表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/49

四十五話 血塗られた獣道

「重大な相談があります……」

 そう切り出したイルマの額から、一粒の汗が流れ落ちた。


「どういった内容でしょうか?」

「今日のおやつを、二種類にしたいなって」


 押し黙っていたフリーデが身を乗り出すように口を開く。

「『おやつは一種類』それが、度重なる会議での決定事項だったはずです」

「分かってます。でも、私、気がついちゃったんです……!」


 フリーデは息を呑む。

「……どんなことにですか?」

「『しょっぱいものと、甘いものを交互に食べると、無限に飽きない』って……!」


 フリーデの頬を、汗が滑り落ちる。

「……仮にそんなことが、本当にありえるとしても、決定事項を破るわけには……!」

「食の探求者として、こんな大発見を見過ごすなんて、私には出来ません! だからこうして、相談してるんですっ」


 裁定を求めるような視線が、二人から向けられている。

「……今日は特例ということで、いかがでしょうか?」


「ありがとうございます!!! さすが市長さんっ!」

 イルマは勢いよく立ち上がる。


 その直後、通話機が音を鳴らした。

 受話器を掴み取ったフリーデは、数回言葉を交わしてから、受話器をイルマへと差し出す。


「緊急の用件だそうです」

「こ、こんな重大な時にっ!?」


 困惑したように受話器を耳へと押し当てたイルマは、言葉を重ねるごとに落ち着いた表情へと変わる。

 彼女は受話器を置くと、真っ直ぐこちらを見た。


「ごめんなさい。今日は早退しても良いですか?」

「また『新作のお菓子の試食』ですか? そういったことは、業務時間外に――」


 フリーデの言葉を遮るように、イルマは首を横へと振った。

「いえ、あの船のゴブリン族の人たちが、釈放されたみたいなんです。この前の女の子が、また(さら)われないか心配で」


 騎士団の腐敗は、期待を裏切ることがない。

 これも、予定通りだ。


 今回の釈放に、例の女性下院議員が関与している証拠も揃っている。

 前回手に入れたゴブリン族の一団との繋がりを示す証拠と併せて、選挙前の打撃としては十分だ。


「そういったご事情でしたら、むしろ私からもお願いいたします。どうか、お気をつけて」

「市長さん、ありがとうございます! 行ってきますっ!」


 イルマが飛び出した扉が閉まると同時に、私はフリーデを見た。

「私も少し出てくる」


「では、馬車の用意を」

「必要ない。君は、イルマと共に行け」


「ですが……」

「前回のこともある。万が一の時には、魔法が使える君が必要だろう」


「しかし……」

「こちらの内容は、私一人で問題ない」


 血塗られた獣道は、二人で歩くには細すぎる。

 自ら手を汚す暗殺者は、少ないほど良いだろう。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 私は今、海上にいる。

 集団拉致事件の重要な証拠であるはずの船の中、容疑者であるはずの者たちと共に。


 既に我が国の領海外だ。

 この場所でこれから起こることを、感知する者はいないだろう。


 私の目前を、一人のゴブリン族が歩いている。

 その男が携えているのは、人の腕ほど太い魔法杖(マジックワンド)だ。

 はめ込まれた魔石の大きさから、高位の魔法使いであることが分かる。


 魔法によって姿と音を消している私の存在を、男は察する様子を見せない。

 これから発動する魔法の種類も、おそらく知ることはないだろう。


 私の右手から魔力が放出されると同時に、一人のゴブリン族が消滅した。

 この船の構成員のうち、最高の実力者がこの程度であるなら、根絶やしにすることは容易(たやす)い。


 次に調理場で肉を物色していた者が消える。

 続いて自室で文を書いていた男が失せた。

 孤立した者から、次々と死を迎えていく。


 そうして、痕跡すら残さず消失した者たちは、死に対する自覚すらなかったことだろう。

 残る獲物は、僅かしかいない。


 その僅かな者の一人が、すぐ近くを駈けていく。

 男が開けた扉の横を通って、船長室へと入った。


「船長、いますか!?」

「どうした?」


「良かった……。何か、妙です」

「妙だと?」


「船員の人数が、減ってる気が……」

「出港前に、何度も確認しただろう」


「そうじゃなくて、出港した後で減ってるんです」

「そんな馬鹿なことが、あるはずが――」


 船長が発しかけた言葉を飲み込んだのは、会話相手が突然消滅したからだ。

 入れ替わるように姿を現した私を見て、船長は目を見開く。


「誰だ……いや、この前のあんたか……。部下に何をした?」

(おの)が業の報いを、受けさせました」


「……我々は、本国の指示を忠実に実行してきた。あんたらと同じように」

「いいえ。私は違う」


 魔力を込めた手で(まぶた)と髪に触れると同時に、変色効果が切れる。

 視界の端で、白銀の髪が揺れた。


 船長は、小枝ほどの杖を握る。

「例の市長か!」


 その杖は、魔力を集める間もなく消え失せた。

 船長の手首から先と共に。


 魔法で船長を壁へと押し当てる。

 手首から流れ出た血液が、木製の床に赤い線を作った。


「我が国民を、何人拉致した?」

「……お前の国の侵略で、命を落としたゴブリン族に比べれば、微々(びび)たる数だ」


「侵略だと? そんな事実はない」

「歴史を知らんのか!?」


「貴国の方から『大国に飲み込まれる前に、王国の一員にしてくれ』と懇願(こんがん)してきた」

「いい加減なことを言うな! お前のような小娘が、七十年以上前の何を知っている」


「私は、その場にいた。貴国のかつての王が、我が王に(こうべ)を垂れた時も、両国の併合が、条約によって成った時も」

「信じられるか!」

「それで構わん。私は、議論を行うために、ここにいるわけではない」


 低級炎魔法を、血が溢れ出る船長の手首へと押し当てる。

「ぐっ!」


「貴様が持つ情報の全てを、奪うために来た」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