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07話「人類のために! 俺達の明日のために!!」


 ジュデッカの街の第一壁と第二壁の間。主に穀倉地帯が広がり街の食料生産を一手に担うその場所は今、多数の異形によって占拠されつつあった。

 地面から複数の巨大ミミズが顔を出し、その腹から様々な種類の異形を吐き出し続けているのだ。


「抑えろ! 絶対に通すな! 直に魔術師たちの魔術爆撃が来る!」


「クソッ! 地面の中から現れるなんて聞いてないぞッ!」


「うわあああああ! 腕が! 腕がぁぁあああああ!!」


「祈祷師はまだか! ──チッ、負傷者は一先ず第二壁まで運べ!」



 次から次へと溢れ出る異形。それに対し剣や槍、斧といった近接装備を持った戦士たちが陣形を組んで当たり、どうにか被害の拡大を抑えている。


 だが、状況は不利だ。

 常に地平の彼方から押し寄せる敵へと対処することに慣れきった彼らには、このような奇襲攻撃で、しかも事前の攻撃により数を減らされていない異形の群れと戦った経験はない。

 それでもどうにか集団戦闘の体裁を保てているのは、ひとえに普段からの訓練と、人類を守るという強い使命感の賜だった。


「隊長! 駄目です、押し返されます……!」


「諦めるな!! ここで止められなければ街はお終いだ! 意地でも守り抜け!」


 目前にまで迫る異形。絡み合うように触腕が振るわれ、それを打ち払えなかったものから順に捉えられていく。

 待っている運命は、死。触腕に捕獲されれば最期。そのまま円形のグロテスクな口に咀嚼され、防具ごと肉塊へと変えられてしまう。


「おい、止めろ! そいつを連れてくな!! そいつには生まれたばかりの子供が……チクショウ!」


「騎馬種が抜けるぞ! 止めろ! 脚を狙え! 今は殺すことを考えなくてもいい! とにかく時間を稼ぐんだ!」


「糞、糞、糞!! 出て行け! 出て行け! 俺達の街から出て行け! この世界から出て行け化物ァアああああ!!」


「許さない……! 絶対に許さない……ッッ!!」


 士気は未だ高い。が、戦士たちは慣れない状況に、次々と死んでいく仲間たちに、錯乱状態になりつつあった。

 突出したところから徐々に連携が崩れ、防衛線に穴が出来る。

 その穴を埋めようと誰かが無理をして、隙を突かれて殺される。


 状況は刻々と悪化していた。

 再生阻害の祈りを込められた武器は、確実にその真価を発揮し異形に癒えない傷を与えていくが、その再生力を完全に奪ってしまうわけではない。

 本来は傷を与えて行動不能にした上で、切り刻むなり両断するなり魔術師の範囲攻撃でまとめて消し飛ばすなりするのだ。

 圧倒的な数に攻められ、後方支援の欠けている今、一方的にダメージを蓄積しつつあるのは人類側だった。



「駄目だ……っ! 仕方ない、ここは放棄する! 全員第二壁まで──あれは……っ!」


 現場を指揮する隊長が退却指示を出そうとした矢先、空に赤い光の玉が上がった。

 魔術師隊の攻撃合図だ。


 戦士たちの顔に喜色が宿る。


『こちら魔術師隊。遅れてすまない。デカイのが行くぞ、気をつけろ』


「下がれ! 魔術爆撃が来るぞ!」


「やった……! これで奴らもお終いだ! やっちまえ!!」


 空から太陽が落ちる。

 そう比喩出来るほどの熱量が、異形の群れの後方、巨大ミミズが密集する地帯に炸裂した。

 間髪入れずに投石機から魔術を込めた噴進魔石が雨のように投射され、魔導砲台からは山なりの魔力榴弾が擲射される。


 地面を揺らすほどの衝撃。鼓膜を破るほどの爆音。

 それらを至近で受け、余波で少なからず負傷をした戦士たちはしかし、高らかに笑い声を上げていた。


「ウォォォオオオ!!」


「あっはははは!! やった! ざまぁ見ろ!!」


「人類万歳! ジュデッカ万歳!」


「流石の火力だ! 後で一杯奢って────」


 爆炎の起こした土煙が晴れる。

 そこには肉塊となったおびただしい数の異形の死体と、その山を乗り越えて(、、、、、、、、、)なお迫る異形の群れ(、、、、、、、、、)

