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二十三話 弱さ

「例の従士が訪ねて来たそうです」

「通せ」

「はい」


 フリーデがドアを開けると同時に、水色の髪が見えた。

「こんにちは! フリーデさん!」

「……どうも」


「市長さんは……あ、市長さんっ!」

 イルマが私の座る長椅子の方へと、どたばたと駆け寄ってくる。

 相変わらず、騒がしい娘だ。


「ごきげんよう。イルマさん」

 イルマは数歩のところまで迫っても、速度を緩めることはない。

 それどころか、こちらに向かって飛び跳ねた。


 私に抱きつくように着地すると、鼻を押し付けて、私の髪に顔を(うず)める。

 出会った日から感じていたことだが、この娘の最大の欠点は、礼儀を知らぬ馴れ馴れしさだ。

 それにしても今回は、度を越えている。


「……突然、どうなさいました?」

「やっぱり、昨日助けてくれたのは、市長さんだったんですね」


 フリーデと視線が合う。

 その言外の意志を、私は確かに受け取った。


 彼女は待っている。

 私が、この無遠慮な娘を殺せと命じるのを。


 この市長室にイルマが入ったことを知る者がいる以上、この場で殺すのは論外だ。

 だが、後ほどということであれば、検討せざるを得まい。

 いずれにせよ、何を知っているのか、確かめる必要がある。


「『助けた』というのは? 私には心当たりがございません」

「私、昨日誘拐されたんです。あ、これ本当は言っちゃいけないんですけど」

「そんな。ご無事で何よりです」


「えへへ。でも、見えない誰かが、助けてくれたんです!」

「……それが、私だと?」

「はい!」


「何故ですか?」

「市長さんと、同じ匂いがしました!」


 匂いだと? 馬鹿な。

 私は昨晩、かなり後方から魔法を使っていた。

 鎖を断ち切った後、私がいた場所を通ったとしても、血なまぐさいあの建物で、匂いを嗅ぎ分けられるはずがない。


「何かの間違いでは?」

「いえ、この薔薇(ばら)の香りは、絶対そうです!」


 薔薇の香水を使っていることは確かだ。

 だが、富裕層の女として不自然でない程度のごく少量しか使用していない。

 それを、あの状況で感知出来るのだとしたら、軍用の魔犬並に鼻が利く。


「それでしたら、やはりどなたかとお間違えになっているのでしょう。これは、市販の香水ですので」

「あ、そうなんですか! 良い匂いー!」


 イルマがまた私の髪に顔を寄せ始めた。

 面倒な小娘だ。


「これで、誤解は解けたでしょうか?」

「うーん、市長さんのこと、信じないってわけじゃないんですけど……」


「まだ何か、気がかりなことが?」

「私、捕まってる時、結構怖かったんです。殺されちゃうのかなとか」

「当然だと思います」


「それで、私が逮捕した人が部屋に入ってきて、もう駄目だー! って思ったんです」

「はい」

「でも、次の瞬間『市長さんが来てくれたから、もう大丈夫』って分かったんです」


 何の根拠もない、憶測(おくそく)ですらない感覚。

 普通なら、単なる錯覚(さっかく)と切り捨てるべきものだろう。


 だがイルマは、思考とすら呼べない道順で、真実にたどり着いている。

 そして、私があの部屋に入った際、この娘と目が合った気がしたのも事実だ。


 その時は、錯覚と切り捨てたが、誤りだとするならば。

 この魔力を一切感じさせない少女に、あるいは魔法の才があるのかもしれない。


 そうだとしても、やはり殺すべきだろう。

 私はこれまで、計画の邪魔になるものを、慈悲を持たず排除してきた。

 それが、私の選んだ道だ。


 だが一方で、イルマが私の計画の障害になるほどの力を持っていないのでは、という疑念も残る。

 彼女は既に、騎士団内で何の影響力も有していない。

 そのことは、騎士団に裏切られ、差し出されていた事実からも明らかだ。


 ならば、誰が信じる?

 何の証拠も残っていない匂いという曖昧な感覚と、さらに根拠の薄い、直感という主観。

 そんなものを根拠に、権力者である市長を公然と敵に回す者などいるはずがない。


 ……いや、私は結局、殺さない理由を探しているだけだ。

 ならば、もう考えるのは止めよう。

 必要な決断を、ただ下せば良い。


「あー! お菓子持ってくるって約束してたのに、忘れて来ちゃいましたっ! ちょっと取ってきますね!」

 入ってきた時と同じように、イルマがどたばたと部屋を出て行く。

 ドアが閉まると同時に、フリーデが視線を向けてきた。


「どうなさいますか?」

「……殺せ」

「おまかせを」


 フリーデの手がドアに掛かると同時に、無意識の声が出る。

「いや、待て……」


 これは、優しさなどではなく、単なる弱さだ。

 もしこれが、六十年前に祖国を滅ぼした甘さでもあるなら――


 今度はどうか、私だけを滅ぼしてくれ。

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