03話『とまあ、これが現在の外の状況ですねえ』
荒野が広がっていた。
空に昇る太陽が照らす景色はその殆どが土か岩の色をしており、辛うじて森と呼べるものが2、3箇所残るばかり。そのどれもが青々と茂っているとは言えず、終末の波濤になんとかしがみついているといった様子だ。
空気は乾燥し、流れる川もどことなくその色を淀ませている。
そこはまるで人の住む母なる星ではなく、どこか遠くの異なる世界のよう。
そんな荒涼とした大地に、3重の壁に囲まれた巨大都市があった。
中央に天を衝く塔を抱え、壁と壁の間には森や畑、果ては鉱床までもが整備されている。都市が必要とする全てを自給し、全てを再利用。その都市では、ありとあらゆるものが自らの内で完結していた。
コロニーの完成形。ほぼ完全な閉鎖循環環境。
それが──人類最後の都市、ジュデッカ。
第一壁、第二壁、第三壁に守られた、地獄の中心である。
そんな最終防衛都市に、地平線の彼方より迫り来る幾千幾万もの影があった。
地面を這いずるように動くもの。いくつもの小さな突起を動かし高速で動くもの。四本の足で駆けるもの。翼を生やし空を飛ぶもの。
それら全てに共通する──無数に生えた触腕と、凶悪な歯に縁取られた巨大な口、そして生皮を剥いだかのようなグロテスクな表皮。
奴らこそが、人類を脅かす異形。異界からの侵略者。
大地を埋め尽くし。空を埋め尽くし。圧倒的な質と量を以って人類を圧殺する、異なる生命の系統樹。
このまま放置すれば一夜と経たぬ内に防衛線を食い破り、人類を一人残らず駆逐してしまうことだろう。
不意に、都市中央の塔に灯が灯る。
莫大な魔力が筋となって、まるで巨大な杖のような塔を駆け上る。
黄金色の光輝はやがて先端部付近の巨大魔石に集まり収束し、小さく弾けて光の環となりそのまま外周部を回転、加速していく。
やがて、2つ3つと増えた環が最大限に輝き────。
*
『とまあ、これが現在の外の状況ですねえ』
「戦闘中じゃない! 大丈夫なの!?」
塔の光で眩んだ眼が痛い。
私は今、魔法の杖のミュゼスちゃんに頼んで、現在の外の様子を見せてもらっていた。
『あの塔を使いましたし大丈夫でしょう。それにこのホログラム、現在とは言っても結構時間遅れしてますよ? 経年劣化で装置も完全ではないですし』
確かにクリフォトなるあの塔は凄かった。
ピカッと光ったかと思えば、次の瞬間には異形の大半が文字通り消し飛んでいたのだから。
「あんなものがあるのなら、別に私、要らないんじゃないかな……?」
そう考えてしまうくらいに圧倒的な光景だった。
世界を覆い尽くさんばかりの異形を見たときには、ああ確かに人類詰んでるなあと思ったものだけれど、今の感想はその真逆だ。
追い詰められてこそ居るものの、人類結構頑張ってない? と。少なくとも、女神さまが諦めるほどかな、と疑問に感じるくらいには。
勿論現実的にはあのまま守っているだけだとジリ貧なんだろうけど。
今でもほら、残敵の掃討に戦士っぽい人とか魔法使いっぽい人とかが打って出てるし。目立った犠牲もなく戦果上げてるし。
『……クリフォトは一発撃つだけで多大な犠牲を強いる欠陥兵器ですからねえ……あの一射で恐らく、都市は多くのものを失ったことでしょう』
言うミュゼスちゃんの声がほんのりと暗い。……あれは本当に、どうしようもなく追い詰められたが故の最終手段だったということか。
であるのなら、人類に残された時間はやはり少ないのだろう。
『兵器であるミュゼスちゃんとしては異形どもがぶっ飛ばされてて愉快爽快なんですけどねー。でもほら、人類を守るのもまた存在意義ですし? 微妙に複雑な気持ちかも? 人工妖精的に考えて』
ミュゼスちゃんはそんなことを軽快に話す。異形を倒す、人類を守る。人工物である彼女にとってはやはり、そんな存在意義の全うこそが至上目的なのだろう。
「……私なら、もう一度あれだけの数が襲ってきても大丈夫なんだよね?」
最強を自称する砲撃杖に問う。
