お客様
翌朝。
何事もなかったかのようにぐっすりと眠っていた私は、いつも通りリリアンナの「朝ですよ、起きてください」で目を覚ました。眩しい朝日が容赦なく開かれたカーテンから一気に私の目を潰しにかかろうとするのを片手で防いでみせる。その行動にリリアンナが呆れていたが無視だ。
私は昨夜の件についてリリアンナに尋ねた。
「昨日の夜は何だか騒がしかったのだけれど何かあったの?」
「申し訳ございませんでした。急な来客があったもので」
リリアンナは私の身支度をテキパキと整えながら、昨夜の来客について話しくてれた。
男性のお客様らしいのだけれど、どうやら訳アリの方らしい。
何日も食べ物を食べていなかったのか栄養失調と脱水症状を起こしており、危険な状態だった。しかし身長は高く、栄養失調とはいえ成人男性をお父様とアルノーだけでは運べなかったため夜中に使用人を呼び出したそうだ。
「一体その男性に何があって、そんなボロボロになったのかしらね」
「私たちもまず罪人の脱獄なのではないかと疑いました。しかし、お召し物が破けてたとはいえ、生地が上質なものでしたので、少なくとも貴族ではないかと」
貴族でそんな重体になるとは、余程厄介な物事に首を突っ込んだのだろう。そしてそんな彼をこの家に持ち帰ったお父様もまた然り。
お母様が憤怒しそうではあるが、お優しいお父様が瀕死の方を見殺しにするなんて有り得ない。そこがまた大好きなところであるのだが、私もお母様もこの若さで屍にはなりたくありませんわ。
「まだ平民の方がマシだったわね…」
「貴族のゴタゴタは簡単には片付きませんからね」
「まぁ、お会いする機会が無いことを祈るわ。詳しいことはお父様がどうにかなさるでしょう」
「しかしながらロレイン様。そのお方…噂では相当な美形らしいですよ」
「…興味ないわ」
支度を終えリビングへと向かうと、寝不足だろうか、いつもよりゆったりとしたお父様がパンをちびちびと口へ運んでいた。たまにお仕事が立て込んでいる時に見るお姿だ。対してお母様はやはり不機嫌だった。
お父様の寝不足は恐らくお母様への説明に時間がかかったからなのだろう。夜中に収拾するはずもなく、今に至る…という感じだろうか。
そんな疲労困憊なお父様にエミル殿下の件をお話することは諦め、私はおはようございます、と挨拶だけして静かに食卓の席へと着いた。一言でも話せばお母様の沸点に触れそうで、私は優雅に、それでもできるだけ早く朝食を終えた。
今日は14になってから初めてのスワンの授業。
最初に彼女へプレゼントの感謝を伝え、その後昨夜の来客と両親について話した。スワンなら何か事件やら巷の噂やらをよく知っているはず。
何もありませんように、と願いながら記憶を辿るスワンの顔を覗いた。
「そんなことが…。ですが最近の貴族絡みの事件や噂は聞いたことがありません」
「そうですか…」
何も無い、という言葉に安堵した。だが、上位貴族であればあるほど事件そのものを隠蔽をする可能性もある。今はまだ安心、というだけで、今後何が待ち受けているかは分からない…など、分かりもしない未来を私が考えたって時間の浪費になるだけだと、スワンに言われてしまうだろうか。
「事が事ですので、奥様もお嬢様もご心配になられるのは仕方がありませんわ。何か御座いましたらすぐにお嬢様へお伝え致します」
「ありがとう、スワン」
「では授業を始めましょう」
*****
授業を終えてから、スワンはいつも昼食を私と共にするのだが、今回はお母様と取った。どうやらお母様とお父様の架け橋になってくれるみたいだ。
午後の授業でお母様の様子がどうだったか聞くと、やはりお母様も貴族の争い事に巻き込まれるなんて冗談じゃないと言っていたらしい。
「グウェンやお取引様にまで迷惑をかけるかもしれないと考えなかったのですか!と言ったら、あの人はすまん、しか言わないのよ!?すまんで済むわけないでしょ、×××!!」
とおっしゃるほど相当ご立腹でした、とスワンから報告を受けた時には驚いた。お母様でもお耳汚しになるようなお言葉を使うのは意外だったが無理もないだろう。
「これは暫く解決しなさそうです」、と頬に手を当てながらスワンは溜息をついた。
夕食時、そこにはお母様はいらっしゃらなかった。
メイドに尋ねると、お母様は自室で夕食を取られるらしい。
愛妻家なお父様はそれを聞き、いきなり席を立って行ったと思ったら、落ち込んだ姿で帰ってきた。
流石に見て見ぬふりをできない私はお水を一口飲んでから、口を開いた。
「お父様。残念ながら今回はお母様が納得するまでか、お父様が彼を追い出すまでは元に戻ることは難しいと思います」
「ロリィまでそんな冷たいことを言わないでおくれ…彼を追い出すなんてできないよ。
もしかしたら貴族じゃ無いかもしれないじゃないか」
「可能性など良いものも悪いものも、どちらもあるからお二人がこうなっているのでしょう」
ド正論にお父様は言葉を返せず、いじいじとフォークで今日のメインディッシュを突っつく。
私、お父様は大好きだけれど、こんな面倒な男性とは婚約したくありませんわ。
追い討ちをかけるようで悪い気がしたが、もうこれ以上様子を伺っても状況は変わらない気がしたので、致し方なく、今週末の予定をお父様へ話した。
するとお父様は手に持っていたフォークを床へ落とし、私の席へと向かってきた。
「そんな、なんで…」
「殿下のご命令ですもの、断る訳には…」
「こんな、ソフィアとギクシャクしている時に限ってなんで…」
いえ、お父様。問題はそこではありません。
殿下と泊まりがけでアグリジェントへと向かうのですよ?もっと他に言うことがあるはずですよね?