 後方で異形を吐き出し続けていた巨大ミミズ型異形たちはその殆どを魔術爆撃で潰されていたものの、それがどうしたと言わんばかりに次々と地面から後続が飛び出している。

 地面という巨大かつ強固な遮蔽が盾となり、異形たちを輸送しているミミズへ攻撃が届いていないのだ。


「だ、駄目だ! 効いてねぇ……いや、効いてるがきりがねぇ!」


「狼狽えるな! 落ち着いて隊列を組み直せ! 同じことを繰り返せばいずれ奴らも尽きる! 味方の増援だって来る! 時間は我らの味方だッ!」


「隊長……! しかし、これでは……っ」


 先程までは異形の出現地点がほぼ一箇所であったため、どうにか半包囲にもちこめつつあった。

 しかし、異形の第二陣は適度に間隔を開けて現れており、包囲どころか戦線の維持すら困難になりかねない状況だ。


 無論、この場を放棄して体勢を立て直すという手もある。

 だがそれは同時に第一壁の放棄を意味しており、第二壁の外側については諦めてしまうという選択になる。

 家があり、畑があり、人が居る。間違いなく、人類にとって大きな痛手となるだろう。


 隊長である男は悩んだ。

 本来彼はそのような重大な決断を下す立場ではない。

 たまたま一番近くに居て、たまたま一番階級が高くて、たまたま指示を仰ぐだけの余裕が無かっただけだ。



 迫る触腕を切り落とす。

 盾で異形の体当たりを受け止める。

 何百回、何千回と繰り返し身体に染み付いた動き。


「駄目だ、囲まれる……っ!」


「もう矢が無いぞ!」


「魔石も少ない! 全滅する──!!」


 周囲の声が徐々に悲痛なものへと変わり始める。

 隣に居たはずの副隊長は、いつの間にか異形に喰われていた。

 普段から馬鹿を言い合う旧友は片腕が無くなっており、見込みがあると思っていた新人は全身からおびただしい量の血を流している。


「──────!!」


 彼の頭が怒りに燃えた。

 怒髪が天を衝き、全身に力が漲った。滾る血が鼓動を早め、頭から冷静さを奪っていく。


「総員────」


 突撃。死ぬまで戦え。

 そう言ったつもりだった。


「────防御を固めろ! 後退しつつ魔術師隊の第二射を待て! それを合図に撤退だ! 目くらましに使えそうなものは温存しておけ! ……みんな、絶対に死ぬな!!」


 が、ここに来て彼の理性は感情を超えて冷静な判断を下した。

 死を恐れず、死を乗り越えて戦い抜くことが勇気か?

 否。死から逃げて、復讐も投げ捨てて、最期まで効率よく自分という資源を消費することこそが、真の勇気だ。

 少なくとも隊長はそう考えた。



 生まれた頃より常に不足を経験し、一歩踏み外せば人類が絶滅してしまうという状況が彼らの日常。

 故に、【数】こそが最も尊ぶべきであり、最も守らなければいけないもの。


 そうでなければ強制的に【数】を消費するクリフォトをこうも使い渋ったりはしないだろう。

 今のこの状況だって、いくらかの土地と人口を諦めればクリフォトの一射でほぼ片がつくのだ。

 無論、それは百を救うために百を生贄に捧げるような本末転倒ではあるのだが。


「了解! この命、無駄にはしません!」


「死に急ぐなよ、ここが煉獄だ!」


「聞いたな? 死ぬのは禁止だ! 死んだやつは後で便所掃除だ!」


「人類のために! 俺達の明日のために!!」


 戦士たちの雄叫びが響く。

 客観的には虚勢でしかないそれはしかし、何よりの現実味を持って戦場を揺るがした。




 一分、二分、三分──永遠とも思える時間が過ぎていく。

 いつ来てもおかしくない。もう来てもおかしくない。

 そう考えながら何度魔術爆撃が異形を吹き飛ばす光景を幻視しただろう。


 ……いや、彼らも本当はわかっている。

 魔術爆撃は既に何度となく行われ、後方のミミズ型異形を叩き続けているのだと。



 無限を錯覚するほどに湧き続ける異形を止めるには、その発生源を潰すのが一番。溢れた異形は前線の戦士に足止めさせればいい。

 状況が強いた結果ではあるものの、飽和寸前の戦況を前に彼らは事実上の捨て駒にされていた。


 これが必要と分かった上ならばそれでいい。

 しかし現状はどうだ。彼らに犠牲を強いているのは人類ではなく異形だ。

 これでは(いたずら)に【数】を消費しているだけではないか。


「救われねぇなあ……」


「嘘だ! こんなの嘘だ……っ」


「このまま全滅します……何故です、神よ!」


 隊長の頭上に触腕が振り上げられる。

 これは、無理だな。と、勘と経験が告げた。


 心を落ち着かせ、最期の瞬間に備える。

 あっけないものだ。せめて、少しでも自分達の戦いが人類の為となっていればいいのだが────。



形態(モード)、タレイア速射砲──展開(セット)。照準の半分はミュゼスちゃんがやります! アルファちゃん、ぶちかましちゃって下さいっ!!』


 聞きなれぬ声に疑問を覚えるが先か、戦士たちの眼前が青い魔力光に覆われたかと思うと──そこには、跡形なく消し飛ばされた(異形の群れ)と、舞い降りた一人の天使の姿があった。


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