アグリジェント王国
アグリジェント王国王城前。
私は一度深呼吸を行い馬車から降りた。その際エミル殿下から差し伸べられた手を取るのはくすぐったい気持ちと、正気ですか殿下という疑いの気持ちの挟み撃ちだった。
ここから先は殿下の婚約者として振る舞わなければならない。私は殿下に手を引かれたままアグリジェント王国近衛兵に連れられ城内へと案内された。
アグリジェント王国は良い意味でも悪い意味でも多国籍国家だ。大陸の中央に位置し、他国を纏め、魔の国ギレヴァル王国と唯一連絡を取れる国。
ギレヴァル王国と連絡を取れるのはアグリジェント国王のみで特殊な魔法を使っているのだとか。
多国籍国家なだけあって、人種差別もない。お店も色々な国の料理が食べられるし、人口は大陸の中で一番多い。情報も全てこの国に集まるので流行はアグリジェントから始まることが多い。悪い点を上げるとすれば国としての特色があまりに少ないところだ。
入口から広間を抜け、広い城内をゆっくりと歩いていく。途中噴水がある中庭を横目でチラ見すると、水の妖精たちが隠れて私たちを見ていた。妖精や精霊は何処にでも存在するため私有地内で見るのも不思議ではない。寧ろ彼らが居るところは自然豊かな証拠である。
近衛兵に連れ私たちはアグリジェント国王へのご挨拶をするため謁見の間へと案内された。大きな深く赤い、金の装飾がされた扉は国のシンボルである大樹とその真ん中に太陽が描かれていた。
流石に緊張する…。
私が硬直しているとエミル殿下は心配ない、と微笑み、腕を差し出した。信頼していい人なのかどうかはさて置き、エミル殿下はこういった場に慣れている。今は思いっきり頼らせて頂こう。私は殿下の腕に手を通した。
「フロリエンス王国より、エミル・フロリエンス殿下。ロレイン・フェタリナーツェ公爵令嬢様がご到着になりました」
キュウと重たそうな扉が開き、正面にはアグリジェント国王、国王左右に第一王子、第二王子が玉座に鎮座していた。
私がまた動けないでいるとエミル殿下がゆっくりと前に進み始めた。私も慌ててドレスの裾を上げ、謁見の間へ入っていく。
王座の前まで来た私たちは腰を低く下げ、殿下は膝を付いた。
「フロリエンス王国から参りました。第二王子、エミル・フロリエンスでございます。本日はこのようなお時間を頂き誠にありがとう存じます」
「ロレイン・フェタリナーツェと申します。お目にかかれて光栄でございます」
こ、これでいいのかな…。私は陛下のお声が掛かるまで辛いが体制を保っていた。
「面を上げなさい。お二人共遠いところまで足を運んでくれてありがとう」
優しそうな声質に緊張がスっと解ける。エミル殿下と私はそのお言葉に沿い、顔を上げた。陛下は声と同じく柔らかな雰囲気のお方だが、目にはやはり威圧感がある。
「言うまでもなく、私はアグリジェント王国国王。マヌエル・アグリジェントだ」
「第一王子、シルヴァーノ・アグリジェントです」
「イザイア・アグリジェント。第二王子だ」
グレーの髪と優しそうな笑顔のシルヴァーノ殿下。アッシュグレーの髪で少し無愛想なイザイア殿下。お二人はどうも正反対の性格に見える。覚えやすくて楽なのだが。
「今回の視察は第二王子、イザイアに任せている。詳しいことは彼から聞いてくれ」
「承知致しました。イザイア様、宜しくお願い致します」
エミル殿下がニコリと微笑むとイザイア殿下はフンッとそっぽを向いた。反抗的な態度に少々腹が立つ。恐らくエミル殿下の方が年下であろうに…。明日はこの人に案内してもらうのかと思うと気が重い。
「…すまないね、最近イザイアは反抗期でな。今日はゆっくりするといい」
「ありがとう存じます、陛下」
「また夕食の場でな」
短いようで長い謁見が終わり、私たちは部屋の支度が整うまで客間に通された。緊張から解放された私はソファに座りながらボーッとアグリジェントのメイドに用意してもらったティーカップを見つめていた。
「ふふっ、時差ボケかい?ロレイン。足を震わすにしては少し遅いよ」
そう言ってくすくす笑うエミル殿下に何も言い返せないのが辛い!時差なんて一時間くらいなのに!恥ずかしくて顔を隠すようにお茶を飲んだ。
今まであまり飲んだことの無いスパイシーさがあったがこれはこれで美味しい。フロリエンスでは花の国だけあってカモミールティーやローズティーなどが一般的なので新鮮だ。
リリアンナとウィル様は部屋の支度と滞在期間中の案内を受けていてる。食事の場所とか、お風呂の場所とか。必要なものや明日のスケジュール等々。そのため今はアグリジェントのメイドたちが私たちをお世話してくれている。
それにしても、ここは端正な使用人が多い。あの国王は見た目に反して美しい顔立ちの方が好みなのかもしれない。…男女差別なく、ね。
陛下が最後に仰っていたけれど…イザイア殿下は反抗期らしい。明日が一層不安だ。
「殿下は、イザイア殿下とお会いになるのは初めてですか?」
「前に一度。彼人見知りなんだってさ。今年デビュタントも済ませたのに社交界で大丈夫なのかね」
エミル殿下も…なかなか仰る…。やはり先程の態度がに気に触ったのだろう。腹黒殿下とツンツン殿下は混ぜたら危険じゃないか?
