7話
自室のカーテンの隙間からこぼれる朝日を最悪の気分で見つめる僕。
「ついに来てしまった…」
そう、今日は申請書を提出する日だ。
昨日は先生方の熱い説教が終わると同時に、すっかり受け取りを忘れていた許可証を受け取った僕は自宅へと戻った後、自室で泥の様に眠ってしまった。
あり得ないと思うが、仮に決闘なんて事になれば、勝てる自信もなければ、生き残れる自信もない。
最悪の場合は最初の一撃で骨が何本も折れるだろう。
それにだ、仮に生き残った所で僕はホモと変態の看板を背負って残りの学園生活を過ごす事になる。
どちらにしても僕に生きる道はない。
「もしもの事態になったら場合、無様に土下座をすれば許してくれるかな?」
どんよりと行きたくないと訴えてくる体にムチを打って、紐付の袋に入った刀を持って何時もの様に学園へと登校した。
1
学園にたどり着いた僕は運動靴から上履きに履き替えて教室に向かう。
いつも通りの時間にいつも通りの廊下。
しかし、廊下を歩く生徒達の様子だけが違い、彼らの話声が耳に届く。
「おい…アイツって確か……」
「ああ、柳生さんに熱い視線を送る同士だと思っていたんだが……」
「まさか、あいつらがな……」
「そうだな。あの高山と石沢と服部の三人が……」
「放課後の教室で漢三人の《くんずほぐれずの大運動会》だったんだろ?」
くんずほぐれずの大運動会って何!?
なんか、想像以上にとんでもない事になっているよ!?
周りから聞こえてくるとんでもない噂に度肝を抜かれた僕はすぐに噂の訂正をしようと彼等に近寄った。
「ねえ…僕の話を―――。」
「く、来るな!!俺達はノーマルなんだ!!」
「そうだぞ、高山!!お前達の変態プレイに俺達を撒き込むな!!」
「お、おい!掘られる前に逃げるぞ!!」
「いいな!これ以上、罪を重ねるなよ!!」
僕が近づくと脱兎の如く、逃げ去って行く生徒達。
まるで重犯罪者やテロリストのような扱いである。
終わったな…僕の学園生活。
学園での自分の立場とかこれから自分が学園のアイドルにやろうとしている事を考えると涙が止まらない。
嫌な視線に晒され、教室に辿り着いた僕。
おそるおそる入ると見知ったクラスメイト達の視線が突き刺さった。
一部の女性は顔を綻ばせて嬉しそうにしており、それ以外のクラスメイトはゴミを見るような目で僕を見ている。
そして、噂の当事者である僕を除いた二人は同じような体勢で机の上で突っ伏しており、顔を上げる気配がなかった。
どうやら僕と同じ洗礼を受けたようだ。
非常に気まずい……。
教室の重苦しい空気に耐えかねた僕は、二人と同じように机に突っ伏して時が流れるのを待った。
2
程なくして、クラスの空気が変わった。
チクチクと差していた視線も和らいだ気がする。
もしかして先生が来たのだろうか?
恐る恐る顔を上げてみると、柳生さんが教室の入り口からこちらに向かってくる姿が目に映る。
どうやら柳生さんが登校した事で僕に集中していた視線が和らいだようだ。
「ほう、クラスメイトだったのか?」
え?もしかして知らなかったの?
