二十五話 標的
回転しながら宙に浮かぶ魔石の下には、連動して動作する魔法装置がある。
「フリーデ、この街に来た時、何か違和感を覚えなかったか?」
「違和感……魔力の回復が、ほんの僅かに遅くなった気がしました」
「ほう?」
「しかし、仇敵の屋敷で雇われるストレスによるものかと……実際に、数週間ほどで元通りになりました」
「違うな。原因はこの装置だ」
「これが、魔力の回復を遅延させていると?」
「正確に言うなら、魔力を吸引している。ごく少量ずつ、この瞬間もだ」
「魔力を集めて、利用する気でしょうか?」
「そうとは思えん。このやり方では、効率が良いとは言えない。魔力を奪うこと自体が目的だろう」
「しかし、これほど微量であれば、奪われても影響は少ないかと」
「標的は、我々のように豊富な魔力を持った上位の魔法使いではないのだろう。むしろ、感づかれぬように、吸収量を抑えている可能性が高い」
「下位の魔法使いから魔力を奪っても、それほど意味があるようには思えませんが……」
「これを設置した者の狙いは、おそらく魔法使いにすらなっていない、幼い子どもたちだ」
「子どもですか?」
「魔力は、肉体における筋肉と同じようなものだ。魔法を使うことでしか、鍛えられない」
「まさか……」
「そうだ。もし、身体を動かす筋力が、一切ない者がいるとしたら、その筋力をどうやって得る?」
「……自力では不可能です」
「この装置が一人から吸収しているのは、最下級の魔法一回分程度だ。これは、平均的な魔力の初期値に相当する」
「もし、最下級の魔法すら発動出来なければ……」
「本人も、周囲も『魔法の才能がない』と諦めてしまうだろう」
魔力の初期値は、才能の一種ではあるが、絶対の指標には成り得ない。
本人の努力や工夫、特性にあった魔法系統の使用などによって、いくらでも逆転出来る。
「そんな……」
「フリーデ、もしこれが、国中にあるのだとしたら、どうなると思う?」
「……魔法使いが、激減します」
魔法が使える人口が減れば、魔法使いの質も低下するのは必然だ。
「私は、魔法の使用を制限する法が、国民を魔法から遠ざけたのだと考えていた。だが、それだけではなかった」
「こんなこと、一体だれが……」
「我らの宿敵だろう。奴が国政に通じるほどの影響力を持ちながら、数十年間市長を続けていた理由も、王都を廃墟のまま保全していた理由も、これで分かった」
「……破壊しますか?」
「敵に『この企みを知った者がいる』と警戒されるのはまずい。事故に見せかけよう」
「はい」
氷柱のように天井から垂れ下がった巨大な岩を、魔法で断ち切る。
落下した岩は、赤い魔石に衝突する寸前、粉砕された。
粉々になった破片を弾きながら現れたのは、子供ほどの背丈の人影だ。
だが、それは人ではない。
「魔法人形……!」
「油断するな! 一体だけではないぞ!」
無数の魔法人形がいたるところから姿を見せた、。
それらは、フリーデが張った防壁魔法に覆いかぶさるようにして、叩き続けている。
「将軍! 破壊しても、よろしいでしょうか?」
「ああ。致し方あるまい」
面倒なことになった。
この状況では、事故を装うのは難しい。
フリーデが放った水魔法は、しかし魔法人形に当たると同時に打ち消された。
「魔法が、効かない!?」
「素材は魔封じの石か。小賢しい真似を」
「どうすれば……!」
フリーデにまとわりついた魔法人形を蹴り飛ばす。
最上級の魔法であれば、魔封じの石の許容量を越えて破壊することも可能だ。
しかし、それだとフリーデの防壁魔法まで打ち消してしまう危険性があった。
「端に行け。それと、防壁魔法を張り直せ。今のままでは強度に不安が残る」
「承知しました」
フリーデが命じた通りにしたのを確認して、魔法を発動させる。
降りそそいだ岩の氷柱が、魔法人形を打ち砕いていく。
全てが破壊されたのを確認して、フリーデに歩み寄った。
「後ほど小さな地震でも起こすか」
地震による落盤で魔法人形と装置が破壊された。
そうした筋書きを作ることが出来れば、我々がこの場所を発見したことを、隠蔽出来るかもしれない。
結果論ではあるが、魔法人形にフリーデの魔法が通じなかったのは、都合が良かった。
「お見事です。将軍」
「大したことはない。いずれ君も――」
言い掛けた口を閉じたのは、強大な魔力を感じたからだ。
「どけ!」
フリーデを風魔法で弾く。
強引に跳ね飛ばされたフリーデは、反対側の壁で背中を打った。
現在可能な最大の強度で、防壁魔法を巡らせる。
それでも、この攻撃を受け流せるか分からない。
これほどの破壊魔法は、今世のこの肉体で受けたことがないからだ。




