お見舞い -1-
私が目を覚ましたのは次の日の夕方だった。
西日が丁度、私のベッドに寄り添うように眠っていたリリアンナに差し掛かかり、彼女の目の下の隈を目立たせて見せた。
私がいつ目を覚ましてもいいようにずっと傍に居てくれたのだろう。日の眩しさにも気が付かないくらいにぐっすりと眠るリリアンナは、回復した私よりも体調が心配だ。
部屋の外で待機するアルノーに彼女の代わりのメイドを呼んでもらい、アルノーにはリリアンナを部屋まで運んでもらった。その際リリアンナに気があるアルノーは彼女の寝顔に見惚れていたようだったので、私は咳払いをして、女性の寝顔をじっと見つめるのは失礼だと注意した。でも役得だと思わない?私に感謝してほしいわ。
メイドによると、私が倒れた理由は疲労とストレスによるものだろうと医者から言われたらしい。治療法は、食事をきちんと摂って眠ること、だそうだ。
殿下は私が誘わなければ…と申し訳なさそうにしていたらしい。私のためにとしてくれた事なのに、お見送りどころかご迷惑までお掛けしてしまった。ところで…
「お母様は何と…」
恐る恐るお母様の反応をメイドに確かめる。後で怒られるための心の準備、というやつだ。
「奥様はお嬢様をご心配されていましたよ」
「…怒っていないの…?」
「はい。少々無理をさせ過ぎてしまったのでは無いかと心配されていましたよ」
不思議だ。あのお母様が私の失態を叱責なさらないなんて。幾ら疲れていたとは言えど、″貴族として恥ずべき行動をしてはならない″と口を酸っぱくして言ってきたのに。
何か他に理由があるのでは無いかと。そう考えていると、部屋の扉が勢いよく開らかれ、その音に体が跳ねる。アルノーが必死に止めていたが、彼女はお構い無しに部屋へ入ってきた。ノックもしないなんて、彼女らしくない。
「元気がいいのね、リリアンナ」
「ロレイン様!目が覚めたのなら一番に私にお知らせ下さい!心配したんですよ!」
「私なりの配慮のつもりだったのだけれど…」
私は頬にそっと手を当て、首を傾げてわざとお嬢様らしく振る舞う。それに対し不服そうなリリアンナだったが、私のおでこに手を当てると、熱がないと分かった途端ニコリと微笑み、起き上がったばかりの私の身体をそのままベッドへと沈めた。
完全に悪意が込められている。主にすることでは無いな。
「ロレイン様、お元気なようで結構ですが、もう一度お休みになられては?」
「うっ、リリアンナこそ休んだ方がいいのではないかしら?顔色が悪いわよ」
「主が起きているのに、侍女が休める訳がないじゃないですか」
「私は寝すぎたのよ、食事を取ってから休むから。リリアンナ、今日はもう休みなさい」
少し粘られたが、反抗するリリアンナに致し方なく主君の命令だと言うと、大人しく自室へと戻って行った。普段滅多に言わないのだが、こうでもしないと意地でも私が眠るまで隣にいそうだ。こうした主従関係の力技みたいなこと、したくはないのだけれど。
***
二、三日で体調はすっかり回復し、やっと外出許可が降りた。ダラダラと過ごすのは嫌いじゃないけれど、流石に体がなまった気がする。ついでに体重も増えた。
今朝やっと朝食の席に出られた私はメイドから聞いた通り、お母様から怒られることはなかった。それが逆に違和感というか…いつかふとした時にでも怒られるのだろうな、という心持ちでいる。
使用人たちは無事に交代制で休暇を取っているらしく、暫くは屋敷に居る人数が少ないみたいだ。
そしてエミル殿下からはお見舞い品としてお紅茶と小さな花束が送られてきた。
お紅茶は食の国、パイリェンタで最高級とされている有名な物だった。勿論私は口にしたことはない。
花束は黄色とオレンジのガーベラが可愛らしくラッピングされており、花瓶に移す際はそれを解くのに残念な気持ちもあった。
後でエミル殿下には御礼と謝罪のお手紙を書かなければ…。
その前に、やっとベッドから出られたのだ。今日は折角なのでその最高級の茶葉を、いつもの場所でゆったり味わおうではないか!