これはひどい、どうやら僕は柳生さんにとっては本当に道端の石ころレベルの存在だったようだ。
…もう、涙も出ないよ。
「では、昨日の申請書を出しに行くぞ。
今なら、ホームルームの時間までには提出が出来るだろう」
「……ハイ」
もうどうにでもしてくれ。
ざわつくクラスメイト達の視線を一身に浴びながら絶望の底へと落ちた僕は鞄から申請書を取り出し、彼女の後を付いて行く形で一緒に職員室へと向かった。
職員室にたどり着くと、室内では先生方がホームルームで配るプリント等の準備や一時限目の準備の為に忙しそうにしている。
この中を行くのは、相当な勇気がいるだろう。
勿論、僕にはない。
「や、柳生さん。先生達は忙しそうだし、申請書を提出するのは昼放課でもいいんじゃないかな?」
僕が先生方を理由に決闘を回避するための時間稼ぎを試みる。
「ふん。貴様は見た目どおりの軟弱男だな。
今まで然るべき時に必要な事をやってこなかったから、そうなるのだ」
心底呆れたと物語っている目と口調に僕は何も言い返す事が出来なかった。
確かに僕はやらねばならない時に努力してこなかった。
結果は御覧の通り、勉強は並みで楽な方へ楽な方へと流される、体力ヒョロヒョロのクソザコ。
それが現在の僕だ。
父さんの修行を受けとけばよかったと心の底では後悔している癖に、学校で行っている修練以上の事はしたくないと言い訳する日々。
彼女の言う通りの軟弱男だ。
「悪いが、私はやらずに後悔するよりもやってから後悔や反省をするタイプなのでな。
それに、申請書を出す先生はこの時間帯は暇をしているとここ最近で行ってきた《決闘》のお陰でよく理解しているから問題ない」
そう言って、彼女は僕の手から申請書を奪い取り、正々堂々と職員室へと入って行った。
お、漢らしい……。
ずんずん進んでいく、彼女の男前な後姿に思わず見惚れそうになる。
ん?
先生達の進路の邪魔にならないように歩く柳生さんが持つ申請書が僕の中で何かが引っ掛かる。
あれ?そういえばあの申請書の内容って……。
昨日の女子生徒捜索と説教ですっかり記憶の彼方へと追いやられた服部達のとのやり取りを思い出し、何て書かれているのかを思い出す。
【奴隷妻となって欲しい】
やっべぇぇぇぇえええええ!!!
『今まで然るべき時に必要な事をやってこなかったから、そうなるのだ』
つい先ほどの柳生さんの言葉が頭に流れる。
本当にその通りだよ!!今、めちゃくちゃ後悔してるよ!!
このままだと、柳生さんのみならず先生方まで石沢と認識されるとんでもない事態になってしまう!!
僕は慌てて彼女の背中を追いかけた。
今まで感じた事のない完璧なスタートダッシュ。
僕は光速のランニングバックを彷彿とさせる動きで、先生方にぶつからないよう最小限の動きで駆け抜ける。
柳生さんの持つ申請書まで残り僅か。
学年主任の風魔先生との距離に、まだ余裕がある。
先生という垣根を飛び越えたことで、目標はもう目と鼻の先!
僕の指先が柳生さんの持つ申請書に届こうとした所で。
「タッチダウーン」
悪魔…もとい、九条先生登場。
ゴッ!
「ぐおぉぉぉおおおおお!!?」
瞬く間に、硬くて暑苦しい拳が僕の頭頂部に突き刺さり、尋常ならざる激痛に頭を押さえながら床を無様に転げまわる。
つ、脳天から突き抜けるような痛みがぁぁあああ!?
「指導した昨日の今日でこの調子とは……。
忘れないように、もう一発いっとくか?」
いやぁぁあああ!?
あまりの痛みに声が出ないので痛みと視界の揺らぎが収まらない頭を必死にブンブンと左右に振る。
もう一発なんて耐えられない!!
「九条教諭。ちょっと待っていただきたい」
「ん?」
もうこれまでかと思った瞬間。
柳生さんから九条先生へ待ったの声が掛かる。
「彼を殴るのは止めていただきたい」
「何故だ?高山はお前に向かって走っていたんだぞ?」
「はい、その男が私に向かって走って来ていたことは知っていました」
柳生さんが九条先生を止めてくれたので頭をさすりながらゆっくりと立ち上がる。
少しだけどマシになってきたよ。
「なら、高山を庇う必要はないだろう?」
「いえ、九条教諭は勘違いをしています」
ああ…ようやく頭の痛みが引いてきた。
柳生さんのお陰で助かったよ。
後で、しっかりお礼を言わないと……。
話している二人を見ると柳生さんは九条先生に見覚えのある一枚の紙を見せた。
決闘申請書
柳生 彩芽
勝利した場合の要望
【敗者の持つ刀と命を貰う】
高山 宗助
勝利した場合の要望
【奴隷妻になって欲しい】
「この男を処刑するのは私です」
この後、僕らは九条先生と学年主任である風魔先生に生徒指導室へと連行された。




