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二話 恥知らずの老人

 魔力のこもった通話機が、緑色に発光しながら宙に浮かんだ。

 私はそれを掴みとって耳へと押し当てる。

 同時に喉に手を当てて魔法を発動させた。


「ヴァレーエフ家でございます」

 変声魔法をかけた私の喉が、この屋敷に仕えるメイドの声を発した。


『市長につないでくれ』

 受話器ごしに聞こえるのは、男の(にご)った声だ。


「失礼ですが、どちらさまでしょうか?」

『裁判所の者だと言えばお分かりになるはずだ』


 なるほど、あの老人か。

「承知いたしました。少々お待ちください」


 受話器をおいて、変声魔法をかけなおす。

 少し時間をあけて受話器を耳の方へと戻した。


「最高判事か?」

 私の喉が、今度は宿敵エゴール・ヴァレーエフの声を発している。


『はい。休日の夜分に申し訳ございません。市長』

「構わん。それだけ緊急の用件だろう?」


『緊急ではありませんが、真っ先にお伝えしようかと。……例の裁判ですが、無罪判決でほぼ固まりました』

「例の裁判?」


『ご友人の下院議員の収賄(しゅうわい)事件です』

「あれだけ証拠が揃っていて、よく無罪に固められたな」


『その証拠が消失しましたので』

「さすがだな、最高判事」

『六十年前の証拠の創作に比べれば、容易(たやす)いことでございました』


「……そうだろうな。ところで、六十年前のことだが――」

 これが、宿敵をまだ生かしておく理由の一つだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 悪趣味な美術品が並んだ部屋に入ると、男が一人座っていた。

 ポーションか治癒魔法の使用を怠れば、明日にも死にそうな老人だ。

「ようこそお越しくださった。ルジェナ様」


 その老人の背後に、鎧を(まと)った男が二人立っている。

 胸にある階級章から、彼らが国に仕える正騎士であることが分かった。


 二人の正騎士は、こちらを検分するように見たあと、身構えていた姿勢を正す。

 私は『護衛対象の脅威(きょうい)にはならない』と判断されたのだろう。


「突然お邪魔しましたのに、お時間をいただきありがとうございます。最高判事」

「ヴァレーエフ市長のご息女を追い返したとあっては、自分自身を有罪にせねばなりません」


 最高判事は、笑ってから続ける。

「一段と美しくなられましたな」

「いいえ、そんな。失礼いたします」


 最高判事が示した椅子に腰を下ろす。

 その瞬間、自分の胸のあたりに向けられた三つの視線を感じた。


 前世では知り得なかったことだが、男という生き物の大半は、己の視線を完全にはコントロール出来ない。

 だが、理性でそれを制御しようとする者には、まだ救いがある。


「あなたは覚えていないでしょうが、最初にお会いした時の乳飲み子が、これほど健やかに成長されるとは」

 その時のことは覚えている。

 今、私の身体を舐めるように見ている恥知らずの老人が、メイドの尻を触っていた姿を。


「お恥ずかしいところを、お見せしていなければ良いのですが」

「いやいや、実におとなしく品のあるお子でしたよ。それで、今日はどういったご用件で?」


「実は、お伺いしたいことがございまして」

「ほう? なんでしょうかな?」


「終戦後に行われた首都裁判についてです」

 にやついていた最高判事の顔が、わずかに強張(こわば)る。

「はて、六十年も前のことですから、この老いぼれた頭が覚えているかどうか」


「当時は、どのようなお仕事をなさっていたのですか?」

「たしか、戦争犯罪人の大罪の証拠を集めておりましたかな」


「小役人が、罪の捏造に加担した見返りに、最高判事まで上り詰めたわけですね」

「な、何を!? あなたのお父上から何か聞いたのであれば、きっと何かの間違いでしょう」


「先日の通話は、全て偽りだと?」

「お父上との話を、盗み聞きでもしていたのか!?」


「あなたが通話していたのは、私ですよ。声を変化させる魔法があることくらい、ご存知でしょう?」

「……魔法が使えたのか。目的は分からんが、殺すしかあるまい。だが、その前に……」


 最高判事の目配せで、正騎士二人が歩み寄ってくる。

 二人の男の口元もまた、最高判事と同様に、欲望が漏れ出すように歪んでいた。


 彼らの理性は、自己保身のためにのみ使われるということだろう。

 鎧を(まと)い剣を持っている以外、獣と大差ない。

 ならば、なんの遠慮も必要なかろう。


 肩を掴まれると同時に、小さく詠唱した。

「な、なんだこれは!?」

 叫んだ男たちは、指先から石へと変わっていく。


「正騎士の質も、ずいぶん落ちたものだ。防魔の備えもなく、魔法使いに触れるとは」

「死――」


 何かを言い掛けた口は、間抜けに開いたまま石化された。

「自ら腕を切り落せば、進行を止められただろうに。そんな気概すら失ったか。嘆かわしいな」


 最高判事は、まるで自分も石化魔法を受けたかのように、停止している。

 ようやく数回瞬きをして、話し始めた。


「どういうことだ!? お父上の指示か!? いや、そもそもお前は、ルジェナ嬢ではあるまい! きっと何かの魔法で……」

「私自身の意志だ。そして、この身体は、生まれ落ちた瞬間から私だ。貴様がメイドの尻を撫で回していた時の記憶もある」


 ゆっくりと歩み寄ると、最高判事はこちらを見上げてきた。

 欲望を含んだ視線は失われ、恐怖を(たた)えた目だ。


「も、目的はなんだ」

「この国に巣食う、害虫の駆除だ」


「こ、この国の秩序は、私が作ってきた!」

「忠義に厚い英雄たちを、戦犯に仕立てて得た、最高判事という地位でか」

「奴らは軍人だ! つまり、人殺しではないか! 殺人犯を死罪にしたに過ぎん!」


「彼らのほとんどは、我が友人と部下だった者たちだ。侮辱は許さん」

「友人と部下だと……? 何を言っている?」


「ありもしない罪を、事後に定めた法で裁いた。大罪人は、貴様らの方だ」

 詠唱を開始すると、手のひらに雷が生まれ始める。

 それらは、やがてまとまり、細長い柄と、その先端にある刃を形作った。


「雷の槍だと……まさか……いや、ありえん。ありえるはずがない! 六十年前に死んだはずだ」

「そのまさかだ。私は死後、貴様らによって、一級戦犯に認定された」

「雷公ブルクハルト・ヘルメスベルガー……!」


 最高判事の絶叫と同時に、雷槍を振り下ろした。

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