私は呆れたようにお父様に視線を向けた。
「ロリィ…どうしても行ってしまうのかい…」
「はい、お父様。ですのでその間にどうにかしておいて下さい」
「そんな…」
床に座り込み絶望するお父様を横に、私はパクパクと夕食を平らげていった。アルノーが、「ご主人様みっともないのでおやめ下さい」と言っているが、お父様には聞こえていなようだ。
家にいても面倒、エミル殿下と行っても面ど…ゴホン。どちらにせよ私にとって良いことがないならば、プチ旅行へ行ける後者で良かったな、と殿下の下がっていた好感度が少しだけ上がった。
やっと静かな部屋へ戻ると、本当にお父様が騒がしかったのだなと実感した。耳に残っているお父様の声がまだ頭の中で再生されいてるわけなのだが。
花の季節と言えど日が沈むと肌寒く、私は身震いをした。
開いていた窓をリリアンナが閉め、すぐに暖かいお飲み物をご用意致します、と部屋を出る。
ここだけ見ると、優秀な侍女なんだけどな。
私はブランケットを肩へ羽織り、ソファーへと腰を下ろす。
そのままソファーへと横たわり、食後の至福な時間を過ごしていると、目がうつろうつろになってきた。
どうせリリアンナが起こしてくれるだろうと、私は拒絶することなく、すんなりと意識を手放した。
「…キュ…」
…何か近くで動物が鳴くような声がした。
夢の中なのだから出てきてもおかしくないか。
しかし周りに動物は見当たらない。
おいでー、と声を出しても出てきてくれず、ただ近くでキュー、と鳴く声だけが聞こえる。私のイマジネーションが足りないのか?
一度ぎゅう、と目を瞑り、開けてみたら何か想像したものが出てくるかと思ったが、夢はそんなに都合よく出来ていないらしい。お菓子も夢の中では味はしないし。
あーぁ残念、と意識を浮上させ夢から目覚める。
リリアンナはまだ戻っておらず、10分が経たない程度に仮眠をしていたみたいだ。
欠伸をしてソファーから起き上がると、手にふにゅっとした感触が当たった。黒いくて丸い、小さな何か。
それは浅く呼吸を繰り返し、私がつついても起きない。
よく見てみると羽らしきものが付いていて、大怪我をしていたのか、やっと塞がったような傷跡が残っていた。
神獣に慣れている私だけれど、こんな動物は見たことがない。けれどあの鳴き声は夢ではなく、私の隣で鳴いていたのだ。
この子が一人でここへ入ってこれそうもないので、私は誰か居ないかと辺りをキョロキョロと探した。
すると一部始終を目撃していた風の精霊が窓の隙間から入ってきて、この状況に陥った訳を教えてくれた。
どうやらこの子を連れてきたのは、エルフのカティらしい。怪我も完治しておらず、お腹を空かせ寒そうにしていたため暫く私に預かっていてほしいそうだ。
「別に構わないけれど、自分で言いに来なさいよね」
黒い羽のついたこの子については明日図書館で調べよう。
私は羽織っていたブランケットで優しく包んだ。
少しして紅茶を持ってリリアンナが戻って来てくれたので事情を話し、起きた時にこの子が食べられるような、細かくした柔らかなパンと野菜を手配してもらった。
「手配は済みましたが…ご主人様と同じことをされているのは、お気づきになられていますか、ロレイン様」
「わ、私はトラブル持ち込んでないもの」
お父様に似ていると言われるのは侵害だ。
この子が何の動物かは分からないけれど、問題なんてあるはずないじゃない。
…カティが持ち込んだという点が不安ではあるけど、小さな体で何が出来るって言うのよ。




