六話 同じ目をしている
「この魔法結晶の使い方を知っているか?」
「使い方……?」
否定と受け取って、魔法結晶を水魔法で包む。
包んだ水が色付きながら形を成していく。
二人の人物の姿を。
「これは……お祖母様と……」
「君の祖父だ」
「何故だ……どうして知っている?」
「これは私が、二人の愛弟子の結婚祝いに贈ったものだからだ」
「愛弟子……? ありえない。お祖母様のお師匠さまはヘルメスベルガー将軍だと」
「その男について、何を知っている?」
「王族にして、魔法軍少将。全ての系統の魔法を使いこなす天才で、雷を槍の形に固定する独自の魔法は、誰一人真似出来なかったと」
魔法結晶を放して、最上級雷魔法を複数同時に発動させる。
それらは絡み合い、やがてイメージ通りの槍を形成した。
「雷公ブルクハルト・ヘルメスベルガー将軍……」
「それが、かつての私の名だ」
「祖母は、あなたを実の兄のように想っていたと言っていました」
「……私も、君の祖父母を実の弟妹のように考えていた」
「ならばどうして、エゴール・ヴァレーエフを生かして置くのですか!? あなたの実力と立場なら、いつでも殺せたはず!」
フリーデが、縋るように私の服を掴みながら続ける。
「祖父は、あなたの仇を取ろうとして処刑されました。祖母も、身重でなければ、共に行きたかったとずっと言っていた……」
「すまない」
あの男は、いつでも殺せた。
殺そうと考えた数は、二つの生涯で使った魔法の回数より、きっと多い。
もし、それを実行に移していれば、愛弟子の一人と、その家族は、死ななかっただろうか。
そう思ってしまうのは、私の中に、まだ甘さが残っているからだ。
この甘さが、祖国を滅ぼした。
「……何故、私の家族の仇を討ってくださらないのですか?」
「あの男は、前世の私を殺す時『我々』と言った。奴は所詮自ら手を汚す小物に過ぎない」
「だとしても、死ぬべきです」
「それは確かだ。あの男を利用し尽し、背後の者たちを突き止めたら、必ず殺す」
「……それなら、私を配下にお加えください」
「やめておけ。私はもう手段を選ばない。愛弟子たちの孫娘だろうと、必要なら切り捨て、捨て駒にするだろう」
「構いません。この命が、復讐の一助になるなら。私にはもう、何一つ残っていないのだから」
そう言ったフリーデの目は、深く沈んでいる。
この目には、見覚えがあった。
だが、記憶の中にある愛弟子達の目ではない。
毎朝見る、表情を作っていない時の自分自身の目だ。
この娘もまた、怒りだけを糧に命を繋いでいる。
「それだけの覚悟があるのなら、共に戻ろう。我らの憎しみで、呪われたあの屋敷へ」
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屋敷に戻ると、エゴール・ヴァレーエフが待ち構えていた。
王都の近くで助けを求めた正騎士の伝令が、事情を伝えていたのだろう。
もっとも、その事情は全てが偽りではあるが。
「ルジェナ……! 無事で良かった! 怪我は!?」
駆け寄ってきたエゴール・ヴァレーエフが、私の手を握る。
今、魔法を使えば、容易くこの男を殺せるはずだ。
愛弟子の家族まで手に掛けた、この外道をただの肉塊に出来る。
その殺意から、宿敵を遠ざけるために、手を振り払って数歩下がる。
つま先を軸に、横方向へと一回転した。
ひらひらと舞ったドレスが、ゆるやかに止まる。
「この通り、怪我はありません」
「本当に良かった。私の可愛い娘に傷でもついたら、一生悔やむところだ」
「フリーデのおかげです。魔法で私を助けてくれました」
「フリーデ?」
疑問に回答するように、フリーデの両肩へと後ろから手を乗せる。
「ああ、そのメイドか。 良くやった! 褒美に望むものを与えよう! 何が良い?」
「もし、お許しいただけるのなら、ルジェナ様専属の侍女に」
「お父様、私からもお願いします」
「それはもちろん構わんが……それだけで良いのか? 家でも宝物でも、望むものを与えるが」
「ありがとうございます。それだけで十分でございます」
「殊勝なメイドだな。よし、褒美に給与を三倍にしよう!」
そう言って笑った宿敵を前に、フリーデの耳元へと手を当てた。
本人以外に届かないよう、小さな声で耳打ちする。
「奴のこの笑顔を、よく覚えておけ」
「どうした、ルジェナ? 内緒話か?」
「ええ、お父様。女の子には、秘密の話が沢山あるんですよ」
「ははは、そうか、そうか。ルジェナも、大人になったのだな」
もう一度耳元へと態勢を戻して、フリーデにささやく。
「この男の顔が苦痛に歪み、惨たらしく死んでいく時、君を傍らに置くと誓おう」