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十二話 自慢の娘

 飾りのついた華美な木戸を、静かに開く。

 その先に、エゴール・ヴァレーエフが座っていた。


「お父様、少しお時間をいただけますか?」

「ルジェナ、何かあったか?」


「記者の方々が、裏門まで大勢集まっていらして……」

「……奴らは遠慮というものを知らんのか! 寄生虫どもめ!」


 寄生虫は、貴様の方だ。

 国を民を、そしてこの街を食い物にしてきた蛆虫(うじむし)


「……それで、馬車が出せない状況です」

「そうか。今日はたしか大学に行く日だったな?」

「はい」


「絶対に出席しなければならない科目はあるか?」

「いいえ。先生方とは親しくさせていただいているので、事情はご理解くださるかと」

「それなら、今日は休みなさい」


「はい、承知しました。お父様」

「……お前にまで不自由な思いをさせて、すまない」


 『罪悪感』という言葉が、この男の中にあったのが驚きだ。

 だが、これは利用できる。

 感情は、時に人の判断を狂わすからだ。


「いいえ。……お父様は、何一つ、悪くありませんもの……」

 目から(しずく)(あふれ)れ出る。

 頬を伝っていくそれは、極小の水魔法だ。


「ルジェナ……! 私の可愛い娘を泣かすとは。あの記者ども、いつか必ず報いを受けさせてやる!」


 人はそう簡単には変わらないということだ。

 三流魔法使いは、六十年前と変わらず、わずかな魔法反応を読み取る力を持たない。

 そしてこの恥知らずは、事態の責任を、結局、他者に押し付ける。


 だが、己が行った全ての業が、巡り巡って貴様を地獄へと突き落とすだろう。

 それを今日、悟ることが出来るか?

 わが宿敵、エゴール・ヴァレーエフよ。


「……私は、あの音声が、お父様の声ではないと、信じています。そうですよね……? お父様」

「ああ、もちろんだとも。あれはきっと、私を憎む誰かが捏造(ねつぞう)したものに違いない!」


 ご名答。

 貴様を憎む私が作った。


「それなのに、あの記者の方々は、どうご説明しても信じてくださらない……」

「奴らは、事件があった方が儲かるんだ」


「私は、とても悲しいです。……大好きなお父様が、いわれのない中傷を受けているだなんて」

「お前が信じてくれるだけで、奴らの雑言など消し飛んでしまうよ。おいで、私の可愛いルジェナ」


「……私は、ずっと考えていました」

 宿敵に向け、雪のように白い手を差し出す。


「何をだ?」

 貴様をどんな風に殺すかだ。


「あの記者の方々に、納得していただくために、どうすれば良いのか」

 エゴール・ヴァレーエフの手が、私の手を掴む。

 この骨ばった男の手を吹き飛ばし、そこから溢れ出る血を最後まで眺めていたら、どんなに気が晴れるだろう。


「おお、それをぜひ聞かせてくれ」

 今すぐ死ねばいい。

 記者も民も、すぐに貴様を忘れる。


「市長を、お辞めになれば良いのです」

「はっはっは! それは名案だ! だが、市長として、まだやり残したことが沢山ある」


「それは、代わりの者におまかせになってください」

「代わりとは?」


「私です」

「ふっ、なるほど、お前が代わってくれるのか!」

「はい。名案だと思われませんか? 一般市民を、いつまでも非難することはできませんもの」


「ルジェナ、お前は本当に優しい子だ」

「ふふっ。もちろん、ほとぼりが冷めたら、市長職をお返しします」

「気持ちは嬉しいが、そう単純なことではないんだよ」


「では、この案は駄目でしょうか……?」

 宿敵を伏し目がちに見る。

 奴は困ったように首を振った。


「駄目ということはないが……そうだな。今再選を諦めれば、支援してくれる人たちに迷惑がかかる」

「それについては、ご心配なく。主要な支援者の方々とは、既にお話し合いが済んでおりますので」


「話し合い? どんな内容だ?」

「たとえお父様が出馬されるとしても、私の支援に回ると」


「ルジェナ、大人をからかってはいけないよ」

「からかってなどいません。お疑いなら、実際にお聞きになってください」


 通話する宿敵の半信半疑といった表情が、驚愕へと変わっていく。

 それはやがて、失望を経て、怒りにたどり着いた。


 三つ目の通話は、突如(とつじょ)として終わった。

 怒り狂ったエゴール・ヴァレーエフが、魔法で受話器を破壊したからだ。


 その怒りと魔力が、こちらに向けられることを、私に残った最後の感情が望んでいる。

 殺意を向けて来い、わが宿敵よ。

 そうなれば、何の迷いもなく、ひと欠片の慈悲も持たず、次の瞬間にも貴様を八つ裂きに出来るだろう。


 私の期待に反して、宿敵の手から魔力が消えていく。

 自らの欲のために、民と兵と王国を殺した男も、子殺しは出来ないらしい。

 ならば、計画通りに進めるしかない。


 失望を抱えたまま、歩み始めた。

 華美な木戸の前で振り返る。


「明日、私の出馬表明会見を行います。その場で、お父様の出馬断念も発表するか、一晩ご検討ください」

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