四十話 誠実な嘘
我々三人を乗せた馬車が、ゆっくりと止まる。
「到着いたしました」
「運転ご苦労様、フリーデ。そういえば、偽名を決めていませんでしたね」
「偽名!? カッコイイ! なんかワクワクしてきましたっ!」
「私は、そうですね。レオカディア・ヴラディミールと名乗ることにします」
「ルジェナ様、僭越ながら申し上げます。イルマさんの記憶力で、その偽名を覚えるのは難しいかと」
「なっ! 失礼な! クレオパトラ・グラヴィミートですよね? ほら、ちゃんと覚えましたよもう!」
「……やっぱり全く違うじゃないですか」
「嘘ぉ!? じゃあ、トルテパスタ・クラッカーミートですか?」
「……もう少し、簡単な偽名にしましょうか」
「……はい。その方が適切かと」
「では、私は『ルジェ』フリーデは『リーデ』イルマさんは『ルマ』でいかがでしょうか?」
「それなら余裕ですっ! 『ジェナ』さんと『フリー』さんと『イル』ですね!」
「……偽名を名乗るのは、極力控えましょうか」
「……承知しました」
脱法賭博場は、通常地下にある。
そして、その土地の地上に必ずあるのが、取引所だ。
脱法賭博場では、現金と交換したコインで賭け事を行う。
そのコインは、現金に戻すことが出来ず、景品としか交換出来ない。
ここまでは、賭博を禁じたこの国の法律に抵触しない、合法的な施設と言える。
しかし、脱法賭博場と呼ばれるのには、理由がある。
コインで交換出来る景品として『特別景品』が存在するのだ。
それは、複製不可能な魔法結晶で出来てはいるが、利用価値という点では、無に等しい。
しかし、特別景品を高額で買い取る業者がいる。
それが、地上にある取引所だ。
両者は、同じ土地の別フロアを借り受ける資本関係のない別企業とされているが、実態は違う。
この二つの企業は、地下経済で深く結びついている。
脱法賭博場の入り口を、体格の良い男二人がふさいでいた。
「アクセサリーなどの貴金属は、いったんこちらにお願いします」
「はい」
「念の為お聞きしますが、武器なども含め、これで全てですね?」
「左様でございます」
「では、この魔石を強く握ってください」
男が差し出したのは、赤い魔石だ。
この魔石は、一定以上の大きさの金属を身に着けていると、光を放つようになっている。
武器などを持ち込まぬよう、確認しているわけだ。
「これで、よろしいでしょうか?」
「はい。また、当店での魔法は一切禁止となっておりますので、こちらの着用をお願いします」
男から手渡されたのは、魔封じの石で作られた腕輪だ。
これを身につけた状態で、魔法を発動出来る魔法使いは、ごく限られるだろう。
「それでは、ご入場ください」
「幸運を運ぶ鳥が、あなたのもとに舞い降りますよう」
そう言って頭を下げた二人の男の前職を、私は知っている。
正騎士だ。
これこそ、この施設が違法賭博場ではなく、脱法賭博場と呼ばれる原因だ。
元正騎士を警備担当者として高給で雇用することで、安全を買っているわけだ。
本来不法を取り締まるべき立場にある騎士団は、この業界とも癒着し、利権として貪っている。
静かに下降する床に乗って、地下へと降り立った。
カウンターに札束を置く。
「全てコインに変えていただけますか?」
「かしこまりました。少々お待ちください」
従業員は札束を念入りに確認したあと、コインの入った袋を取り出す。
「ありがとうございます」
「幸運を運ぶ鳥が、あなたのもとに舞い降りますよう」
この瞬間、私がこの場所を訪れた目的のほとんど全ては達成された。
交換した現金一枚一枚には、感知不可能な魔法がかかっている。
それが、この脱法賭博場から流れる金の行方を、教えてくれるだろう。
コインの入った袋を持って振り返る。
「では、これを使って、少し遊んでみましょうか」
「あ、あのっ! 私もやっぱり良いですか?」
「もちろん構いませんが、お兄さんがお止めになっていたのは、よろしいのですか?」
「それなんですけど、小さい頃の私が、いたずらとか悪いことしようとすると、お兄ちゃんは何故かすぐ気がついて、止めに来たなって」
「……なるほど」
「だから、お兄ちゃんが駄目って言ってた賭け事をしたら、止めに来てくれるんじゃないかなって」
健気な娘だ。
彼女の兄は、もう死んでいるというのに。
私はそれを知りながら、イルマにいまだ告げていない。
これは彼女にとって、欺瞞に満ちた隠蔽か、誠実な嘘か。
私は判断する立場にない。
この健気な少女を、ただ利用しているだけなのだから。




