二十六話 絶望と希望の狭間
暗い洞窟内を、柱状の光が進んでくる。
濃い密度で均一化された光は、まるで固体のようにも見えた。
完全な魔力制御によって作られたその魔法は、ある種の不気味さすら感じさせる。
破壊魔法の先端が、防壁魔法に衝突した。
瞬時に破壊されるほどではない。
だが、押し返せるほど生易しいものでもなかった。
「駄目か」
この威力では、耐えきれないだろう。
それを認識して、新たに防壁魔法を作る。
同時に、一枚目が砕けた。
本来不可視であるはずの壁が、あまりに強い光を反射しながら、ガラスのように散っていく。
二枚目もほどなくして破られ、同じように消えた。
結局、五枚目を発動しようと考えた段階になって、光の柱の終わりが訪れた。
「フリーデ、先に地上へ戻れ」
「しかし……!」
「もし私が戻らない時は、君は君自身の復讐を成せ」
「それは……」
「私の愛弟子と、その家族の仇を討ってくれ」
「……必ずや、成し遂げます」
「任せた」
全力で飛び立つ。
敵は、追撃を放ってこない。
これだけの実力者と対峙するのは、いつ以来だろうか。
六十年以上前なのは間違いない。
あるいは、二つの人生を通じて、初めてかもしれなかった。
血と、魔法と、死が飛び交う戦場に、帰ってきた心地がした。
本当にあの戦場に戻れたのなら、私が犯した愚かさの贖罪を、成せるというのに。
「期待させた結果がこれか」
無念さを理不尽な形でぶつけるはずの場所に、魔法使いはいなかった。
それどころか、人ですらない。
そこにあったのは、魔法戦車が一機。
操縦する者さえいない、無人で、無機質な、石と鉄の塊だ。
王国を滅ぼし、いまだ駐屯を続ける元占領軍の兵器ではない。
少なくとも、公開されているリストには、同じ形体の兵器はない。
だとすれば、存在を秘匿されている最新鋭であるか、あるいは――
第三国による、違法な侵入だ。
無念さの代わりに、失望と敵意を込めて魔力を集める。
小手調べに放った中級破壊魔法は、透明な壁に阻まれて消えた。
「機械が、上級の防壁魔法まで使う時代か」
戦車の筒状の主砲が、こちらを捉える。
完全な球体であった防壁魔法の魔力に、穴が開いた。
こうしなければ、主砲を使うことが出来ないのだろう。
その穴に向けて、もう一度破壊魔法を撃つ。
直撃を受けた戦車は、あっけなく大破して吹き飛んだ。
「しょせんは機械。火力だけか」
だが、大量に揃えば、その火力が重大な脅威になるだろう。
騎士団に、この兵器に対抗する術はない。
地上に戻ると、フリーデが駆け寄ってきた。
「ご無事でしたか……! 将軍!」
その安堵の表情から示される忠義に、言葉で報いるだけの余裕を、今の私は持っていない。
「……浮遊魔法で、地上から距離をとれ」
「は、はい」
片膝をついて、両手を地面に下ろす。
現時点の魔力の一割ほどを込めた最上級破壊魔法は、平原を両断する。
そこから枝分かれして伸びていく亀裂の線は、突然失われた。
平原だった地面が、先ほどまでいた地下空間へと崩れ落ちていったからだ。
「今期の予算では、とても購えんな」
他人事のように呟いたのは、市政への関心を失ったことを意味しない。
ただ、もっと大きな懸念と、危機を見つけたからだ。
私は、何を血迷っていたのか。
祖国に対する陰謀の影が、こんな足元にまで迫っていたというのに。
無邪気な小娘一人殺せぬ覚悟で、国を救えるはずもない。
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街灯の明かりが、後方へと流れていく。
「ここで停めろ」
「はい。……将軍は、これから何を……」
振り向いたフリーデは知っている。
この付近には、イルマの自宅程度しかないことを。
「君は、その問いの答えを、本当に知りたいか?」
フリーデは一瞬目を見開いて、すぐに顔を背けた。
「……いいえ。……ご武運を」
馬車の扉を開ける。
まだ、不可視魔法と消音魔法は使っていない。
理由はたった一つしかない。
人は、自分の信じたいことを信じる生き物だからだ。
その可能性が、限りなく無に等しく、その説を肯定することが、無謀に近いものだったとしても――
人は、僅かな希望にすがって、絶望から目を背けることが出来る。
深夜の街路に、人の姿はない。
窓から光が漏れる家すら皆無だ。
あの角を曲がったら、不可視魔法と消音魔法を発動させよう。
そうすることでフリーデは、彼女が止めることのなかった私の行動と、一人の人物の死に、絶対的な因果関係を見出さずに済む。
無感情に右折した道の先には、予想に反して人影があった。
目が合った瞬間、その者はこちらに向けて駆け始める。
「市長さん……!」
抱きついてきた身体を、突き放すように押し返した。
イルマの目の端から下に向かって伸びた水分の痕跡が、街灯の光を受けて煌めく。
「来てくれて良かった……!」
何故、そんな風に、信頼と安堵を含んだ表情で、笑うことが出来る?
私は君を、殺しに来たというのに。




