06話『それで潰れるのだけは許しませんよ?』
手にした杖から砲撃を放つ。
莫大な魔力の塊であるそれは一撃で命中した異形を粉砕し、その余波を以って周囲の異形をも損傷させた。
『いいですよーアルファちゃん。その調子です!』
貧血にも似た命を吸い取られる感覚。
失いそうになる意識を繋ぎ止め、次へと狙いをつける。
「ミュゼスちゃん……次、徹甲ッ!」
『はいはーい! 形態、メルポメネ徹甲砲──展開!』
口の中で血の味がする。
これくらいは大丈夫だ。度重なる調整で、私は多少の無茶をしても死にさえしなければ大丈夫ということは分かっている。
初めは魔力が使えないと嘆いたものの、蓋を開けてみれば逆だった。
私は、死ぬ寸前まで魔力を使っても、決して死なないのだ。
後から後から湧き出て有り余る魔力が、私を生かし続けてくれるのだから。
トリガーを引くように右手に力を入れ、魔力の徹甲弾を放つ。
紫色の魔力が、4体の異形を貫いた。
『最終ウェーブですよ! 頑張って頑張って!』
質量を持ったホログラムが、150mほど遠くへと無数に現れる。
……手足の感覚が無くなってきた。そろそろ限界かもしれない。
あまり無理をすると体の一部がその機能を止め、取り返しがつかなくなる。決着を急がねば。
「榴弾、二倍……!」
『ポリュムニア榴弾砲、二倍起動! ……あのー。一応モニターはしてますけど、あくまで訓練ですから、きつかったらいつでも止めますからね?』
「問題、無い……っ!!」
返答と共に二発の魔力榴弾を同時に異形の群れへと放つ。そのままミュゼスちゃんを通して遠隔操作。適切な位置で子弾へ分割、一網打尽にする。
本来数百メートルを攻撃範囲とするような榴弾だ。操作を誤れば、その時点でミュゼスちゃんが自動的に防御障壁を起動。私は魔力不足で意識を失ってしまうだろう。ミスは許されない。
爆炎が晴れる。
撃ち漏らしは5体。魔力に余裕はない。近接装備を起動し、接近する。
『……発破をかけたのはミュゼスちゃんですけど。アルファちゃんちょっと、頑張り過ぎといいますか、生き急ぎすぎに見えますよ?』
生き急いでいる? そんなことはない。絶対に有り得ない。
一匹。二匹。
最小の動きで異形を切り裂く。
『というかですね、いくら休んだら回復するということが分かったからって、平気で死ぬ寸前まで踏み込んでいけるのは人工妖精的にちょっとドン引きです』
三匹。四匹。
……別に、死ぬ寸前まで踏み込んでいるつもりはない。
これはあくまであの時の大規模襲撃を想定した訓練だ。こんなところで後に尾を引くような消費をするわけがない。
まだ、腕も動くし足も動く。壊死して切断しなければいけないということもない。
それに。
「私は────生きたいから……っ!」
五匹目を正中線から真っ二つにした。
……終わった。乗り越えた。私は大丈夫。戦える。
安心して思った直後。
「うっ、うぇ……」
思い切り吐いてしまった。情けない。
血は出ていないし、大丈夫だとは思うけれど。それでも女の子的には大ダメージだ。ミュゼスちゃん以外誰も見ていないのが幸いか。
『魔力の使いすぎですねえ……内臓が駄目になる直前で止める、その寸止めコントロール技術は大変素晴らしいと思いますけど。人間として身に着けて良い能力なんでしょうかね、それ』
ミュゼスちゃんがベッドを出してくれたので、横になる。
口を濯ぐ余裕も、体を流す余裕も今はない。
『死にたくない、でも死へ飛び込むことは恐れない。その人間的論理矛盾は、人工物であるミュゼスちゃんにはまるっきりの理解不能ですけれど……貴方の魂がそういう形であったからこそ、あるいは神様もアルファちゃんを起こしたのかもしれませんね』
……たぶん、そんなことは無いと思う。それは私を買いかぶりすぎというものだ。
私はただの生きたがりな女の子。
