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11話


床に落ちた刀を拾い上げ、何事もなかったかのように待機する僕。

もう、後戻りは出来ない。


大丈夫、PV撮影を兼ねているのだから命の保証はされている。

審判をしてくれる先生を信じよう。


こうして、十分程の時間が経過した頃に、待合室に一人の先生がやって来た。


「おや?緊張しているみたいだね」


カラカラとした表情で僕の前に現れたのは年齢詐欺の風魔先生だ。

処刑を待つ、この囚人()に何の用だろうか?


「何を不思議そうな顔をしているんだい。

アンタが決闘に勝った時の要望を聞きに来たんじゃないか。

昨日、生徒指導室で話をしただろ?」


ああ……そういえば、そんな話をしていたっけ。

風魔先生の言葉で、昨日のやり取りを思い出した僕。


でも、負ける事や逃げる事ばかり考えて居た僕には要望なんて、何もない。


「先生。

申し訳ないんですけど、まだ何も考えて居ません」


「……そう。

なら、決闘が終わった後に報告しな。

急にPV撮影もする事になったし、それぐらいの融通は聞くさ。

……じゃあ、頑張んな」


僕の言葉は聞いた風魔先生は僕の言葉を聞くと、早々に去って行った。


そして、審判の時が来た。





待合室に備え付けられている、固定電話から連絡を受けた僕はゆっくりと歩を進め、決闘の舞台であるリンクへとやって来た。

リンクの隅にはカメラが三台ほどセットされており、二階の観客席は満員御礼。


そして、リンクに響くような生徒達の激しいブーイングが僕を出迎えた。

はは……本当に嫌われたものだ。

僕が遠い目をしていると、上空からスーツ姿の巨大なゴリラ…じゃなかった。

九条先生がズシィン!と音を立てて、ド派手に登場した。


『ったく、これ以上ガタガタ言うならとつまみ出すぞ、クソガキ共!!』


いつぞやの決闘を思い出させる、苛立ちが含まれた咆哮に耳が痛む。

観客である生徒達が大人しくなると、九条先生は大きなため息を吐いた。


『あー、めんどくせぇ。

PV撮影だがCV撮影だか知らねぇが、こんな硬っ苦しい物を着せやがって。

息苦しくて仕方がねーぜ』


何時ものはネクタイを付けないヨレヨレのスーツが標準の九条先生なのだが、本日はパリッとしたスーツにネクタイを着用している。

凄い……全然、似合っていない。


少し、体を動かすだけでスーツが悲鳴を上げ、ワイシャツの胸元のボタンが弾け飛びそうだ。

もし、そんな事態でPV撮影をしようものなら、ジャングルの様な胸板にモザイク必須のPVが完成するだろう。

海外のホンモノ思考の方達には大人気、間違いなしである。


そんな、どうでもいい事を考えて居ると、向かいにあるリンクの入り口から柳生さんが姿を現した。

そして、彼女の登場に一瞬息を飲む僕を含めた観客席の生徒達。


スタイリストさんの手によって、薄化粧をされた彼女はまさに女神のようだった。


彼女の登場に少し遅れて発せられる大歓声。

男達は僕を殺せとエールを送り、女子達は黄色い声援を上げる。


だが、そんな声援を介する事無く、彼女は一歩一歩と確かな足取りで前に進んだ。

その表情には気負った様子を微塵も感じさせず、その瞳は一度も逸らす事なく、僕を真っすぐに捉えていた。


それは、僕が見て来た呆れたモノや虫を見るような目ではない。

僕という存在をしっかりと見ている目だと、僕は感じた。


『よーし!役者も揃った事だし、決闘を始めるが……。

二人共、問題はないな?』


ボーっと、彼女を見ているたが、九条先生の声によって正気に戻る。

いかんいかん、しっかりしないと骨の一本や二本は確実に持っていかれる。


集中しろ、集中!


自分に気合を入れて、彼女の一挙一動に注目する僕。


クソザコの僕が生き残るチャンスは開始直後の一瞬で決着を付けなければならない。

息を大きく吸い込み、四肢に力を籠めて全力を振り絞るっ!!


『お?気合十分じゃねぇか』


僕の気迫に感心した様子を見せる九条先生と僕の様子をみて瞳を刀の様に鋭くする柳生さん。

彼女に警戒されてしまっているが関係ない。

すぐに終わらせてやる!!


『では、尋常に……始めっ!!』


九条先生の言葉と共に素早く膝を曲げ……。


ここだぁあああああ!!!


柳生さんが刀の柄に向かって手を伸ばしているが、もう遅い。

勢いよく両手と額を床に付け、雄叫びを上げる。


これにより、僕の伝家の宝刀が炸裂する!!


