お見舞い -2-
シートの上に座るエミル殿下は何だかとても楽しそうだった。私たちから少し離れた場所で側近と護衛兵が待機しているお陰で、人懐っこい妖精以外の神獣と精霊は逃げてしまった。
新しいお茶を入れ直し、お菓子も先程より豪華なものが用意された。わーい…といつもなら喜んでいただろう。
だが私が倒れた理由を忘れてはならない。疲労、睡眠不足、空腹…だけではなかったからだ。決定だとなったのは、目の前の天使ことエミル殿下。
あの時確かに殿下は″妖精や精霊が見える″と、そうおっしゃった。その件に関してはきちんと話し合わなければならないだろう。
私は妖精や精霊が見える人とは出会ったことがない。私も自らの能力を明かそうとは思ってもないので、もしかしたら公言していない方とはお会いしていた可能性もあるのだけれど。
自分の能力は珍しいのかもしれないという浅い考えしかない。殿下ならばこの能力について、そして他にも同じような能力を持った方が居ることを知っているかもしれない。
だが、まずは謝罪とお礼だ。
「コホン、殿下。この度は…」
「あぁ、あれは僕が悪いよ。疲弊していたところにトドメを刺してしまったようだ、すまない」
「いえ。お見送りも出来ず、更にはお見舞い品まで頂いてしまい…申し訳ございませんでした」
「気にしないで。ロレインが元気になったのならそれだけでいい」
気にしないで、とお優しい言葉を下さる殿下。
お茶を飲む姿がなんとも絵になる。カップを指先で摘む仕草から口に運ぶまでがまさに優雅という言葉が相応しい。
だがお菓子を妖精にあげている姿を見て、思わずお茶を吹き出しそうになった。令嬢としてあるまじき行為なので、なんとか軽く咳き込む程度に収めた。
それを機に私はやっと本題に入ることにした。
「それと…以前、殿下が私におっしゃったことなのですが…」
「…″彼ら″が見えるって話し?」
「はい…」
「ロレインだって見えているんだろう?さっきだって僕に見つかるまでお菓子をあげていたじゃないか」
「…殿下はいつから見ていたのですか?」
そこから見ていたということは、私が仰向けに寝転がっていた所も見られて…顔色を伺うと、殿下はニコリ、と微笑み返してくださったのでもうダメだと諦めた。
「コホン…殿下がこちらでお茶会をしたいとおっしゃられたのも、以前と同じく、こうして彼らと触れ合うことで能力を立証するためですか」
「それもある。君は中々信用してくれなさそうだからね」
「…そんなことありませんわ。こう言うのは失礼も承知なのですが、私には殿下が何を考えていらっしゃるのか分かりませんの。見えるもの同士仲良くしよう、という訳ではないですよね」
エミル殿下という方を私はまだよく知らない。
いくらこの国の王子だとしても、私は私が信じると決めた人でしか信頼は置けない。騙し、騙されることが、悲しいけれど貴族の在り方だと認識しているからこそなのだ。
それに先程から話の核心に突いているようでついていない感じがする。
「ロレインは疑り深いな」
「殿下が私に彼らの話を私にする方が意外でした」
「それなりの確証があったからね」
「…」
殿下ほどの権力をお持ちであるのならば、情報収集など容易いもの。家の使用人が話した…と考えてみたが、私の能力を知っている人は限られてしまう。
私が一番信頼している人にしか話していないため、彼らを疑う余地はない。そうなると、どこかで見られていた可能性が一番高い。といっても全く心当たりがないのだが。
「ロレインは、″精霊騎士″って知っているかな」
「…中央の国…アグリジェント王国で最近設立されたという」
「そう。文字通り、精霊や妖精と共に戦う騎士が集められた騎士団が設立された。
勿論そこに集められた騎士は僕らと同じ、″彼ら″が見える。
僕は来週アグリジェントに出向き、視察を行う予定なんだ」
「殿下に適任ですね」
私は話を切るように、カップに口を付ける。
何となくこの話の終末が見えたからだ。これ以上話せば、私は殿下の提案に頭を縦に振るしかないのだから。そうなる前に、どうにか話を逸らすか終わらせたい。ウィル様に横目を向けながら、紅茶に視線を戻す。
「殿下、もうすぐ日が落ちる時間となりました。名残惜しいですが、今日はここまでに致しましょう」
