三十七話 宣戦布告
私の視線の先には、拳ほどの魔石がある。
「本日は、お越しいただきありがとうございます」
「そんな、とんでもないです。市長に魔法使いギルドへの復帰を後押ししていただけなかったら、僕は今頃、野垂れ死んでいますから」
そう言ったのは、最高判事の屋敷の前で、騎士団に逮捕されていた若い魔法使いだ。
「当然のことをしたまでです。優秀な魔法使いの方が、免許を落としたというだけで、未来を絶たれるのは、この国にとって大きな損失ですから」
「ありがとうございます。今日は、どんな証言でもします」
「嘘をついていただく必要はありません。あなたが見た真実だけをお話ください」
「分かりました」
「それでは、のちほどよろしくお願いいたします」
「はい」
頷いた若い魔法使いを残して、控室を出た。
静かな廊下を歩いて、その部屋へと入る。
扉を開けた瞬間、多数の光が点滅した。
この記者会見場に集まった記者は、五十人ほどだろうか。
長机の前で一礼する。
そして、騎士団の署長の横にある席へと腰を下ろした。
「本日は、お集まりいただきありがとうございます」
再び点滅する光の中で続ける。
「既に速報が流れておりますが、父であるエゴール・ヴァレーエフ前市長が、昨晩亡くなりました」
「一部、殺害されたのではないかという報道もありましたが、事実でしょうか!?」
「それについては、捜査責任者である署長の方から、お話をいただきます」
署長は一瞬怯えたようにこちらを見てから、口を開く。
「前市長のご遺体は、魔法によるとみられる傷を多数受けておられました。また、現場の状況から、殺害された可能性が非常に高いと判断しております」
「前市長といえば、旧魔法軍の准将まで務められた魔法使いですよね? そんな人を殺せるほどの危険な魔法使いが、まだ周辺にいるということでしょうか?」
「それについては――」
言い掛けた署長の言葉を遮る。
「軍に所属していたのは、六十年以上も前です。娘の私から見ると、暴力とは無縁の穏やかな人でした」
「現場の状況から、争った形跡などはなかったのでしょうか?」
「……現在捜査中のため、現場の詳しい状況については、差し控えます」
「では、市長にお聞きします。既に、お父上のご遺体とは、対面されましたか?」
「はい」
「その時のことについて、お聞かせください」
「私は、前日から引き続いて市役所におりました。騎士団の方から連絡があり、すぐに病院へと向かいました」
「実際に対面された時、どういう感想をお持ちになりましたか?」
「……ほんの一日前は元気だった父と『もう二度と言葉を交わせない』ということを理解するまで、時間がかかりました」
「前市長のご遺体の表情は、いかがでしたか?」
「……少しだけ、驚いているようにも見えましたが、きっと一瞬のことだったのでしょう。それほど苦しまなかったのではないかと。……そう、信じたいです」
「なるほど。犯人について、何か心当たりなどはありますか?」
「正直に申し上げますと、ございます」
署長が驚いた様子でこちらを見る。
「犯人が分かるということでしょうか!?」
魔法結晶を取り出す。
「まずは、こちらをお聞きください」
『最高判事は殺された。あれが火災なわけがない。彼は知りすぎたんだ……』
「こ、これは前市長の肉声……!?」
『私にも騎士団の圧力がかかっている。家宅捜索は、明らかに脅しだ。いずれ私も、最高判事のように、口封じされるかもしれない』
「馬鹿げている!」
そう言って立ち上がったのは、署長だ。
「私は、そう思いません」
「他人と同じ声を出す魔法がある! だから、音声には何の証拠能力もない!」
「署長、その証拠にならない音声を根拠として、父の屋敷に家宅捜索を行ったのではありませんか?」
「何を言っている!? それはあなたが……」
私が命じたと、言えるか?
騎士団の署長ともあろう者が、小娘一人に脅され、法的根拠の薄い捜査を行ったと?
言えるはずがない。
そんなことを口にした瞬間、この男の命運は絶たれ、騎士団の権威は失墜する。
「私が、何か?」
署長は口を閉ざすと、力なく座った。
「実は、もう一つ、皆様にお見せしたいものがございます」
新たな魔法結晶を机の上に置く。
蓄積された魔力によって浮かび上がるのは、立体的な映像だ。
「猫……?」
前足を空中で振る猫に向いていた視点が、上へと移動する。
次に映ったのは、割れた窓だ。
そこから炎が吹き出る。
映像の倍率が下がって、屋敷全体が映し出された。
「これは、最高判事の屋敷……? 火事の映像は、いくら取材しても、見つからなかったのに」
記者の一人がそう言った瞬間、屋敷の屋根が吹き飛ぶ。
膨れ上がった炎は、巨大な球体に閉じ込められるように、燃え盛っている。
「騎士団の発表では、火災ということでしたよね?」
「我々もその発表を信じて、火事だと報道した」
「どういうことですか? 署長」
「こ、これは何かの間違いだ!」
「市長である私が、映像を捏造したとおっしゃるのですか?」
「あなたなら、やりかねんでしょう!?」
「その映像は本物です。僕は、その現場に居合わせましたから」
会場へと入ってきたのは、控室で話していた若い魔法使いだ。
「あなたは?」
記者の問いかけに、若い魔法使いは答える。
「魔法使いギルドに所属する者です。あれは、火災などではなく、明らかに高度な魔法による攻撃です」
「そんな証言、信用出来るか! 本当にその場にいたのかすら怪しい!」
そう叫んだ署長に向けて、若い魔法使いは一枚の紙を差し出す。
「これは、僕が免許不携帯で逮捕された事件の起訴状です。日時と場所から、あの時僕がいたことが立証出来ます」
私はゆっくりと立ち上がる。
「今、お見せしたことからもご理解いただけたように、私は騎士団に対して、大変不信感を持っております」
「市長、それは、騎士団への対決宣言ということでしょうか?」
「そうとっていただいても構いません。しかし、騎士団という組織の闇を暴くのは、地方行政の長一人では、難しいでしょう」
「では、どういった対応を行われるお考えですか?」
「この国の歪みを正すため、次期国政選挙への出馬を表明いたします」
多数の光の点滅が、私を照らす。
かつて滅ぼされ、今も歪められ続けている祖国を救う準備は整った。
さあ、政治戦争を始めよう。
一章完
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次回から開始になる二章は、もう少し雰囲気が明るくなる予定です。
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