清々しい空気と暖かな陽を浴びるのは久々で、紅茶の良い香りに癒される。一緒に用意していたお菓子の甘い香りに誘われていつものように皆が集まってきた。
完全リラックスモードに突入していた私は、周囲など全く気にすることもなくシートの上に寝転がる。だってお父様お母様も、メイドも執事も皆、回復したばかりの私に気を使ってここには近づかないのだもの。リリアンナも多めに見てくれているし。私につられて横になる妖精たちも可愛い。
『ロレイン、ロレイン。新しいお友達』
「えっと?何の事かしら…」
『あそこあそこ』
妖精たちが指差す先にはレモンイエローの髪が木々からピョコンと出ていた。光の加減で髪色がそう見えるだけなのか、近い髪色で私の心当たりは一人だけ。でも不思議なのは妖精たちが"新しいお友達"と呼ぶことだ。神獣たちもいつの間にか居なくなっていた。
「カティ?貴方なの?」
「っ!……」
起き上がり、話しかけると、カサっと葉を揺らして更に身を隠した。私を驚かせでもしようとしたのならば、それは失敗だ。
私はそっと彼女の隠れている元へ近づき…わぁ!と、逆に驚かせてみせた。だが、そこに居たのはカティでは無かった。
この家に訪問があるのならば、リリアンナから聞いているはず。だから私は疑う余地も無かったのだ。
「うわぁ!…お、驚いた…」
「…で……殿下…?」
私はすぐに屈み、頭を下げた。
リリアンナは知っていたの?と離れた場所にいたリリアンナへ顔を向けた。どうやら彼女も知らなかったそうで静かに首を振る。しかしリリアンナの隣に急いで駆け寄った使用人が頭を深く下げている。彼がきっと殿下をここへ案内したのだろう。
客人は私の侍女であるリリアンナに話を通してから面会するのが当然なのだが…今回は恐らくエミル殿下が私たちに秘密にするように、とでもおっしゃったのだろう。
リリアンナが傍に居てくれれば、驚かそうとする私をはしたない、と止めてくれていただろう。もしかしたら殿下だと気が付いていたかもしれない。
私が一人でお茶会をする時は妖精や精霊、神獣たちが集まって来てくれるためリリアンナはいつも少し離れた場所に待機しているのだが、今日はそれが仇となってしまった。
やった、私……やってしまいました、お母様。
そんな絶望的な顔をする私を見て、エミル殿下はくすりと笑う。本来ならば可愛いとも思うその笑顔も今は恐怖にしか感じない。
「やぁ、ロレイン。元気になったみたいで安心したよ」
「た……大変申し訳ございませんでした。まさか殿下がお越しになっているとは知らず…」
「いや、君の体調が気になって、公務がてら回復薬を渡そうと寄ったんだけど…その必要は無かったみたいだね」
一気に体温が上がり、顔が熱くなる。
殿下は私に手を差し伸べ、その場から立ち上がらせてくれたが恥ずかしくて顔を向けられない。
それにしても、よく殿下の側近や近衛兵に斬り掛かられなかったな。と不安に思ったが、周りが笑いを堪えているのが見て分かるので危険はないのだと判断された事にホッとする。だが恥ずかしさは倍になった。
「案内してくれた彼を責めないであげてね。僕のお願いをきいてくれただけだから。
ところでこの場所はロレインのお気に入りの場所なの?」
殿下は不思議そうに森を見渡す。
お気に入りの場所だと答えては公爵令嬢として不正解だ。椅子に座って、花を愛でながら華麗にお茶を嗜むのが普通の令嬢がするお茶会だ。
例え一人だとしてもシートの上に座って、森の中でお茶会はしない。それが当たり前で、好きなのだと言えば私は大分変人だと思われるだろう。ピクニックではないのだから。
「……今日は…たまたまですわ」
私は見栄を張った。今日はたまたまそういう気分だったのだと。リリアンナ、笑いを堪えるのならばもう少し上手く隠しなさい。
「そう?ロレイン、僕もこのお茶会に参加してもいいかな」
「はい、喜んで。でしたら場所を変えましょう」
リリアンナには場所とお茶会のセッティングを、メイドにはこの場所を片付けておくようにと指示をしようとしたのだが、それはエミル殿下に阻止された。
「いや、ここがいいな」
「ここ…ですか」
まさか殿下がそう仰るとは思ってもいなかった。
しかしフロリエンス王国の王子を、地べたに座らせるなんて出来るわけがない。けれど、殿下がおっしゃったことに反論は出来ない。王族の意見というのは貴族にとって命令だと私は心得ているからだ。
近くに居た、オリーブブラウンの瞳と視線が交わると、ニコリと微笑みかけられ私の意思が通じたように殿下の側近である、ウィル・ウォーカー様が助け舟を出してくれた。
クルミ色の髪をした十九の青年は確か騎士団長のご子息で、剣の腕が素晴らしいと聞く。ウォーカー家は代々王族に使える名家で、騎士の国、リッターオルデンにも劣らない素晴らしい戦力と絶対的な忠誠心でこの国を支えてきた。
「エミル殿下、フェタリナーツェ様を困らせてはいけませんよ」
「移動や準備の時間が勿体ないし、僕はロレインの好きな場所でお茶がしたい」
「それが返ってご迷惑だと言っているんです」
「ロレイン、迷惑か?」
「……いえ…」
「ほら」
「フェタリナーツェ様はそう答えるしかないでしょう…」
頭を抱えたウォーカー様。適任だと思ったのだけれど、殿下が食い下がり中々話が進まない。
先日セレリア王女と一緒だった時は大人びて見えたのだが、今は印象が違って見える。何故だろうか。
それよりも今は、この膠着した状況をどうにかしないといけない。気が進まないが、私が提案するしかなさそうだ。
「…ウォーカー様」
「ウィルで結構です、フェタリナーツェ様」
「ウィル様、私もロレインで構いませんよ。
殿下がこちらで宜しいのでしたら、こちらでお茶会をしても?」
「ロレイン様がそうおっしゃるのであれば」
子犬のように、と言葉には出来ないが心の中で表現として用いるのであれば許されるかな。殿下はとても嬉しそうだった。




