私の日常 -1-
幼い頃から私は生き物に愛されていた。
近所の犬や猫、森に行けば兎や鳥、海に行けば魚やイルカなど何故か私に近寄っては懐いてくれる。
それは神獣や妖精たちも同じで、普段人間に姿さえ見せるはずのない彼らさえも幼い私の遊び相手だった。
私が生まれたのは国の首都から大分離れた田舎町。
家系は公爵という爵位ではあるが、何分これだけ山や川に囲まれた田舎に屋敷があるため都心の貴族よりも緩く生活している。
マナーやダンスのレッスン、国の教養は勿論学んでいるが、都心部の貴族の娘たちと比較すると頻繁にお茶会を開くことは無い。なので少しばかり暇なのだ。
結果私は彼らと、お茶をするのが日常になった。
私ももうすぐ十四という歳を迎えようとしている訳だが…今日も屋敷近くの森へ出掛けていた。
侍女には頻繁に森へは行くなと注意されているが、家に籠りっぱなしなのはつまらない。
なので侍女や他の使用人達に見つからないよう、幼少期に見つけた秘密の抜け道で森へ向かう。
まぁ結局後で侍女には怒られてしまうのだけれどね。
活発で元気が取り柄の私は貴族に生まれずに平民に産まれるべきだったと思うが、赤ん坊に家は選べないので今世は令嬢として生きるしかないと諦めている。
だがそれなりの自由は手に入れたい。
暗い細道を抜けると木々の葉の間から零れ日が私を照らす。そこから少し奥へ入るとぽっかりと木々が生えていない空間がある。そこが唯一お茶が出来る場所であり、私のお気に入りだ。
『あ、ロレイン来た』
『本当だ、今日も甘いお菓子ある?』
「今日はクッキーを持ってきたの。お茶もいかが?」
小さな森の妖精たちは薄くて透けそうな美しい羽根を羽ばたかせ、私がセットしたシートの上へ腰を下ろした。
この妖精たちは幼い頃からのお友達で、たまにお屋敷の私の部屋に季節のお花を届けてくれたりする。
緑色の可愛らしいお洋服は妖精専用の御用達洋服店があるそうで、会ったことはないけれど被服を得意とする妖精もいるみたいだ。
クッキーを広げ、お茶をカップへ注ぐとその香りに釣られてかリスや兎、鹿、ユニコーン、ヒッポグリフなどなど…多くの生き物たちが私を囲む。
彼らに挨拶をしては体を撫でてあげたり、細かく割ったクッキーをあげたりするのが私流のお茶会だ。
「はぁー、今日も平和平和」
『ロレイン頭の中はいつもお花畑』
「いいのよ、それで。難しい事は考えたくないし」
香りを楽しんでから紅茶を口へ運ぶが、侍女が入れる紅茶には未だ勝てない。教えて貰ったことはあるけれど、私にはこれが限界だったのよね…。
『ロレイン。ご機嫌よう』
「あら、カティ。ご機嫌よう」
カティとはこの森に住むエルフのことだ。
妖精はあまり人間から固有名称で呼ばないらしいのだがエルフは別。
妖精が人間に姿を見せないので元々呼ばれる機会もないというのが前提なのだが、エルフは人間好きでよく姿を見せる。それ故仲良くなるとこんな風に名前呼びになるそうだ。
本や言い伝え通りの美女で、年齢は…もう数えたらキリがないので数えるのをやめたそう。春風が彼女の金色の髪を撫でる様に揺らし、木々の零れ日は彼女の鮮やかな緑色の瞳を照らした。
「いつ見てもカティには魅入っちゃうなぁ」
『ふふっ。ロレインはまだ成長途中ですもの。将来が楽しみね』
「もうすぐ十四よ。ほとんど諦めているわ」
はぁ、と溜息を吐く。そりゃ伝説のエルフですもの。
美しいのは当たり前だけれど、これでは人間界の美女と出会っても咄嗟に感情を込めた褒め言葉が出るのか心配になる。
紅茶を飲む姿も絵になる美女が私の基準となってしまっている現状から、侍女の注意を多少は耳に入れるべきだったのではないかと頭の片隅で思うが時既に遅しだ。
『ところで、こんな平和な世界とボヤいているロレインだけれど』
「たまに辛辣よね、貴方」
『この国では騎士が動く程の戦争が起こりそうだと風の精霊から聞いたわ』
「戦争って、国同士のって事?隣国とは上手くやっていると思っていたのだけれど…」
私が今口にしている紅茶の葉も隣国から輸入してきたものだし、先日王族同士の交流会があったと家庭教師から聞いたばかりだ。先代からずっと争いもなく友好的に接してきたと歴史の授業で習ったのだが遂に政変が起きるというのか。
『いえ…魔獣や魔物達とよ』
「へ?魔族達と人間が?」
『えぇ』
「有り得ないわよ。そもそも人間が勝てるはずないじゃない」
魔族は海を渡った小さな一国に生息している人間に危害を加える奴らで、歴史上でも最も残忍な生物として言い伝えられている。
実際に存在はしているそうだが、もう相当昔の話だ。
魔物など見たこともない。そもそもこちらの大陸に居てはならぬ者たちだ。
だが最近は大陸内で魔物を見たり、実際に危害を加えられた人が出ているとの事で、国が少し慌ただしいらしい。