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三十八話 最初の敵

 馬車が街路の中を進んでいる。

 この道は、私が市長を務める街の大通りよりも、さらに広い。


「えええええええ! 市長さん、市長を辞めちゃうんですか!?」

 そう身を乗り出しながら言ったのは、護衛官のイルマだ。


「はい。下院議員と市長職は、兼務出来ませんので」

「ということは、お引越しですか!?」


「そうですね。当選した場合、議会のある首都に移ることになるかと」

「そ、そんな……!」


「お引越しは、お嫌いですか?」

「そういうわけじゃないんですけど、もったいないですよ!」


「何故ですか?」

「だって、私がお菓子屋さんとケーキ屋さんに築いたおやつ人脈が、全部無駄になっちゃいますよ!?」


「……たかがお菓子と、国政を天秤(てんびん)にかけるつもりですか」

 冷静に言ったのは、秘書官のフリーデだ。


「フリーデさん、それは聞き捨てならないですっ! 全部のお店に、私たち三人専用のメニューがあるんですよ!?」

「……多少、お菓子選びのセンスがあるからといって、調子に乗らないでください」

「な、生意気な! 甘い物食べると頬が緩んじゃうくせにっ! これでも食らえ!」


 イルマが、フリーデの口へと強引にビスケットをねじ込む。

 フリーデは諦めたようにそれを食した。


「……協定違反ですよ。おやつタイムの三時はまだまだ先です」

「ふっ、ふっ、ふ! 勝てば良いんですよ! 勝てばっ!」

「……卑怯な」


「あ、つきましたよね? 私ちょっとこの街のお菓子屋さんを新規開拓してきます!」

 馬車を出ていくイルマを、フリーデが追う。

「何を考えているんですか!? 個人的なお買い物は、用事が全て済んだあとにしてください!」


「個人的じゃないです! みんなの分ですっ!」

 馬車の扉が閉まって、静寂が訪れる。


 その静けさを破ったのは、運転席に座る後援会長のアルノルドだ。

「選挙は、もっと殺伐としたものだと思っていました」


「先ほどのような雰囲気の方が、むしろ異質でしょうね」

「はい。これからお会いいただく現職下院議員も、黒い噂の絶えない人物です」


「亡き父の下院議員時代の地盤を引き継いだ元公設秘書の方ですね」

「ええ。どうかご注意ください。魔力のない私でも分かる。あの人は、間違いなく魔法使いです」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ルジェナちゃん。お父様のこと、本当に残念ね。お悔やみを申し上げます」

 そう言った女性下院議員の容姿は、二十代後半だ。

 だが、明らかに実年齢ではない。


 最初に会った十五年ほど前から、容姿がいっさい変わっていないからだ。

 そしておそらく、エゴール・ヴァレーエフから選挙区を引き継いだ三十年以上前からも、大きな変化をしていないのだろう。


 この女は、最上位の老化遅延魔法か、より高度な老化停止魔法を使っている。

 三流魔法使いだった元上司より、魔法使いとしての能力が上なのは確実だ。

 そして、あの男と同じように、魔王の刻印を持つなら、厄介な敵になる。


「ありがとうございます」

「葬儀に伺えなくてごめんなさいね」


「いえ、どうかお気になさらないでください。亡き父の希望通り、ごく親しい身内だけで行いましたので」

 実際は、貸し切った葬儀場で、あの男の死体を囲み、フリーデと祝杯をあげただけだ。


「そうだったのね。……先生らしいわ。あなたのお父様には、私人としても公人としても大変お世話になったから、困ったことがあったら、なんでも言って頂戴ね」

「そう言っていただけると、大変心強いです」


「そういえば、騎士団を敵に回したそうね。さすがは先生の娘さん、普通の政治家が出来ないことを堂々とするなんて、とても立派」

 つまり、無謀だと言いたいわけだ。

「はい。亡き父の無念を晴らさねばなりませんので」


「小さな頃から、お父さんっ子だったものね。国政に出ると聞いたけれど、もう政党や選挙区は決まっているの?」

「政党は、属していませんが、選挙区は決めております」


「どちら?」

「ここです。私の市も含まれますし、長年父が身をおいていた場所の方が、父も喜ぶかなと」

「……そう。確かにそうね」


「議席を譲っていただけますか?」

 期待は全くしていない。

「もちろん。先生からお預かりした選挙区ですもの。娘さんが立候補するなら、お返しするのが筋でしょう」


「ありがとうございます」

「あと六期ほど務めたら、あなたにお譲りするわ」


 下院議員の任期は二年だ。

 通常であれば、十二年後ということになる。

 この女は、譲る気などないと言っている。


「重ねてお礼申し上げます。それではまた、近い内に」

「ええ。またね、ルジェナちゃん」


 国政という戦場に向かう途上、最初に打ち砕く敵としては、悪くない。

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