「すんませんでしたぁぁぁああああああっ!!!」←土下座


頭上にヒュンと何かが通り過ぎたのを感じたと同時に、映画『土下座の王』を見て学んだ最高の土下座が披露された事により、会場は静寂に包まれた。


プライド?何それ、食えるの?





誰もが唖然とする空間。

僕は勝利を確信し……顔を上げたまさにその瞬間。


ダァン!


僕の視界に美しい太ももが写り、視線を下げて見ると頭があった場所に彼女の右足が突き刺さっていた。


あれ?


「ふん、謝るフリして避けるとは……さすがは無明新陰流の伝承者だな。

追撃を躱されなかったら信じてしまう所だった……ぞっ!!」


「ごぶぁっ!?」


一歩、後ろに下がった彼女の左足に側頭部を蹴られて横に転がり、視界が裏返るほどの衝撃に悶絶する僕。

クソっ……なんてこった!!

僕の最終手段がこうもあっさりと破られるなんて!!


こうなったら……。


痛む側頭部を抑え、フラフラと立ち上がった僕は最終手段2へと移行した。


見て驚け!!これが、僕の最後の悪あがきだ!!


「待て!男らしく立ち向かわんか!!」


「断るっ!!」


「誰が男らしく、断れといった!?」


男らしくリンクの入り口へと向かって駆け出した僕に怒り心頭の柳生さんは僕を追いかけ、刀を横なぎに振るう。


ひぃぃいいいいい!!


背後から迫る恐ろしい気配を、床に向かって飛び込むように前転する事によって、またも柳生さんの攻撃を回避。

よかった!ほとんど勘に近いモノだったけど回避出来て本当によかった!!


「いい加減にしろ!!」


彼女の放つ一撃必殺の剣戟を僕は腰の刀で応戦する事無く、無様に転げまわりながら逃げ惑う。

試合が開始して僅かな時間しか経っていないはずなのに息は乱れ、僕の体は鉛のように重くなっていた。


観客である生徒達からは笑いの声すら上がっている。

チラリと審判である副担任を見るが、この人が僕を助けてくれる事はない。


何で僕がこんな目に合わなくてはならない?

僕が何をしたと言うのだ?


僕は今まさに、全校生徒の晒し者にされた挙句に自分よりも強い憧れの女子生徒に叩きのめされようとしている。

まさに孤立無援の地獄だ。


「うわ!?」


懸命に動かしていた足がもつれて地面に勢いよく転がる。

今までまともに運動した事のない体が悲鳴を上げ、限界を迎えたのだ。


もう立ち上がる気力も体力もない。

……終わりだ。


弱い人間は強い人間に食われる。

誰もが知っているこの世の摂理。


「ふん、無様な男だ」


声に振り返ると、僕にとっての死神が目の前に立っていた。

肩や腰に掛かる長くて美しい黒髪。

凛とした力強く美しい瞳に、学内外を問わずに数多の男達を惑わせるプロポーション。


そんな美しき死神は刃が潰れた無銘の刀を上段に振り上げた。


「…終わりだ」


彼女の言葉と共に振り下ろされる一撃。


この一撃を受け入れればこの地獄から解放される。

そう、諦め…彼女の一撃を受け入れようとした瞬間。


僕は何故か…。


一度も抜いた事のない腰の刀を引き抜いていた。


ガキィィン!!


そして、気が付くと僕は引き抜いた刀で彼女の攻撃を受け止めていた。


「な、なんだと!?」


驚く柳生さんの声と共に、ざわつく生徒達。

だが、この状況でただ一人。


僕だけは憂鬱な気持ちで一杯だった。


しかし、それもほんの僅かな時間だけだった。


ドクンっ!ドクンっ!


脈打つ妖刀に憂鬱を塗りつぶす、高ぶる想い。

覚えのある湧き上がる勇気と、この高揚感。

何処かで感じた覚えがある……。



(ここから逃げ出したい!この子にカッコ悪い所を見られたくない!!)


《立ち向かえ!》


どうせ、やられるだけだよ!!


《やれる!!()ならやれる!!》


クソザコの僕に、何が出来るって言うのさ!!


《漢なら行動を起こして現状を変えろ!!逃げてたら、何も変わらねぇし出来ねぇぞ!!》



今まで周りに流され、意思を曲げて押し込めていた自分(・・)の声に体の奥底から力が沸き上がる。

引き上げられる身体能力に筋肉が悲鳴を上げ、痛みを訴えるが僕はそれを無視して、僕を押しつぶそうとしている彼女の刀を押し返す。


「気による身体強化だと?」


「………」


彼女の声が遠く聞こえる。

僕は彼女を無言で見据え、心の声に僅かとなった弱気の自分が問を投げる。



周りに流され、自分の意思をしっかりと持たなかった弱い僕にも出来るだろうか?


