プロローグ
※この物語はフィクションです。登場する人物、団体、名称は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※感想は受け付けますが、感想欄での返信はしておりません。ご了承ください。
プロローグ
彼女の放つ一撃必殺の剣戟を腰の刀で応戦する事無く、無様に転げまわりながら逃げ惑う。
試合が開始して僅かな時間しか経っていないはずなのに息は乱れ、僕の体は鉛のように重くなっていた。
観客である生徒達からは笑いの声すら上がっている。
チラリと審判である副担任を見るが、この人が僕を助けてくれる事はない。
何で僕がこんな目に合わなくてはならない?
僕が何をしたと言うのだ?
僕は今まさに、全校生徒の晒し者にされた挙句に自分よりも強い憧れの女子生徒に
叩きのめされようとしている。
まさに孤立無援の地獄だ。
「うわ!?」
懸命に動かしていた足がもつれて地面に勢いよく転がる。
今までまともに運動した事のない体が悲鳴を上げ、限界を迎えたのだ。
もう立ち上がる気力も体力もない。
……終わりだ。
弱い人間は強い人間に食われる。
誰もが知っているこの世の摂理。
「ふん、無様な男だ」
声に振り返ると、僕にとっての死神が目の前に立っていた。
肩や腰に掛かる長くて美しい黒髪。
凛とした力強く美しい瞳に、学内外を問わずに数多の男達を惑わせる魅惑のプロポーション。
そんな美しき死神は刃が潰れた無銘の刀を上段に振り上げた。
「…終わりだ」
彼女の言葉と共に振り下ろされる一撃。
この一撃を受け入れればこの地獄から解放される。
そう、諦め…彼女の一撃を受け入れようとした瞬間。
僕は何故か…。
一度も抜いた事のない腰の刀を引き抜いていた。
―――――――
高山宗助。
それが僕の名前だ。
「うぅー…体が痛い」
筋肉痛と未だに疲労が残っている体を寝床から起こした僕はまだ数週間しか、袖を通していない新しい制服に着替えて家族の待つ一階へと向かった。
1
「この、バカ息子め!!いい加減に我が『無明新陰流剣術』の修行をせんか!!」
「やだね。母さん、味噌汁ちょうだい」
僕がとある進学校に入学を決めてから毎朝の様に胴着を着た暑苦しい筋肉隆々の父さんに怒鳴られる食卓が日常となった我が高山家。
母さんの話だと世界最強の称号を持つ大剣豪らしいのだが、僕にはただの筋肉質なおっさんにしか見えない。
ただでさえ、今の学校に慣れる為に苦しんでいるのに、父さんと修行などやっていられない。
僕は確固たる意志で拒否する。
「あらあら。宗次郎さん、いつも言っていますが無理に言ってはダメよ。
はい、宗ちゃんの味噌汁」
「ありがと」
僕の夢は平凡なサラリーマンだ。
剣術なんて必要ない。
僕は近所で美人と有名な母さんにお礼を言って受け取った暖かい味噌汁をすする。
「いやいや、これは宗助の為なんだ。
あの学校に入ったからには今、少しでも修行しておかないと後で後悔するのは宗助なんだぞ?」
「やりたくない事を押し付けても無駄です」
母さんの言葉にウンウンと同意する僕。
父さんもそんな僕と母さんの様子を見て諦めたのか、溜息を吐いて道場へと向かって行った。
「ほら、宗ちゃんも早く学校に行かないと遅刻しちゃうわよ」
「…はーい」
母さんの言葉に憂鬱になりながら、僕は朝ごはんを口の中へとかき込んで学校へと向かった。
2
国立高等学校『天龍寺学園』
今から30年ほど前……。
今も昔も若者は積極性が低く、打たれ弱い。
ほんのちょっとの事で仕事を辞め、常識の範囲内の事をセクハラだのパワハラだの騒ぎ出す時代となった頃に、若者を数多く見て来た当時の総理大臣は日本の未来に危機感を抱いた。
このままでは、日本の企業から若者が姿を消して外国人ばかりになってしまう。
慌てた総理大臣は中央教育審議会を発足し、若者の積極性と心の弱さを改善する為の教育改革に乗り出した。
『社会に貢献できる文武両道の若者を育成する』
この政府の意向により、テストケースとして国有地に武術と特殊なルールを取り入れた進学校が設立された。
設立当初の世論では武術は教師が生徒に行う虐待だの体罰だのと色々と騒がれ、税金の無駄と言われていた。
しかし、周囲の『日本最悪の教育改革』という評価は粉微塵に粉砕され、学園は僅か数年で進学及び就職率100%という確かな成果を叩き出し、当初の目的である忍耐力のある文武両道の若者を輩出する事に成功した。
そのおかげで、現代では武術と特殊なルールを取り入れた学校や武術を教育に取り込もうと考える親と学校経営者が年々増加傾向にある。
もちろん、この確かな成果は学校の環境や先生方の教育だけでなく生徒たちの努力による部分が大きい。
だが、時が経つにつれて、卒業生たちの努力によって生まれた確かな進学率だけを見て、周囲が鵜呑みにし、学園で必要な《武術》という必須項目がどれほど過酷なものかを理解していない状態で入学してくる甘い生徒達も年々増えて来た。
そんな、【武術と言っても部活の延長みたいなもので、多少の我慢をして卒業すれば、好きな所に進学できるだろう】と言う甘い考えを抱いて入学した彼らは、直ぐに地獄を見るだろう。
この……僕のようにね!!
