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四十六話 かつて見た才

 私の国政進出に対する政治的な障害は、もはや存在しない。

 対立候補であった女性現職議員が、集団拉致事件への関与が明るみに出ると同時に、失踪したからだ。


「この度の失態は、気の緩みが原因です。申し訳ございません」


 馬車を操縦するフリーデは、己自身を責めている。

 失踪した女性現職議員を、追跡出来なかったためだ。


「君は最善を尽くした。気に病むことはない」


 私は最初から、期待していなかった。

 あれほどの魔法使いが、本気で姿をくらまそうとするならば、フリーデには荷が重い。


「……ありがとうございます。必ず、見つけ出します」


 そして、フリーデが追跡する必要はなかったし、今も捜索の必要はない。

 追跡しているのは、敵の方だからだ。


「では、上空に意識を集中させてみろ」

「……魔力反応……! 一人でしょうか?」


「ああ。馬車を急停止させる用意をしておけ」

「承知しました」


 市が保有するこの山には、市長の許可がなければ立ち入れない。

 敵は、じきに仕掛けてくるだろう。


「停めろ」


 私の声の直後に、馬車が横を向く。

 進むはずだった道の先には、巨大な穴が空いた。


 馬車を出ると、一人の人物が空から降り立つ。

 例の女性議員だ。


「さすが先生の娘さん。魔法の才能はなくても、魔法使いを見る目があるのね」

「その点については、自負があります」


「ごめんなさいね、ルジェナちゃん。本国は、あなたに席を譲ることを、許容出来ないと」

「それは残念です」

「だから、あなたと、その才能のある秘書さんを殺すわ」


 女性議員の左手から、水魔法と、次いで炎魔法が生み出される。

 いずれも上級魔法だ。

 フリーデには、防ぎきれないだろう。


 私の右手から放出された上級水魔法が、敵の炎魔法の行く手を阻む。

 水と炎が、交わり、破裂する。

 そこから発生した爆風が、木々をなぎ倒した。


「……先生にすっかり騙されたわ。あなたは魔法が使えないと言っていたのに」

「いいえ。父も、死の直前まで知りませんでした」


「死の直前……? もしかして、あなたが殺したの?」

「はい」


「動機がどんなことだとしても、お礼を言うわ」

「何故ですか?」

「あの男は昔、私の尊敬する人を卑劣な形で殺したから」


 エゴール・ヴァレーエフは、味方にまで憎まれていたらしい。

 死してなお、惨めな男だ。


「父らしいお話しですね」

「そうね。ますます、あなたを殺したくなくなったけれど、見逃すことは出来ない。私は、軍人だから」


 女性議員が発動したのは、最上級雷魔法。

 それに合わせて私が放ったものもまた、最上級雷魔法だ。


 ぶつかり合った二つの(いかずち)が、木々を焼く。

 燃え盛った炎が、周囲を赤く染めた。


「その年頃で最上級魔法を扱えるだなんて……。三流の血から、一流が生まれることもあるのね」

「そのようです」

「私も、本気を出す必要がありそうね」


 女性議員の幻影魔法が解けていく。

 人間族の容姿と入れ替わるように現れたのは、緑色の肌と、折れ曲がった耳。


 ゴブリン族である可能性は考慮していた。

 だが、すべてが予想の範囲内だったわけではない。

 彼女の顔に、見覚えがあったからだ。


「驚かせたかしら?」

「……はい。少々」


 我が国とゴブリン族の国が併合された時、軍もまた統合された。

 私の部下として配属された者たちの中には、ゴブリン族も多く含まれていた。

 目前にいるゴブリン族の女性は、当時少尉だった。


「それなら、今が好機のようね」


 元少尉が再び最上級雷魔法を放つ。

 最後に会った六十数年前より、確実に腕を上げている。


 炎に包まれた山で、魔法を撃ち合う。

 彼女が放ったどの魔法も、正確無比なものだった。

 かつて、私が教えた通り。


 元少尉が繰り出した巨大な(いかずち)の間を、飛行魔法ですり抜ける。

 閃光を背にしながら、彼女に向けて破壊魔法を撃った。


 元少尉の腹部に出来た傷は深い。

 しかし、急所を僅かに外している。


 『情報を聞き出すために生かした』のではなかった。

 私の中に生じた躊躇(ためら)いが、手元を確かに狂わせた。


「あの時『一番苦手』だと言っていた雷魔法を、ここまで高めたか」


 地面に横たわりながら、腹部を押さえる元少尉は、驚いたようにこちらを見た。


「何故、それを……?」


 私の右手で、雷が絡み合う。

 創り出された雷槍を、彼女によく見えるように掲げた。


「やはり、最も適性が高いのは、雷魔法だったか『少尉』」

「ヘルメスベルガー少将……」


 元少尉のもとへ、ゆっくりと歩み寄る。

 流れ出た血が、地面を染め上げていた。


「君は、私が教えたゴブリン族の中で、最も才能があった」

「あなたは、私が知る人間族の中で、最も高潔でした」


「君との再会が、こんな形になって、不本意だよ少尉」

「あの戦争が、違う形で終わっていたら……私の祖国が、まだこの国であったなら、私は、あなたと共に行けたでしょうか?」


「行けただろう。期待通り、一流の魔法使いになった君を、私はきっと手放さなかった」

「最期に、それが聞けて良かった」


「今でも君を、誇りに思っている」


 元少尉の瞳から溢れた涙が、頬を伝っていく。

 それがこぼれ落ちた胸に向け、雷槍を振り下ろした。


 痛みは感じなかったはずだ。

 既に息絶えた元少尉は、穏やかな笑みを浮かべている。


 最期の瞬間まで、魔王の刻印は発動されなかった。

 彼女は、裏切り者ではなかったのだろう。


 忠義を尽くす祖国が、変わってしまっただけだ。

 かつて信頼に値した元部下は、軍人として生き、軍人として死んだ。


 私は今、彼女の死に、哀惜(あいせき)を感じている。

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