミル殿下の手駒になってるわね…。
「…リリアンナ、帰ろう」
「…そうですね」
今日はきっと爆睡よ。と冗談でリリアンナに言ったが、本当に爆睡で、酔い避けのお茶も必要なかった。
次の日の朝は目覚めが良かった。




