表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/49

七話 策略の種子

「そろそろ出発しましょうか、フリーデ」

「はい。裏に馬車を回してございます。ルジェナ様」


 フリーデが広げた外套(がいとう)の袖に手を通しながら、問い返す。

「どうして裏に?」


「正門には、記者が大勢押しかけておりますので」

「そう。大変な騒ぎになっているようだものね」


 屋敷を出て裏庭を進むと、人影がある。

「ヴァレーエフ市長の娘さんですね? お聞きしたいことがあります!」


 フリーデが立ちふさがるように前へと歩み出た。

「一体どこから入ったのですか? 警備の者を呼びますよ」

「フリーデ、構わないわ。通して差し上げて」


 薄ら笑いを浮かべた男は、おそらく記者だろう。

「へへ、ありがとうございます。先月火災で亡くなった最高判事と市長の癒着疑惑について、ご存じですよね?」


「報道されていることは存じております」

「では、お二人の会話の音声も、お聞きになりましたよね? あれは、お父上の声だと思われますか?」


「父の声に似ていることは、確かだと思います」

「では、お父上は裁判における汚職に関与されたと?」

「あの音声は、父ではないと信じています」


 この言葉に、偽りはない。

 なぜなら、報道されている音声は、最高判事と変声魔法を使った私の会話だからだ。

 もっとも、癒着自体は有罪だと断言出来るが。


「それでは、あの音声は偽装されたものだと?」

「そういったことには疎いもので、分かりかねます。……お約束がありますので、そろそろ失礼いたします」

「もし、偽装だとすると、誰がどんな目的で――」


 記者の質問を遮るように、馬車の扉が閉まる。

「……将軍、よろしかったのですか?」

 運転席に座るフリーデの声は、多少沈んで聞こえた。


「何か問題があったか?」

「いえ。ただ……あの音声を報道機関に届けろと指示を受けた時は、この一件で市長を追い落とすのだと思っておりました」

「私が奴を(かば)ったように聞こえたか?」


「はい、少々」

「なるほどな。だが、案ずることはない。全てが思惑通りに進んでいる」


 以前撒いた策略の種は、着々と芽を出し始めている。

 それらが成長し、根を張り巡らせ、地形すらも変える日は、そう遠くない。


「承知いたしました。差し出口をきき、申し訳ございません」

「構わん。部下の素朴な疑問から、思わぬ発見をすることもある。今後も遠慮せずに言うが良い」

「はい。ありがとうございます」


 馬車がゆっくりと止まる。

「フリーデ、魔法使いギルドに行ったことは?」

「一度もございません」


「そうか。私は六十数年ぶりだ」

 見上げた建物の屋根は、三角帽子(ウィッチハット)のように、折れ曲がりながら上へと伸びている。


 魔法使いギルドへと入ると、小柄な男が立っていた。

 男は深々と一礼した後、作ったような笑いを浮かべる。

「ルジェナ様! お待ち申し上げておりました!」


「お出迎えいただき、ありがとうございます。支部長」

「白薔薇と(たた)えられる、あなたさまにお会い出来ることは、無上の喜びでございます」


 この男のように口先だけの人間は、信頼はできないが、行動をある程度予測できる。

 そういった意味で、扱いやすい。

「相変わらず、お上手ですね」


「いやいや、あなたの美しさは言葉ではとても表現しきれません。さあ、どうぞこちらへ」

「ありがとうございます。お邪魔いたします」


 支部長のあとに続いて奥へと進むと、数十人の魔法使いが同じ色の魔石を加工している。

 一階にいるということは、最下級の新人魔法使いたちだろう。


「皆さま、とても熱心に取り組んでいらっしゃいますね」

「昇格試験を控えておりますので、(みな)必死です。ひと目でそれを見抜かれるとは、さすがですなあ」

「そうなのですね」


 六十年前は、下級魔法使いの昇格試験といえど、決闘さながらの模擬戦で審査したものだ。

 怪我は必然で、時には死者も出る危険なものだった。

 それが椅子に座って魔石の加工とは、魔法使いも軟弱になったものだ。


「足元にお気をつけください」

 支部長が示した場所には、人間が数人乗れる木で出来た(かご)があった。

 それを囲うように、数十本の鉄格子が、天井に空いた穴に向かって伸びている。


 籠に乗ると、支部長に手すりを掴むよう促された。

「揺れますので、ご注意ください」

「はい」


 籠が鉄格子の間をゆっくりと上がっていく。

 最上階にたどり着くまで、支部長の言葉通りひどく揺れた。


 それほど難しくない魔法操作のはずだ。

 フリーデなら、ほとんど揺らさずに最上階まで来れただろう。


 この男が実力を評価され、支部長の地位を得たのであれば、魔法使いギルドの未来は暗い。

 もっとも、実力以外の口先の上手さなどで地位を得たとしたら、より暗いとも言えるが。


「どうぞお入りください」

 支部長が開いたドアを通り、部屋へと入る。

 そして示された椅子に座った。


「それで、ご相談というのは、一体どのような内容でしょうか?」

「フリーデ、お見せしてください」

 フリーデが頷いて、机の上で包を広げる。


 中から現れた黄色の魔法結晶を見て、支部長は目を見開いた。

 当然の反応だ。

 この魔法結晶は、支部長クラスの昇格試験の課題条件そのままの品なのだから。


「こ、これをどちらで?」

「以前、知人の方からいただいたのですが、貴重な品なのでしょうか?」

「は、はい。貴重と申しますか、大変高度な魔法技術で生成されたものとお見受けします」


 これも当然だ。

 六十年前の魔法使いギルドでさえ、これ以上の物を作れる人間は、私以外にいなかった。

「やはりそうなのですね。これの保存に関して、注意することはございますか?」


「見たところ大変安定しておりますが、これほどの傑作となると、完璧な保存方法は、詳しく検査してみませんと……」

「支部長にお預けして、調べていただくというのは、やはりご迷惑でしょうか?」

「迷惑など、とんでもございません。むしろ、貴重な経験になりましょう。ただ、ご返却までには、時間が必要かと」


「もちろん覚悟しております。お手すきの際に調べていただければ。お返しいただくのはいつでも構いません」

「そういうことでしたら、お預かりいたします」


 魔法結晶を手に取る時、支部長の口元がわずかに緩んだ。

 作られたものではなく、本性が垣間見える卑しい表情だ。

 その顔を見た時、確信した。


 今撒いた種も、きっと芽を出す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