3
筋肉痛で痛む体を引きずるように教室へとたどり着いた僕は真っ先に自分の席へと腰を下ろした。
「おはよう。宗助、まだ基礎修練に耐えられないのか?」
心配そうに声を掛けてきたのはクラスメイトの男子生徒。
僕の友人である服部雄太。
茶髪で見た目がかなりチャラい彼だが、彼は有名な忍びの一族であり、このクラスの武術における成績上位者の一人だ。
クラスメイトにチラホラと伺える僕と同様の文科系男子にとって、彼の様な成績上位者の体力は素直に羨ましいと思う。
「分からないな……お前さんの実家は剣術道場をやってんだろ?
なんでそんなに弱いんだ?」
「…前にも言ったかもしれないけど僕は普通のサラリーマンになりたいんだ。
剣術家にはなりたくないの」
「ふーん。でもよ、そろそろ親に頼み込んで修行を付けてもらわないとまずいんじゃないのか?
ペーパーテストが良くても、このままだと武術の単位が取れなくて留年するぞ」
「うぐぅ!?」
服部君の言葉に心を抉られる僕。
そう、今は体力向上の基礎授業であるが武術の授業である以上は当然試験も存在する。
彼の様な忍びの末裔や武道家の関係者たちは勉強を頑張ればいいかもしれないが、僕の様な貧弱モヤシには基礎授業について行くだけで精いっぱいで絶望的だ。
「俺は嫌だぜ?せっかく出来た友達が、留年して後輩になるのは……」
服部の言う事はもっともだ。
……しかたがない。
嫌だけど、単位と進級の為に帰ったら父さんに修行を付けてもらおう。
友人のアドバイスを嫌々ながら従い事にした僕は、父さんに色々と言われる事を覚悟しながら修行を付けてもらう事を決意した。
そんな時だった。
僕の視界の隅に光った絹糸のような、長くてまっ黒な美しい髪をした女子生徒が映る。
教室に入って来たその女子生徒は人間離れしたその美貌から日本刀に例えられ、学年一の爆乳と魅惑のプロモ―ショーンには誰もがその目を奪われる。
雑談をしていたクラスメイトは会話を止め、廊下を歩いていた生徒は教室に入って来た彼女に見とれて足を止める。
柳生 彩芽
剣術界では知らぬものは居ない《柳生の姫》
柳生の末裔にして日本で有名な柳生新陰流宗家のご令嬢。
僕のクラスメイトにして僅か半月で学校のアイドルにのし上がった有名人。
同じクラスに居るのに僕達クラスメイトと彼女の壁は遥かに高く、誰も近づくことは出来ない。
まさに高嶺の花。
僕の様な平凡な男にとっては彼女と同じクラスになれた事は人生最大の幸運なのかもしれない。
4
学校開始を告げる始業チャイムが鳴ると、程なくして僕らの担任教師と副担任がやって来る。
先に入室したのは担任のスーツを着た冴えない風体の男性。
堤下徹先生。
その後に続くように入って来た副担任は父さんと同じくらいの筋肉隆々の男。
空手部の顧問にして空手の達人。
九条先生
下の名前が不明という謎の先生だが、丸太の様に太いその腕は一撃で岩を砕き、空手界では《破壊神》と呼ばれている武人。
僕を含めた文科系のクラスメイト達にとっての恐怖の象徴だ。
「おはようございます皆さん。これより朝のホームルームを始めますが……。
その前に、本日から皆さんに適応される学校のルールについて九条先生からお話があります」
ついにこの時が来てしまった……。
クラスメイト…特に文科系の人間の息を呑む気配が伝わってくる。
そして、力強く一歩前にでる九条先生。
威圧感が半端じゃない。
「さて、入学当初に説明があったと思うが明日からお前たちにも上級生同様にルールが適応される。
故に、この特殊なルールである《決闘》についてもう一度説明する」
《決闘》システム。
学生達の積極性・自主性を尊重する為のシステムであり、学生間のトラブルや意見の衝突が起こった際に生徒同士で行う文字通りの決闘だ。
