10話
ノートを燃やし、徹夜明けの眠い眼をこすりながら朝食を食べた僕は、いつもよりも一時間早く学園へと向かった。
さっさと学園に行って、HRが始まるまでに仮眠をとって、少しでも休もう。
1
どんよりとした気分でトボトボと歩きながら学園に辿り着いた僕は誰も居ない玄関で、運動靴から上履きへと履き替える為に靴箱を開けた。
「うわっ!?」
朝早く、誰も居ない玄関で僕を迎えたのは靴箱から溢れる大量の手紙だった。
「こ、これは……」
床に落ちた手紙を手に取って中身を確認すると、汚い字で『呪ってやる!』と大きく書かれた文字が視界に飛び込んできた。
おおう……どうやら不幸の手紙のようだ。
他にも『呪ってやる!』という文字を紙の白い部分が殆どなくなる程に書きなぐられた物や、女子が書いたと思われる丸文字で『呪ってやる!』と書かれた物。
さらには、『ホモ野郎!祝ってやる!!』という、非常にムカつく不幸の手紙もあった。
ここまでバリエーション豊かな不幸の手紙をもらったのは、日本で僕だけではないだろうか?
恐らく、ファンクラブを通さずに行われる柳生さんとの決闘に怒り狂ったファン達の嫌がらせなのだろう。
まったく!他人の下駄箱に大量の不幸の手紙を入れるなんて、とんでもない奴らだ!!
ファンの行き過ぎた行動に怒りを感じながら、不幸の手紙をかき集めた僕は不幸の手紙を手近なゴミ箱とクズ籠に捨てた。
【石沢】と【服部】と書かれたプレートが貼ってる靴箱へ均等に突っ込んだ僕は、何事もなかったかのように教室へと向かった。
僕の噂をグレードアップさせた罪は重い。
少しだけ気分が晴れた僕は教室へと赴き、早々に自分の荷物を自分の机の横に掛けてぐったりと突っ伏した。
2
僕が夢の世界へと旅立って数十分が経過した頃。
目を覚ますと教室は登校して来たクラスメイト達で、席の半数が埋まっていた。
世間一般である、朝の教室の風景ではあるがクラスメイト達の視線が昨日と変わらずに厳しい。
この状況は一体、何時まで続くのだろうか?
そんな不安を抱いて居ると、廊下をドタドタと走る足音が耳に入る。
まったく、朝から廊下を走るなんて一体どんな神経をしているのだろうか?
廊下を走る人物に呆れていると、足音の主は近くの廊下を通り過ぎる事なく、僕らの教室へと入って来た。
「このクソ野郎!!他人の下駄箱に大量の不幸の手紙を入れるなんて、何を考えて居るんだ!!」
「そうだぞ、カス野郎!!
アレのせいで女子の注目が集まって、道端で拾った【悟りの書】を下駄箱に隠せなかったじゃないか!!」
憤怒の表情で俺の元にやって着て怒鳴る服部と石沢。
朝から実に騒がしい奴らだ。
後、石沢は死ねばいいと思う。
女子達はゴミを見るような目で石沢を見ている。
「二人とも、何を証拠に言っているだい?
僕がそんな非常識な事をするわけないじゃないか」
おそらく、僕が実行犯だと思ってカマをかけているのだろう。
証拠は何もないのだ、ここは知らないフリをして誤魔化そう。
「ふざけんなっ!俺が一時間も心を込めて書いた不幸の手紙が、他の手紙と一緒に俺の靴箱に入っていたんだぞ!!」
「そうだ!お前の幸せがつぶれる様に願いを込めた祝いの手紙が、何故か俺の靴箱に入っていたんだ!!
大量のラブレターだと思ってワクワクした俺の純情を返せ!!」
「君たちは本当に最低なクラスメイトだ!!」
この僅かな期間で僕がここまで嫌いになった友人は二人が初めてだよ。
『呪ってやる!』の文字で埋め尽くされた不幸の手紙を持つ服部と、祝いの手紙を持つ石沢を見て心の底から思った。
「まあ、この件はこれでいいが……。
高山、決闘はどうするんだ?
