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四十二話 友

 イルマの前には、高く積まれたコインの山が出来ている。

 フリーデは、それをちらりと見たあと、自分の手に残ったわずかなコインに向け、目を伏せた。

「……面目次第もございません」


「本当に大丈夫ですから。そこまで気にすることはありませんよ」

「そうです! 大丈夫ですよっ!」

 イルマがそう言って、コインの山の頂上に、手を差し入れていく。


「『半分こ』にしましょう!」

「……『半分こ』とは?」


「二人とも五十倍にしたってことですっ!」

 理屈は理解出来ないが、イルマなりのフリーデに対する助け舟なのだろう。


「……いえ、成果を横取りするような真似は出来ません」

 そもそも成果を競わせては、いなかったのだが。


「良いんですよっ! 私たち、友達じゃないですか」

「友達……」


「ねっ、良いですよね?」

 イルマに問われて、私は頷く。

 これよりも重大な問題が別にある。


「はい、もちろん」

「良かった! そういえば、この儲かったお金って、何に使うんですか?」


 まさに、このことだ。

 これらを全て換金した金額は、下院議員選挙への立候補時に公開が義務付けられている資金の最低額を超えている。

 いっそ秘密裏に処分してしまうべきだろうか。


「そうですね、一部はお菓子予算に上乗せしましょうか」

「ほんとですか!? やったー!」

「ええ」


 イルマが跳ねるように向かったカウンターには、男が数人立っている。

「あの、特別景品(スペシャルプライズ)に交換お願いしまーす!」


「すいませんが、それは出来ません」

 そう言った男は、人間族ではない。

 緑色の肌と折れ曲がった耳を持つゴブリン族だ。


 彼らの国は、二つの部族間で分裂していたが、近年統合された。

 この男の額が白く塗られていることから、勝利した部族に属していることが分かる。

「えっ!? なんでですか?」


「ロウソクが上昇し始めた時に、火が消えたでしょう。そうなった時は、ルール上無効なんです」

「そんなルール聞いてません」


 ゴブリン族の男が、分厚い本を広げる。

「ほら、ここに書いてあるでしょう」

「あとからそんなルール出してくるなんて、ずるいじゃないですかっ!」


「読まずに参加する方が悪い。お引取りください」

「簡単に引き下がれませんよ! 何年、もしかしたら何十年分のお菓子代がかかってるんですよ!?」


「……お菓子代? ガキはとっとと帰れ」

「はあ!?」


 こちらとしては、現金に替えられる方が厄介だ。

 怪しまれずにコインを処分出来るのなら、その方が都合が良い。


「ルールなら仕方ありませんね。諦めましょう」

「そ、そんなあ!」


 訴えかけるような視線を向けて来たイルマに、耳打ちする。

「今度、何か美味しいものを差し上げますので」

「……分かりました。ここは、しちょう……じゃなかった。シチョリーナさんに免じて引き下がります」


 シチョリーナさんとは、誰だろうか。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 地上へと戻ると、叫び声が響いた。

 「助けて! お父さん」

「待ってくれ! 娘は関係ない!」


 少女の腕を掴み、強引に引き寄せているのは、額を黒く塗ったゴブリン族の男だ。

 我々の腕輪を回収する元正騎士たちは、その様子を見ようともしない。


 代わりに真っ直ぐ見つめているのはイルマだ。

 彼女は髪を大きく揺らしながら、駆けていく。


 皮肉なものだ。

 騎士団所属という立場を利用して、割の良い仕事に就いた元正騎士。

 対して、騎士団から疎まれ、過激派に差し出された上に、最後は解任された元従士。


 後者であるイルマの方が、よほど騎士道を進んでいる。

 その道が、私の目指す場所と繋がっていることを祈ろう。

 (たもと)を分かつことあらば、彼女の騎士道は黄泉(よみ)へと続く崖に変わるのだから。


「止めた方がよろしいでしょうか?」

「いいえ、様子を見ましょう」


 イルマはゴブリン族の男の手を払いのけて、二人の間に割って入った。

 本来あるべき正騎士の姿そのものだろう。


「嫌がってるじゃないですか! 強要罪とかになりますよ!」

「誰だお前は! 関係ないならすっこんでろ!」


「抵抗するなら、執行妨害で逮捕……はもう出来ないけど、色々方法はあります!」

「なんだ、正騎士か? お前らとは、もう話しがついてんだよ」

「それこそ関係ないです! 私、もう騎士団所属じゃないので!」


 そう堂々と言ったイルマを、ゴブリン族の男は冷ややかな目で見た。

 男が腕を振り上げると同時に、イルマの体が宙へと高く浮かび上がる。

 振り下げた腕に合わせて、勢いよく地面に向かったイルマは、しかし突然静止した。


 それを成したのは、フリーデの魔法だ。

 彼女は私に指示を仰ぐこともなく、歩みを進める。

 普段の冷静さを凌駕(りょうが)する怒りを、赤い瞳が物語っていた。


 フリーデの手の動きに合わせて、今度はゴブリン族の男が浮遊する。

「私の友人に、何をしているんですか?」


 フリーデに、友が出来たか。

 喜ばしいことだ。


 そう思考した自分自身に、戸惑いと苛立ちを覚えた。

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