二十一話 虫の如きが、敵に変わる時
イルマの言葉に対し、どのような謙遜という形に繕った否定を返そうか考えていると、かすかな魔力を感じた。
それは、耳鳴りにも似た、ノイズ混じりの無機質な魔力。
「おい、何やってんだ!?」
そう叫んだのは、重機の作業を確認していた作業員だ。
「勝手に動いてんだよ!」
「とにかく一旦停止させろ!」
「出来ねえんだ! 魔力を切ったはずなのに、止まらない!」
狂ったように暴走した重機は、遺骨に向かう。
重機の突進を受けた遺骨の山は、砕けて、散って、粉のように舞った。
これは、あまりにも酷い。
遺骨を回収する度に、数を書き留めていた様子は見られなかった。
ならば、彼らが生き、そして殺された証として残った統計上の数字すら、曖昧なものになるだろう。
重機が間近に迫った時、私はフリーデを見た。
「フリーデ」
彼女は、待ち構えていたように頷く。
ほぼ同時に魔法を発動させた。
振り下ろされた重機の腕部分は、私の頭の上で止まった。
フリーデの防壁魔法が、我々三人を包んでいるからだ。
重機の腕部分が、一度振り上げられて、再度向かってくる。
それを数回繰り返すと、防壁魔法の下部が、地面にめり込み始めた。
この程度の物理的衝撃で、破壊されることはないだろうが、いずれ完全に地中へと埋まってしまうだろう。
「フリーデ、魔法で重機を停止出来ませんか?」
「可能です。乗っている作業員を殺してもよろしければ」
「それは許可出来ません」
「あのっ、この魔法って、今出ることは出来ませんか?」
このイルマという従士、自分だけ逃げ出す気か?
「後ろ側だけ解除することは可能ですが……」
フリーデの可否を求める視線に、頷きを返す。
「開けて差し上げて」
近頃の騎士にしては、良い目をしていると思ったが、どうやら見込み違いだったようだ。
しょせんは現代の腐敗した騎士団に属する者。
朱に交われば赤くもなろう。
「じゃあ、ちょっと行ってきます」
防壁魔法の外側から振り返ったイルマの目は、いまだ輝きを放っていた。
「……行ってくる?」
逃げ出すと判断していたイルマは、しかし重機へとまっすぐ向かっていく。
暴れ馬のように動き回る重機に飛び乗ると、扉を剣でこじ開けた。
イルマは、中にいる作業員を片手で引きずり出すと、そのまま抱えるようにして飛び降りる。
「市長さん、私やりました! フリーデさん、お願いします!」
身体能力もかなりのものだが、重機の爆音を超える声量とは、なかなか面白い娘だ。
「少なくとも、彼女に対する認識は、改めねばなるまい。……フリーデ、停止させろ。ただし、合法的な魔法でだ」
「承知しました」
作業員が乗っていた操縦室が吹き飛ぶと、重機は完全に停止した。
「フリーデ、あの重機が暴走する前、何か感じたか?」
「はい。微細な魔力を感じました」
「発生場所は分かるか?」
「申し訳ございません。大まかに、西の方としか」
「それだけ分かっているなら十分だ。西に並んでいる馬車の、奥から二番目だ」
「あの小さな魔力で、そこまで……。将軍に少しでも近づけるよう、精進いたします」
「君は筋が良い。いずれ祖父母を超えるだろう。その魔力を、もう一度振るってくれるか?」
「はっ。なんなりと」
「例の馬車の秘密を暴きに行こう。負傷者さえ出さなければ、多少強引でも構わん。理はこちらにある」
フリーデが防壁魔法を解除すると、イルマが駆け寄ってくる。
「本日助けていただいたのは、これで二回目ですね。お見事な救出劇でした」
「フリーデさんの魔法がなかったら、どうしようもなかったです! でも、魔法ってこんなに便利なのに、どうして騎士団は魔法使いを採用しないんですかね?」
この指摘は、本質を捉えている。
防魔装備などが存在はするが、それでも正騎士の魔法への対処には限界がある。
他国の魔法軍が侵攻してくれば、防衛など不可能で、今回のような魔法を使ったテロですら、彼らの対応能力を超えるだろう。
この状況を長年に渡り放置してきた政治家は、職務怠慢だったと言わざるを得ない。
あるいは国家に対する背信と言い換えても良い。
「それについては、私も疑問に思っています。魔法と言えば、フリーデが何か妙な気配を感じたそうです。一緒に来ていただけますか?」
「え! 妙な気配!? そんなのまで分かっちゃうんですか! フリーデさんすごい!」
「……いえ、私は大したことはありません。とにかく、こちらです」
「はーい!」
反対派の馬車へと近づくと、三人の男が行く手を塞いだ。
「そこで止まれ。ここは通行禁止だ」
「ここは公道です。通行を制限なさりたいのなら、法令に基づき、市長である私に、申請をご提出ください」
無論、そんな申請を許可する気はないが。
「法令なんか知るか!」
歩み寄ってきた男は、防壁魔法によって阻まれる。
「くそ、魔法使いか」
「先ほど言っていたのは、こちらの馬車でしたね?」
「はい、ルジェナ様」
「外からでは、よく見えませんね」
鍵の外れる音が聞こえると同時に、馬車の扉が開く。
フリーデの魔法だ。
「な、勝手に! 違法だぞ!」
違法に公道を封鎖する人間の言とは思えないが、公職に就く立場として、表面上の正当性は確保しておこう。
「私には、ひとりでに扉が開いたように『見えました』が、イルマさんはいかがですか?」
「はい! 私もそう『見えました』」
「やはりそうでしたか。ところで、この馬車にある機器は何でしょう?」
それは、魔法信号を遠隔で送る装置だ。
「これ、教科書で見たことあります! テロリストが使う妨害兵器です!」
道を塞ぐ虫たちよ。
今より貴様らは私の敵となった。
さして期待もしていないが、騎士団が捕らえ、法の裁きを受けるならば良し。
もし、そうでないなら、私がこの手で焼き払うだろう。