俺が個人的に集めた情報だと、教師連中が今日の放課後を予定に色々と動いているようだぞ」
「そうなんだ……」
あの頭がおかしいバイオレンス学園長の事だ、抗議したところでもう止まらないだろう。
僕も色々と覚悟をするしかないようだ。
「さようなら、高山。
来世では異世界でヒロインの靴下に転生できるように祈ってやるよ。
なあ、石沢?」
「そうだな、服部。
コイツが立派なゴブリンのパンツに転生できるように二人でお祈りしようぜ」
「僕が転生する事は決定事項なの!?」
級友との別離だけでなく、転生先を祈るこいつらの頭は本当におかしいと思う。
しかも、転生先は相も変らぬ無機物だ。
だが、彼らの反応も至極当然の事なのだろう。
転生を除けば、今の僕の実力では確実に処刑されるのは間違いない。
「だが、そんな高山に俺からの素晴らしい提案がある」
「……え?」
自信満々の表情で宣う服部。
その提案には縋ってみたいと思うが、コイツの提案が上手く行った試しはない。
正直、かなり疑わしい。
「安心しろって、今度は失敗しないさ。
決闘が始まる前に決闘者の控室に行くから、そこで待ってろ」
安心させるかの様に僕の肩を叩いた服部はそう言って、自身の机に去って行った。
彼の背中には不安しか感じない。
「安心しろって、今度は失敗しないさ。
決闘が始まる前に確実に【高山×服部】を広めてやるから、そこで待ってろ」
安心させるかの様に僕の肩を叩いた石沢はそう言って、クループを形成して雑談をしているクラスメイトの元へと去って行った。
彼の背中には殺意しか感じない。
「そこの変態は止まれっ!!!」
朝のHRの前に僕の拳が唸りを上げた。
3
本日の昼放課、僕と柳生さんによるPV作成の為に行われる決闘が校内放送によって告知された。
決闘が行われるのは今日の放課後。
帰りのSTが終了した時点で僕と柳生さんはリンクのあるスタジアムへと先生方に連れていかれた。
控室には頭のイカれた学園長に雇われたスタイリストが僕の髪をワックスで整えたり、肌を化粧水で潤したりと大忙しだ。
柳生さんもこんな感じなのだろうか?
そんな事を思っていると、男前になった僕に納得したスタイリストさんは道具を片づけて早々に部屋から退室した。
「はぁ……」
誰も居なくなった控室で溜息を吐いていると、一人の男がノックをせずに部屋に入って来た。
「よう、多少は男前になったみたいだな」
「服部……、ノックぐらいしなよ」
緊張と疲れでぐったりしている僕の前に現れたのは鞄を右手に持った服部。
そういえば、朝に控室に来ると言っていたっけ?
「別にいいだろ。そんな事より俺の提案だが……」
なんだろう?
また、変な提案をして僕を不幸へと叩き落すつもりなのだろうか?
僕はもう、君の作戦には乗らないぞ!!
どんな甘言であろうとも、僕は鋼の意思で断る事を決意した。
「俺がお前に変装して、決闘に出てやるよ」
「OK、後は任せた」
僕の鋼の意思はプリンよりも柔らかいようだ。
だが、これは実際に服部の変装の技術次第では使える作戦なのではないだろうか?
目の前のこいつはバカでブサイクのオタク忍者ではあるが、我がクラスの成績上位者の一人。
成績トップの柳生さんには劣るが、善戦はしてくれるだろう。
そうなれば、PVも成功するし柳生さんの要求内容によっては、僕には全く問題はない作戦だ。
「報酬は、ヒロインが処女のエロゲを頼む」
我が悪友ながら、何て男だ。
エロゲなんて難易度の高いものを、爽やかに要求してくるとは。
これが二次オタのメンタルか?
「……わかった、必ず用意しよう」
僕は心の中で刀を使用する事と、エロゲを購入する事を天秤に掛けた後。服部の作戦に乗る事にした。
手痛い出費になるが、仕方あるまい。
「毎度!じゃあ、さっそく変装しようか。
《変装の術》をご覧あれってな!」
服部は持っていた鞄を開き、カツラや化粧品を次々と取り出して鏡の前でメイクを始める。
その作業は素早く、正確な動きで一切の直しをせずに進められる。
流石忍者だ、これなら安心して任せられるぞ!
そして、服部は僅かな時間でメイクによる《変装の術》を完成させた。
「どうよ?完璧に高山だろ」
「ああ、全く問題ない。
鏡に映った僕とそっくりだよ!!」
服部から借りた鏡で自分の顔と服部のメイク後の顔を確認した僕は、喜色満面で喜ぶ。
これなら誰も気づかれずにやり過ごせる!!