「俺達教員は虐めや犯罪行為に関しては介入するが、くだらないケンカやつまらんトラブルに一切介入する事はない。
まあ、自分の意志や意見を貫き通したかったら《決闘》システムを利用して自分の力を示せって事だ」
そう、彼等教員は授業以外で極力僕ら生徒には介入しない。
学園生活において学生一人一人が主体となって行動しなくてはならないのだ。
まあ、僕もそうだけど文科系の生徒達は縮こまって武術と勉強に専念し、三年間を無難にやり過ごせば《決闘》システムに巻き込まれる事なく卒業する事が出来るだろう。
「《決闘》を行う際は必ずこの用紙に日時と場所、使う武器なんかを記入して学年主任に提出するように。
もちろん刃を潰した模擬武器の貸し出しもあるから遠慮なく利用しろ。
自前の武器が使いたいのなら《帯剣許可章》を発行してやるから申請書と武器を学校に提出しろよ。
もちろん殺傷能力のない、刃を潰した物に限るがな。
来月からは武器を必要とする選択授業にもあり、武器は必要となって来るから馴染むのに時間が掛かるレンタルよりも自前の武器をオススメするぜ」
一般ピープルの僕らにとっては刃が潰れていようといまいが、危険度は全く変わらないんですがね。
そこで、スッと一人の女性生徒が手を上げ、クラスメイト達の視線が集まる。
そしてピシッと手を上げるその女子生徒を見て、誰もが目を見開く。
「お?柳生から質問とは珍しい……なんだ?」
そう、柳生さんだ。
授業でも休み時間でもほとんど喋った姿を見せない彼女が意見を言う姿は大変珍しく、九条先生も驚きを隠せないようだ。
「九条教諭、申請した武器はいつ頃に戻って来るのでしょうか?
後、武器のメンテナンスをして頂くことは可能でしょうか?」
「まあ、刀身のチェックと事務処理だけだからな……一時間ぐらいで戻ってくると思うぜ?
武器のメンテナンスに関しては学校と契約している刀匠に頼めばやってもらえる。
だが……その際はある程度の資金は学校が出してくれるが、それなりの料金が発生するぞ」
「分かりました。ありがとうございます」
美しい所作で頭を下げて九条先生にお礼を言った柳生さんは自身の席の椅子にスッと腰を下ろした。
授業以外で柳生さんの声が聴けるなんて、なんという幸運なんだ。
クラスメイト達は彼女に見とれ、一部では興奮が収まらないのか股間を抑えている男子生徒も居る。
女子はゴミの様な目で一部の男子生徒を見ていたが、僕ら男子は彼等の気持ちがよく理解できるので見なかった事にした。
「じゃあ、話の続きだ。
決闘場所はグラウンドが学校内にある施設内にある道場かリングだ。
それ以外では《決闘》は出来ない。
勿論、立ち合いの教員なしでの《決闘》も当然無理だ。
入学の際に誓約書にサインしてもらったと思うが……もし、《決闘》の申請や立ち合いの教員なしで決闘が行われた場合。
もしくは、学校外や管理外の時間帯に決闘が行われた時。
どんなケガをしようとも、我々教員は一切の責任を負わない。
ま、小学生じゃねぇんだから全ては自己責任ってヤツだな」
僕を含むクラスメイト達を見てニヤリと獰猛な笑みを浮かべる九条先生。
先生の視線に僕らは晒され、体中に悪寒を感じる。
それは、気のせいなんて物ではなく紛れもない本物であり、体が小刻みに震えた。
「じゃあ、俺の話はこれで終わりだ。
お前たちが楽しい決闘を繰り広げてくれることを俺は楽しみにしている」
先生の話が終わると共に体の震えは嘘のように止まり、クラスメイト達の緊張がゆるむ。
……本当に恐ろしい先生だ。
他のクラスの副担任も九条先生の様な武術の達人であると学校のホームページや学校案内に記載されていたが、みんなあんな感じなのだろうか?