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二十七話 汚れなき腐敗の城

 思い返せば、あの時も夜だった。

 反対派の連中を皆殺しにした日、イルマは奴らに囚われていた。

 私がもし、あの場に居合わせなければ、彼女は既に死んでいるか、より悲惨な運命の中にいたことだろう。


 最後の男を殺したあと、私は迷っていた。

 この少女を、殺すか否か。

 それから半年、私はずっと冷静さを失っていた。


 結論から言えば、私はイルマを殺すべきだった。

 騎士団内の情報を得る手段は、彼女以外にもある。

 魔石を仕掛けて会話を盗みとっても良かったし、腐敗した正騎士が死体へと変わっていく間に、聞き出す方法もあった。


 一方で、イルマは私が魔法を使えることを知っている。

 さらに、反対派を皆殺しにしたことも。

 それが、不確かな感覚に(もと)づく、予想に過ぎないとしても、危険因子ではある。


 明らかに、利用価値とリスクが見合っていなかった。

 にも関わらず、捨てきれずにいた甘さが、私の判断を誤らせた。

 祖国を一度滅ぼされても、愚かな人生を繰り返していたのだ。


「……イルマさん、何かあったのですか?」

 (そで)で顔を(ぬぐ)って、イルマが答える。

「お兄ちゃんが、行方不明なんです」


「行方不明?」

「はい。今朝『今日は部隊で調査任務に行く』って言ってたのに、その部隊が戻って来ても、お兄ちゃんはいなかった」


「……なるほど」

「部隊の人に聞いても『あいつは任務に同行してない』って言うんです! でも、こんな時間まで帰ってこないし、私、なんだか嫌な予感がして……」


 彼女の兄は、おそらくもう死んでいる。

 騎士団にとって、見てはいけないものを見たか、知ってはいけない事実を知って、ついに消されたのだろう。


「近頃のお兄さんの様子に、何か変わったところはありませんでしたか?」

「最近ずっと『押収品の帳簿(ちょうぼ)が合わない』って言ってました」


「……そのことが、お兄さんの失踪と、関係があるかもしれませんね。私の方でも、調べてみましょう」

「ありがとうございます! 市長さんがいてくれて、本当に良かった!」


 再び抱きついてきたイルマの背中を、両手で包むようにして支える。


「お兄さんのことは、全て私に任せて、あなたはもう、お休みになってください」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 石造りの灰色の床は、宝石のように研磨(けんま)されて、光沢を帯びている。

 白石を用いた壁もまた、鏡として利用出来そうなほど輝いて見えた。

 一昨年、新築したばかりの騎士団支局庁舎は、その組織の実態に反して、(けが)れ一つない。


「市長、困ります! 勝手に進まれては……」

 そう言ったのは、新人の正騎士か、見習いの従士だろう。

 この青年も、遠くないうちに悪に染まるか、そうでなければ命を落とす。


 二十一の扉の横を通って、その場所にたどり着いた。

 署長室だ。


 その中にいたのは、三十半ばほどの男。

 大男と言って差し支えないだろう。

 椅子に座っていても、私の目線よりも顔の位置が高い。


 鎧を(まと)っていても分かる筋肉の塊のような身体と、目元の深い傷。

 それらが物語っているのは、この男が汚職の巧みさだけで成り上がったわけではないということだ。


「何か御用か? 市長」

 そう言った署長は、しかし私を見ていない。


 私の後ろに立つ、若い団員を見据えていた。

 その(にら)むような視線は、言葉よりも率直に怒りを伝える。

 『何故、この小娘を通したのだ』と。


「こちらに所属されている騎士団員の失踪事件について、進捗(しんちょく)を伺いに参りました」

「騎士の失踪は珍しくもない。市長が何故わざわざ?」

「親しい友人のご家族が、巻き込まれておりますので」


 署長は薄く笑う。

「ふっ、つまり私情か」

「仮にそうだとしても、私は行政を管理する市長です」


「法令の観点で見ても、進捗を報告する義務はない。個別の事件に関する命令権を、市長は持っていない」

「つまり、ご回答いただくお考えはないと?」

「そういうことだ」


 堂々たる態度。

 そこに、罪の意識も、一抹(いちまつ)の不安すら一切感じさせない。


 この男はおそらく、挫折(ざせつ)を知らない。

 そして、脅迫にも屈しないだろう。


「分かりました。ここはいったん引きましょう」

「市長を出口までお送りしろ」


 若い団員に続いて、庁舎を出た。

 そこには、アルノルドとフリーデが待っている。


「いかがでしたか? ルジェナさん」

「アルノルドさんが内装業者から入手してくださった図面の方が正しかったです」


 アルノルドが、にやりと笑う。

「それは、とても良い……いえ、大変由々しき事態ですね」


「ええ、本当に。フリーデ、職員の方々を」

「承知いたしました」


 フリーデが開けた馬車から出てきたのは、五人の若い市役所職員だ。

 長期間に渡って調査し、人柄に一定の信頼を持てた者たち。

 彼らを伴って、庁舎へと戻る。


「し、市長、なにかお忘れものですか?」

「はい。私ではなく、前市長が忘れていたものがございます」


「ぜ、前市長? ということは、あなたのお父様の……?」

 一枚の紙を掲げる。

「これは、この新庁舎建設に際して提出された建築確認申請書です」


「これが、何か……?」

「先ほど通った廊下にあるドアが、一つ多いのです」

「え……」


「市内にある建造物は、全て市長である私の管理下にあります。たとえドア一つだろうと、法的な書類と食い違えば、看過(かんか)いたしかねます」

「ど、どこの部屋でしょうか?」


 若い団員を半ば無視する形で、歩みを進めた。

 止まったのは、署長室の一つ手前だ。

「こちらです。図面上、やはりドアはありませんね。部屋があるのかも確かめませんと」


 手をかけた扉には、予想通り鍵がかかっている。

「勝手に開けられては困ります! そこは、絶対に開けてはいけないと、厳しく言われていて!」

「お渡しするのを忘れていましたが、これは今日の監査の書類です。当然、市長のサインもございます。……フリーデ、鍵を」


「おまかせを」

 フリーデの魔法で、扉が開く。

 その先には、兵器が並んでいた。


「何の騒ぎだ!?」


 見覚えのある魔石のついた小型魔法兵器を手に取り、振り返る。

「法的な観点で言えば、違法な兵器の保管には、市長の許可が必要となります」


 署長の表情が曇った。

「そ、それは……」


「この兵器の保管許可を出した記憶はございません。一体、どういうことでしょうか。署長?」

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