《出来る!!俺に、変わりたいと思う意思があるのなら!!》


《刃を振るえ、天上に吼えろ!!》



「うおぉぉぉおおおおおおおっ!!!」


「くっ!?」


ギィィン!


俺は最後に残った弱い自分を斬り捨てるように柳生の刀を押し払う。

この動作だけで、腕に激痛が走る。


「なるほど。その瞳と顔つき、逃げられないと分かってようやく覚悟を決めたと思える。

父上から聞いた通り、無明新陰流の使い手は戦いを避ける傾向が強いらしいな」


彼女はそう囁くと刀を水平に構え、俺の溝内に向かって突きを放つ。

的確に急所を狙った、無駄のない洗礼された突き。


ドクンっ!


それに対し、俺は刀が脳内で教えてくれる最小限の動きで、柳生の剣を打ち払うと同時に後ろに下がる。

柳生の攻撃を凌ぐことには成功したが、俺の腕は痺れを感じ限界に近づいて居た。

逃げ続けた足も、力が入りにくくなっている。


今まで何もしてこなかった自分に、今更ながら本当に腹が立つ。

妖刀も何十通りと突きを払い、反撃する方法も教えてくれるが、今の俺の身体能力では不可能だ。


「さすが、無明新陰流の使い手。

私の攻撃を裁いた人間は達人を除いて、お前だけだ」


『キャァァァアアア!!』


美しい顔で不敵な笑みを浮かべる柳生。

その表情に黄色い声援を送る女子達。


「そうかい。それは光栄だな」


ニヤリと笑い自分はまだまだ戦えると虚勢を張るが、このままでは体が持たない

何とか時間を稼いで少しでも動けるようしなければ……確実に負ける。


「そういえば、柳生は俺に勝ったらどうするんだ?

やっぱり、この刀が欲しいのか?」


「ああ、私が勝ったら貴様の刀を貰うつもりだが……。

それが、貴様の本性か?」


「そうだな……本性とも言えなくはない」


「そうか。今の貴様ならば漢として見どころがあって、好ましいぞ」


柳生はそう言うと同時に、刀を右側に立てた状態で左足を前に出す八相の構えをとった。


っち、まだだ。

もう少し休まないと柳生の剣を受け止める事は出来ない。

そうだ、ここは時間稼ぎをしよう。

ついでに動揺を誘えば、儲けものだ。


「そうかい。なら、俺が勝ったらデートしてくれ。

お前みたいな、いい女とデート出来たら最高だ」


「なんだ、そんな事でいいのか?」


俺の言葉に『ふざけるなクソ野郎!!』と罵る生徒共とは違い、キョトンとした表情を浮かべる柳生。

デートと聞けば、普通の女子ならば狼狽えるはずなんだが……この女の精神は鋼で出来ているのか?


ならば!


「じゃあ、俺の嫁になれ!!」


「今のお前なら、別に構わんが?」


嘘だろおい。

生徒共は『高山コロス高山コロス高山コロス……』と壊れたテープの様に呪詛をまき散らしているのに……。

この女の精神はオリハルコンか?


「では、おしゃべりはここまでだ。

私はまだ、嫁に行くつもりは無いのでな。

これで終わらせる」


ゾワリと背中を這うような嫌な気配。

刀と上昇した自分の直感が危険だと教えてくれる。


ならば、俺も覚悟を決めよう。


俺は右半身を引き、刀を剣先を右後ろに向ける脇構えをして、柳生へと駆け出した。


後先を考えない最後の剣戟。


秘策もなければ奥の手もない、俺達はお互いに勝利を求めて切り結ぶ。


俺は刀が脳内で伝えてくれる、今の自分が出来る最高の動きで会心の一撃を追い求め、一合一合と斬り合う度に悲鳴を上げる腕を振るい続けた。

そして、ついに俺は火花舞い散る剣戟の果てに彼女の剣を弾き、状態をのけぞらせる事に成功する。


これが、最初で最後のチャンスだ!!


これの隙を逃したら、負ける!!


俺はもうやめてくれと叫ぶ、腕にムチを打って彼女の無防備となった胴に技を叩き込んだ。


《無明新陰流》


「《風神閃》っ!!」


技を放った事で、肉体が限界を超えて霞む視界。

痛みと共に感じた確かな手ごたえを胸に、俺はゆっくりと膝を付いた。


『勝者、高山っ!!』


村正(゜▽゜*)♪「俺、大満足!!」


もうすぐで一章が終わります。

ここまで読んでくださった読者様方。

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