ちょっと、戦わなければ明日が無かっただけ。
瞼の裏に女神さまの泣き顔が浮かぶ。
誰よりも優しいあの神様は人間を愛し、愛しすぎて、慣れない方法で人間を救おうとしていた。
そしてそのせいで、女神さまは大量の力を使い、死にかけるほどに弱っていた。
決して口にはしなかったけれど、二度対面した私にはわかる。
「私のためだけじゃなく、女神さまのためにも。この世界に生きる全ての人達のためにも、半神の魔力と最強魔砲を手に入れた私が頑張らないと」
『ミュゼスちゃんはそれを生き急いでいる、と定義しているんですけどね。何がそんなにアルファちゃんを突き動かすのかは分かりませんけれど、それで潰れるのだけは許しませんよ?』
ミュゼスちゃんが私を叱る。
こういうときのミュゼスちゃんは、少しだけ機械的になる。
私を上手く管理し、一秒でも長く戦えるようにしようとする人工妖精としての本能なのだろう。
「大丈夫だよ。私は最後まで戦い抜ける。そのためにこうやって、貴重な時間を使って自分の使い方をみっちりと練習したんだから」
今回の模擬戦は、いわば卒業試験だった。
曰く。これを乗り切れるのならば、接近前の迫撃砲撃、対空砲撃、狙撃砲撃と合わせて、大規模襲撃をどうにか凌ぐことができるだろうとのこと。
ここまで一ヶ月近く。幸い外は平和を保っているようだが、いつ次の襲撃があってもおかしくはない。回復次第すぐにでも外へと向かうべきだろう。
『転送魔法装置の準備は完了しています。ですが、外には出られても中に戻る手段が失われて久しいため、一度出ると中には戻れないものとお考えください』
過去複数の時代を跨いでの最高研究施設なだけなことはあり、ここの設備や備品、保管された品々には目を見張るものがある。
それらを持ち出したり利用したりできないというのは非常に勿体無いことのような気もするけれど。施された封印が複雑過ぎたり使用方法が不明だったりと、そもそも持ち出せるのか役に立つのかが不透明なのだから仕方がない。
危険物の類も沢山あるらしいし、触らぬ神のなんとやらだ。
しばらく休んでいると、なんとか動ける程度には身体が回復してきた。
たとえ魔力がまともに使えなくとも、最強であるべくして作られた私の身体は本当に丈夫で回復力も高い。
身体を起こし、ふらふらとした足取りで巨大実験室を後にする。
落ち着いてくると、途端に口の中と全身が気持ち悪くなってきた。
洗面所で口を濯ぎ、シャワールームで汗を流す。
……服を脱いで目視で確認すると、身体の至る所がほんの少しだけど黒ずんでいた。壊死の兆候だ。あまりいいものではない。
指でそっと撫でて、大した問題ではないことを確認する。
それから目を閉じて、少し集中。身体の中の魔力配分を調整して、再生を促した。
この分だと一晩もあれば肉体的には万全に、魔力的には2、3日もすればなんとかもう一度今回と同じ規模の戦闘ができるようになるだろう。
何なら今すぐと言われても、無理の仕方次第ではそれなりに戦えそうなくらいだ。
『──アルファちゃん。お取り込み中のところ失礼します。只今、異形の奇襲攻撃を確認しました。観測装置の時間遅れのため被害規模は未確認。すぐに出ますか? 回復を優先しますか?』
更衣室に置いたミュゼスちゃんからの声が聞こえるや否や、私はシャワールームを飛び出した。
頭が思考するより早く、体が動く。
「勿論。すぐに行こう……!」
タイミングとしては最悪に近い。
だが、外に出るのを先延ばしにして訓練を優先したのは私の判断だ。
外の人達が独力で撃退できそうな小規模襲撃ならともかく、今起こっている攻撃はミュゼスちゃんが緊急報告をしてくるくらいの規模。
そんな局面で、魔力切れのため救援に行けませんでしたでは格好がつかないし、何より無責任だ。
私は髪や身体を拭くのもおざなりに、急いで衣服を身につけ最強魔砲片手に通路を駆けた。