三十九話 偽装
「こちらが、例の女性下院議員の主要な支援者リストです」
アルノルドが広げた紙は、上から下まで、人名や組織名で埋められている。
中でも目を引くのが、官公庁の職員団体や、地元商工業の協会だ。
これらだけでも、盤石な組織票になるだろう。
下院とはいえ、さすがは現役の国政議員といったところか。
しかし――
「……少々、綺麗過ぎますね」
黒い噂が絶えない議員としては、あまりに聞こえの良い支援者ばかりだ。
職員団体にしても、公務員の政治活動を禁じた法に抵触するような組織ではない。
休日に集団で街をねり歩いたりなどせずに、各々(おのおの)が自由に過ごすような穏健な団体だ。
「さすがルジェナさん、お気づきですか」
「ということは、支援者のリストは、まだ続きがありますね?」
「はい。裏の支援者がこちらです」
示された二枚の紙にも、びっしりと人名や組織名が記されている。
合法、非合法を問わず、明るみに出れば票を失うような顔ぶればかりだ。
それにしても、この男は、やはり役に立つ。
選挙地域が一部重複しており、政治家同士の関係が深かったとはいえ、政治家は独立国家のようなものだ。
たとえ盟約を結んでいても、自分の弱点をさらけ出すような情報を、他の後援会に共有はしない。
自身が生まれる十年以上前に地盤を引き継いだ政治家の情報を、この短期間で集めたのだとしたら、それは貴重な才能だと言える。
だが、味方として有能であるほど、敵に回った際の脅威になるだろう。
わずかでも裏切りの兆候を見せたら、迷わず消す他ない。
「この支援者と議員の関係を、立証することは可能でしょうか?」
「複数の企業や政治団体を経由しているので、立証は難しいかと。騎士団もあてになりませんし」
「では、アルノルドさんは、引き続き議員の弱みを探っていただけますか?」
「分かりました。ルジェナさんはどうなさいますか?」
「私は、敵情視察に参ります」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「イルマさん、フリーデ、本日は少しお出かけしましょうか」
「はい! 行きます! お菓子屋さんめぐりですか!?」
「残念ながら、お菓子は置いていないかと」
「じゃあ、お肉屋さんですか!?」
「イルマさん、食べ物から離れてください」
「何言ってるんですか、フリーデさん! お出かけと言ったら、普通、食べ物関係に決まってるじゃないですか!」
「あなたの普通は、常識からかけ離れてます」
「そ、そんなことないですよ! 私のが常識人ですよね? 市長さんっ!」
「……ことの是非は分かりかねますが、本日の目的地が、お食事関係ではないのは確かです」
「そ、そんな……!」
イルマが崩れ落ちるように床へと座り込む。
それを全く意に介さずに、フリーデが歩み寄ってきた。
「では、どちらに?」
「脱法賭博場です」
それは、あの女性下院議員にとって最大の裏支援者だ。
「えええええ! 私、お兄ちゃんから『賭け事だけは絶対にするな』って言われてるんです」
「すぐ熱くなって、身を滅ぼしそうですからね。的確な助言だと思います」
「た、確かに!?」
「ご心配なく。賭け事に抵抗がおありなら、近くで見学していただくだけで結構です」
「よ、良かったー!」
「ただ、現役の市長が国政選挙を控えて、賭け事に興じるというのは、あまり印象が良くないので、少々変装しようかと」
「変装ですか!? なんかカッコイイ!」
「まず、髪の色を変えるポーションです。魔石を握った状態で髪につけると、その魔石と同じ色に変化します」
「市長さん、市長さん! 見てください! 『赤髪のイルマ』って感じにしてみました!」
「良くお似合いですよ」
「それでは私は……」
フリーデが握ったのは、黒みの強い茶色の魔石だ。
「フリーデさん、駄目ですよっ! それじゃ今と、ほとんど変わらないじゃないですか!」
「では、どれにしろと?」
「これです!」
イルマが掲げたのは、黄色の魔石だ。
「……それは、少し派手すぎるかと」
「大丈夫ですって! 多分似合うような気がします!」
「多分ってなんですか? か、勝手に塗らないでください」
仲の良いことだ。
普段忘れかけているが、こうしてみると、フリーデが年若い少女であることを再認識する。
「次に、瞳の色を変える目薬です。これも、魔石の色に変えられます」
「承知しました」
先手を取られることを恐れたかのように、フリーデが素早く茶色の魔石を握る。
「あ!」
手を伸ばしたイルマより速く動いたのは、私だった。
フリーデの眼鏡を外す。
「せっかくの機会ですから、もともとの目の色で出歩いても良いのでは」
「はい」
「えええええええええ! フリーデさん! 右目が青で左目が赤だったんですか!?」
「そうです」
「なんで隠してるんですか!? せっかくカッコイイのにもったいない!」
「……目立ちたくないので」
「目立った方が良いじゃないですか! お菓子屋さんで顔覚えてもらえれば、おまけをくれたりするんですよ!?」
「……別に欲しくないです」
「な、なんと無欲な!? あ、じゃあ私も左右の目の色、違うのにしようかなっ! 紫とピンク!」
「……すみません、イルマさん。さすがに、オッドアイが二人は、悪く目立ち過ぎるかと」
「分かりました! じゃあ市長さんの目と同じ紫にします!」
「私も、今の瞳の色から変えてしまいますが」
「あ、そっか! 市長さんは、どうするんですか?」
「そうですね。私は、黒い髪にして……」
黒い魔石を握りながら、ポーションを髪に塗る。
「おお!」
「目は、緑で」
目薬を終えて、視線を戻すと、フリーデが深く頷いている。
「すごく可愛いです!」
そう言って飛びついてきたのは、イルマだ。
「ありがとうございます」
「でも、これだけだと、市長さんって分かっちゃうかもしれませんね! 根本的なキレイさが隠しきれてないっていうか」
「普段、イルマさんのご意見に賛同出来ることは少ないですが、今回は一理あるかと」
不安げにこちらを見つめている二人に、微笑みを返す。
「大丈夫。女性は、メイク次第でいくらでも変われますから」
「し、市長さん、大人だ……!」




