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八話 愚かな男

 国内で最も歴史ある王立大学は、大戦によって完全に破壊された。

 終戦後に校舎を新築し、国立大学へと名前を変えて、今ここにある。


 王立時代にこの大学で学び、二度目の人生で肉体と名前を変えて、私はこの学び舎に戻ってきた。

 そう考えると、宿命めいたものを感じなくもない。


 だが私には、もはや郷愁(きょうしゅう)を感じる心など、残ってはいない。

 現世の私にとってこの場所は、学問を修める場所ではなかった。


 『学内政治』という非生産的な、むき出しの欲望が飛び交う閉ざされた訓練場で、政治と権力について学んできた。

 だが、私はそれを、すでに吸収しきった。

 そろそろ訓練場から、本物の戦場に出陣すべき時だ。


 大きな窓から差し込んだ光が、少しずつ欠けていく。

 おそらく雲が掛かったのだろう。


 この大学長室に初めて入ったのは、二年ほど前だ。

 四年飛び級しての入学を、たいそう褒められた。


 本当は、ペンを握れるようになった時点で、入学試験に合格することもできた。

 だが、常識離れした天才というのは、味方も増えるが敵も作る。


 広く共感を得ることも難しい。

 そうしたことは、稀代の天才魔法使いと呼ばれた前世で学んだことだ。


 私はこれから、多くの敵を作るだろう。

 しかしそれは、私が意図したものか、予想の範囲でなければならない。

 ならば、異常な天才より、貴重な秀才を演じる方が良い。


 三度叩く音が聞こえたあとに、扉が開く。

 入ってきたのは、体格の良い日焼けした男だ。


「待たせてすまない。ルジェナ君」

「学長、お気になさらないでください。お忙しい中ありがとうございます」


「いやはや、会議会議の日々だよ。それで、相談というのは?」

「単刀直入に申し上げますと、二ヶ月後に行われる市長選挙に、立候補しようと考えております。その際の支援をお願いに参りました」


「……立候補というのは、君自身が?」

「はい」


「……色々と報道されているのは知っているが、例の件で、お父上が再選出馬を見送ると?」

「父は、まだ立候補するつもりのはずです」

「それなら、この場で君を支援するとは言えない。お父上に対しては、私はもちろん、この大学も多大な恩義がある」


 当然の回答だ。

 所属する学生とはいえ、政治経験のない小娘と、再選を繰り返してきた現職の市長。

 比ぶべくもない。


「選挙といえば近々、学長選任の投票があるそうですね」

 この大学の学長は、教授、助教授の投票による選挙で選ばれる。

「ああ、それで今日も親しい教授たちと、対策会議をしていてね」


「対立候補のお一人は、先生方の間で、とても人気が高いとか」

「正直なところ、押されているよ。だが、誰かからあと三票奪えれば、逆転出来る」

「不可能です」


 学長は身を乗り出すようにして、こちらを睨んだ。

 こんな小娘の言葉一つに怒りを見せるとは、体格に反して小さな男だ。


「単なる学生の君に何が分かる? 現に、昨日夕食を共にした教授からも、前向きな回答を貰った!」

「現在首位の候補は、三票ではなく、八票のリードです。さらに、昨晩会食された教授三人は、票読みを探るスパイ」


「な、なんだと……! そもそも何故三人だと知っている?」

「学長であるあなたより、単なる学生の私の方が、確度の高い情報網を持っているということです」


「……八人だと……」

「ここからの逆転は、非常に困難でしょうね」

「っく」


「さて、お話しを戻しましょう。私の市長選への出馬の件ですが――」

 学長は(うなず)くことすらしない。

 自分の選挙で精一杯なのだろう。


「学長が私への支援を確約してくださるなら、親しい十人の教授が、あなたに投票します」

「十人!? しかし、とても……」

「信じていただけませんか? まずはこのリストをご覧ください」


 十人の名前が記された紙を、学長は食い入るように見つめている。

「全員、食事すら断られた顔ぶれだ……!」

「次にお誘いする際には、ルジェナ・ヴァレーエフの名をお出しください。たとえ朝食だろうと、良いお返事が聞けるはずです」


「わ、分かった。この話が本当なら、大学として、君への支援を約束しよう」

「交渉成立ですね」

「ああ」


 これこそ、民主主義的代表選出の弱点の一つだ。

 集団としての利害と、代表個人の利害が、時として対立する。

 自分の代表としての立場を守るために、集団としての不利益を選ぶ者が現れる。


「それでは、私はこれで失礼いたします。学長、本日はありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとう……ございました。ルジェナさん」


 礼を言った上に、口調が敬語に変わったか。

 学はあるだろうに、愚かな男だ。


 私がいなければ、そもそも劣勢ですら無かったというのに。


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