「よし、じゃあ後はその刀を腰に下げれば完璧だな」
「……そうだね!」
奥義書に書かれた刀に纏わる事を一瞬だけ思い出して躊躇した僕だったが、すぐに彼に刀を手渡した。
少しくらいならば大丈夫だろう。
「高山、急いで隠れろ!」
「え!?え!?何、突然っ!?」
まさに刀を手にした瞬間。
服部は僕の背中を押して、控室に壁際にあるロッカーの中へと押し込めた。
彼は僕の質問に答える事無く、控室の中央へと移動する
「表に出ろ、高山ァ!!我ら《柳生ファンクラブ》が貴様を粛正してやる!!」
ロッカーの隙間から外の様子を伺うと、控室のドアから現れたのは、《柳生LOVE》のハチマキを額に付けた厳つい顔の屈強な男達の集団。
ひぃ!もしかしてアレが噂の《柳生ファンクラブ》の粛清部隊か!?
ファンクラブ内で選ばれし、1年・2年・3年のモテない男達達で構成されたファンクラブの超武闘派。
噂では柳生さんを狙うリア充を陰で暗殺する事を生きがいとしている危険な集団らしい。
まさか、そんな危険極まりない彼らが僕を狙ってくるなんて……。
「待ってくださいよ、先輩方。
決闘前に襲撃するのはご法度でしょう?
こんなところを達人の先生方に察知されたら、退学ですよ」
流石は忍者服部だ、僕にそっくりな声を出して先輩に反論している。
たしかに服部の言うように、決闘の公平さを保つために対戦相手に暴行を加える事は校則で禁止されている。
だが、集団で一人をリンチにしようとしているこれは退学以前に立派な暴力事件だ。
これは、かなりヤバい状況だ。
もう、僕のスマホから学園に連絡して助けに来てもらうしかない!
僕はポケットからスマホを取り出し、電話帳のアプリを起動させる。
「先輩方……貴方達は僕が学園のアイドルである柳生さんが好きでこの決闘を受けたと思っているんですよね?」
「あったり前だろうが、ゴミ野郎っ!!
ホモとか言う噂を女子生徒に流させ、今回の決闘をファンクラブに断りもなく、申し込んだんだろうが!!
俺は、そんな卑怯な男が大っ嫌いなんだよっ!!」
おおう、手が震えて上手く操作できない!!
早く、助けを呼ばないと服部がっ!!
「安心してください。
僕は彼女に興味はありません。
何故なら僕は……男が好きなんです」
ん?
「特にショタが最近のマイブームで……半ズボンのショタに目が離せないんです」
アイツは今、何を言っているの?
「ショタの尻って…最高ですよね?
あのラインはとても素晴らしい」
控室の中心でショタの尻に付いて熱く語り始めた服部。
襲撃に来た粛清部隊も、とんでもない怪物を見るような目で服部を見ていた。
あのカス野郎!!僕を変態に仕立てて、助かるつもりだな!!
何て恐ろしい事を考えるんだ!!
僕が、我を忘れてロッカーから飛び出そうとした瞬間一人の隊員の言葉で事態は一変した。
「じゃあ、試してみようじゃないか」
「おい、櫻崎何を言っているんだ?」
「この男を男子レスリング部へと引き渡す」
櫻崎と言われた隊員の提案で静かになった控室がざわついた。
勿論、ロッカーの中にいる僕も驚愕している。
男子レスリング部だって!?
なんておぞましい事を提案をするんだ!!
あの部員同士が異様に仲が良すぎて密室の部室で薔薇の花が舞っているのではないかと、腐った女子に大人気のレスリング部だよ!?
一度部活を体験したら抜け出せなくなる魔窟だよ!?
「隊長!これは踏み絵なのです!!この男が本当にホモであるならば、問題はありません。
間違っていたとしても、今回の落とし前としては打倒だと思われます。
今後、この様な異端者を出さない為にもやらせてください」
「……そうだな、櫻崎。
お前の言う通りだ」
隊長と櫻崎さんの恐ろしい決断。
あまりの恐怖で逆に冷静になった僕はすぐさま電源を落としたうえでにスマホをポケットに戻し、僕を売ろうとしたクズ野郎の不幸を眺めることにした。
視線の先で、奴は生まれたての小鹿の様に激しく震え、ガチャン!と刀が服部の手から零れ落ちた。
どうやら、あまりの恐怖で刀を握る事すらできなくなったようだ。
まさに、因果応報である。
「ま、待ってくれ!俺は高山―――ブフォ!?」
「良し、連れていけ」
正体を明かそうとした服部を反抗したと判断したのだろうか?
慣れた動きで腹にワンパンを決めた櫻崎さんは悶絶する服部をロープで拘束した後、粛清部隊を連れて服部を連行していった。
さようなら、服部……君の事は忘れない!!
誰も居なくなった控室の中で床に落ちた刀が僅かに鞘から刃を覗かせ、怪しく光っていた。
村雨ヾ(。`Д´。)ノ彡「主以外の男が、気安く俺に障るんじゃねよ!呪うぞ!!」