「そうだ。ロレイン」
「っ、はい」
心を読まれたのかと思い、私は持っていたカップを唇にぶつけた。痛い。
「この視察の間、僕のことはエミルって呼んでね」
「……申し訳ございません、殿下。殿下をそのようには呼べません」
一瞬何を言っているのかさっぱり分からず、首を傾げてしまった。理解した今でも分からない、このお方は何を仰っていいるのでしょうか?
「ダメかな?そう呼んだ方が婚約者っぽい、かなって」
「…せめてエミル様、でよろしいでしょうか」
「うーん…なんかよそよそしくない?」
まぁ、仕方がないか…と少し納得が行かなそうだったが、今回はこれで可決された。
公の場では殿下とお呼びするが、アグリジェント王国の敷地内では誰が聞き耳を立てているか分からない。日常的な会話では婚約者としてそうお呼びするのは当たり前と言えば当たり前…なのかな…。
「あー…ロレイン。もう一つ話しておかなくちゃならないことがあって。
アグリジェント王国にフロリエンスから嫁いだ第一王女が居ることは知っているかな?」
「はい。存じております。エリアーヌ・フロリエンス王女ですよね」
フロリエンス第一王女、エリアーヌ・フロリエンス王女。お目にかかったことはないけれど、噂ではとてつもなくお綺麗な方らしい。それはもう、他国からも求婚が多かったとか。そんな彼女を射止めたのがアグリジェント第一王子シルヴァーノ殿下だ。
「僕の六つ上の姉なのだが…少々ミーハーな所があってね…。多分そろそろ来る頃じゃないかな…」
「…ご冗談ですよね?」
すると待ち構えていたかのように扉がノックされ、入室するなりエリアーヌ王女が久々に会うエミル殿下へ抱きついた。お元気がよろしいのですね…。セレリア王女もお転婆…コホン、お元気がよろしかったですがまだ控えめだった気がします…。
「エミル!久しぶりね!」
「エリアーヌ姉様…皆が見ています…」
「もう、久々に会う姉に冷たいんじゃない?」
凛とした優しいリーフグリーンの瞳と琥珀色の髪が美しい、理想的なお姫様みたいな人…中身以外は。
シルヴァーノ殿下の正妃様で、私はお会いするのが初めてだが、お兄様から聞いたことはあった。可愛らしい見た目の第一王女は…とてもお元気がよろしく、使用人一同手を焼かれたと…。
「あ!貴方がシルヴァーノが言ってたエミルの婚約者ね」
「お初にお目にかかります。ロレイン・フェタリナーツェと申します」
「綺麗なヴァイオレットの瞳ね…」
グッと距離を縮められ、端正なお顔が近くに…。女の私でも思わずドキドキしてしまう。
エミル殿下はエリアーヌ王女を私から離し、自分の隣に座らせた。
「あと、さっきからそこに立たせたままの彼女はいいの?」
「そうだ!入っておいで」
「し、失礼致します」
綺麗な黒髪…。宝石のレッドベリルのような赤みのある瞳はイザイア殿下と同じ。あまり見たことの無い瞳の色で私は彼女に魅入ってしまった。恐らく冬の国、ノヴェイル王国出身の方なのだろう。
「リアナ・フランドルと申します」
「イザイア様のご婚約者よ。つまりは私の義妹!今年デビュタントを終えたばかりだからエミルの一つ上ね」
「そうでしたか。お恥ずかしいところを見られてしまいましたね。
改めまして、私はエミル・フロリエンス。フロリエンス第二王子でございます。こちらは私の婚約者、ロレイン・フェタリナーツェです」
私もソファーから立ち上がり軽くご挨拶をした。良かった、歳が近い同性の方が居るのと居ないのでは心の持ちようが違う。是非とも仲良くなりたい。と言ってもすぐに懇親会を兼ねた夕食会なのだけれど。
リリアンナたちが戻る頃にはリアナ様と大分打ち明けていた。第一印象は人見知りっぽい感じだったのだが、話していけば行くほど彼女は可愛らしい方だった。
笑顔が素敵で、私も笑わそうと必死だった。
流行っているお菓子やお料理、アクセサリーの話はお互いに興味深いもので、この間お茶会で頂いたヘアアクセサリーの話をしたらリアナ様も気になるみたいだった。
「では、夕食の席で。一度失礼致します」
「また後ほど」
私は道中の激しい吐き気も、エミル殿下へのストレスも全部忘れて良い気持ちで用意された部屋へと向かった。
だがここからまたドレスを着替えたり、髪を飾ったり…色々しなければいけない。大変なのは私ではなくリリアンナなのだけれど。
白をベースとし、フロリエンス王国を表す紫と銀の花が裾に散りばめられたドレスとセレリア王女から頂いたアクセサリーを髪に飾った。
化粧の間、ヴァンちゃんと遊んでいたかったけれど、現在ヴァンちゃんはアグリジェント王国のとある場所に預けてきた。
ペットを預かってくれるペットホテルというものがあるらしく、流石に他国から招待されている身で何か合っては困ると、万が一のために名残惜しくもそちらへ預けてきた。
リリアンナに隠密行動はお似合いみたいだ。
「ロレイン様、ご支度が整いました」
「はぁ…楽しみだけど行きたくない気持ちもある」
「今日は懇親会とはいえ多国の王族しか居ませんしね…お気をつけて」
「お気を付けてって…」
私が場違いなの分かっているくせに。私はエミル殿下がお迎えに来てくれるまでリリアンナにマナーの確認をしまくった。