「…そうだね、そろそろ失礼しよう。それとロレイン」
「はい殿下」
「その視察、ロレインにも同行してもらうからよろしくね」
「…かしこまりました、エミル殿下の命とあれば」
ドレスの裾を持ち上げ、お辞儀をした。それに満足した殿下はご馳走様、とリリアンナに声を掛け、我が家を去った。
リリアンナが片付けをしている最中、私は残ったお菓子に手を伸ばし、口に次々放り込んでこの悔しさをぶつけていた。
殿下はどうやら少し性格がよろしくないのかもしれない。あの可愛いお顔の下には黒い部分が隠されていらしいと今日2人で話してみて思った。
だが相手は王子。そして私は公爵令嬢。身分に相応しい振る舞いをしなければ…とは言いつつも、もう既に私が芝生の上でゴロゴロと寝ていた所を見られていた時点でその意思は無くなったのだけれど。
「ロレイン様、途中からエミル殿下に対しての態度が好ましいものではなかったように思えます」
「…分かってるわよ」
話を無理矢理終わらそうとした私が悪いのけれど、どの道視察へ行くという結末は迎えていただろう。殿下は私の反応でどう話を持っていくのか考えていたのだと思う。
一緒に来てくれないか、というお願い形式か、一緒に来いという命令形式か。
お願いされても断りにくいから行くと言うしかない。けれど仕方なく行くか…という気持ちにはなる選択その1。
選択その2は、命令であるのならば最初から拒否権はなく、行きたくない!としか思えない今この状況。私の対応次第だった、というのが悔しい。
要は心の持ちようだ。悪あがきせず、せめて選択1を選べるように持っていけば良かった。私や殿下と同じ能力を持つ方々との交流が嫌な訳では無い。この能力について知るいい機会だと思う。
しかし私が知りたかったのは、能力を持つ方はどのくらいの割合で居るのかだけだ。能力の使い方などの差は騎士団が出来た時点で多種多様だということは分かったし。
何故嫌なのかと言うと、ただ単にアグリジェントまでの移動距離が長いのが嫌なだけだ。また道中胃の中を逆流する液状と戦わなければならない。少しでも道の整備が整っていることを願おう。
***
夕食を取りながら、お父様に殿下から視察へ同行する命を受けたことお話しようとしたのだが、その日お父様は帰宅が遅かった。
アグリジェント王国まで途中泊を含め移動は二日ほどかかる。未婚の男女が共に過ごすというのは聞こえが良くないため、一応お父様にはお伝えしようと思っていたのだけれど、お忙しいようだ。
「ところでロレイン。今日はエミル殿下がお見えになったそうじゃない」
「え、えぇ…お母様が丁度街へお出掛けなさった頃に」
私は突然の話題にカシャン、と食器にフォークをぶつけてしまった。やはりお母様の耳には入るよなぁ。
お父様が居ない夕食はお母様と二人きり。誰もフォローも入れてくれないので、私は墓穴を掘らないように慎重に言葉を選ばなければならない。
「公務のついでにお見舞いに来てくださいました」
「そう。リリアンナも居たから大丈夫だとは思うけれど、きちんとおもてなしは出来たのかしら」
「それは、勿論です」
ドヤ顔をする私の隣で、お茶の継ぎ足しをしながらふふっ、と笑ったリリアンナを私はシーッ、と注意をした。お母様にはバレていないみたいだが、うちの侍女はもう少し自重して欲しいものだ。
お母様にはなんとか怒られずに済んだが、いつ今日の失態が知られるか…。
結局お父様がご帰宅されたのは、深夜だった。
夜中なのにも関わらず、使用人たちの話し声が聞こえ目が覚めた。お父様の帰りが遅くとも、いつもは執事であるアルノーだけで事足りるのに今日は違うみたいだ。何かあったらしい。リリアンナも来ないし…。
静かに部屋の扉を開け、慌ただしい使用人たちに見つからないように移動した。
足音が聞こえると近くの部屋に身を隠し、そっと耳を当てて話を聞く。それを繰り返し、何が起きているのか情報を集めていった。ちょっと楽しくなってきた。
聞いた話を集約すると、この夜中にお客様が来られたらしい、というのとその方が怪我をなさっていたためお医者様を呼んだとかなんだとか。
後の詳しい話は明日誰かに聞く他なさそうだ。
今日は一先ず眠りについた。