クリフォトなる塔の強力な攻撃に限りがあるというのならば、私がなんとかしなければいけないということ。
それこそが、女神さまが私に頼んだことなのだろう。
『当然です。可変式砲撃杖はその為に作られ、α-4Eは、その為に生み出されたのですから』
自信満々に胸を張るかのごとく輝きを放つ長杖に自然と手を伸ばす。真鍮のような鈍い黄金色に、指が触れた。
ひんやりとした感覚が、初めて触るはずなのになぜだかしっくりと馴染む。
『おおう……これがアルファちゃんの魔力……流石デミゴッド、まじぱねぇです』
手の中で器用にもぷるぷると震えるミュゼスちゃん。
これから相棒となる存在であろう彼女に喜んでもらえるのはいいことだ。
「早く外に出よう。間に合わないかもしれないけれど、ほら。まだ戦ってる人が居る」
この施設のずっと上の様子を映し出したホログラムを指し示す。
例の異形どもはその数を大きく減らしては居るものの、未だに掃討戦とでも言うべき戦いは続いていた。
『ええ。ええ。そうですね。行きましょう行きましょう。すぐに地上に出て、異形を殲滅しましょう────と、言いたいところですけれど』
歩きだす私を制止するミュゼスちゃん。
『アルファちゃん。流石にそれは早急というものです。確かに理屈の上では、アルファちゃんはすぐにでも戦えるはずですけどね? まずは試験からですよ。性能試験から。実証もせずに実戦に出て、何かがあったらどうするのです』
それは、確かにその通りかもしれない。
言われてみればちょっと気が逸りすぎた。
映像とは言え、眼の前で行われた人類の抵抗の熱気に当てられてしまっていたようだ。
『現在の人類の戦力がどのくらいなのかは分かりませんけれど、クリフォトで大方薙ぎ払ってますし、見たところ掃討戦はかなり有利に進んでいます。であるならば、ミュゼスちゃんたちがすべきは次の襲撃に備えて万全の状態で地上に行き、速やかに現地の反抗勢力と合流すること。違いますか?』
そう、作られた知性体らしく冷静にミュゼスちゃんは言う。
明るくテンションの高い性格かと思っていたけれど、本質はやはり兵器ということか。
「……そうだね。確かに私は焦っていたかも。早く行かなきゃ。あの人達を助けなきゃ。滅びを回避しなきゃって──そんな大それた事、いきなりできるわけないのに」
私の中で一番強い思いはやはり、女神さまに逢ったときに抱いた「生きたい!」という強い思いだ。
だからこそ私は、それなのに私は、生きるために戦う人達に協力してこの世界の死を回避しようと生き急いでしまった。これでは本末転倒だ。
『ご理解いただけたようで幸いです。────それでは、実戦形式の性能試験へレッツゴー!』
ちょっと待って! 今なんて言った!?
*
ドーム状の広い空間。
まるで闘技場のようなそこは、出力を絞ればいくら暴れても平気な巨大実験室だという。
魔力により質量を得た立体映像と戦うことのできる、文字通り実戦形式の試験場だ。
そんな試験場の中心付近で私は、杖の先端から光の刃を出し長槍となったミュゼスちゃんを構え、異形と向かい合っていた。
兵器らしく知識は刷り込み済みというわけか、どう構えればいいか、これからどう動けばいいかなどは自然に理解できた。
「ところで、聞きそびれてたんだけど」
『なんです?』
「どうして近接戦?」
僅か数メートル先には魔力によって再現された異形が居る。
体高は二メートルほど。寸胴で芋虫のような身体で地面を這いずり、六本の触腕を振り回し、その大きな口で噛み砕く異形。
曰く、これが最もオードックスなタイプの異形らしい。これ以外は全て、時と共に増えたバリエーションだそうだ。
『逆に聞きますけれど、分類としては魔導砲兵になるアルファちゃんが、スタミナを切らしてこの距離まで詰められたらどうするんです?』
砲兵に敵が攻撃できる時点で詰みだ。とか、そうならないための砲撃杖では。とか、生意気な返答が幾つか浮かんだけれど、いざという時に近接対応ができるということに不満があるわけではないので、言い返しはしない。
『それにミュゼスちゃんの知らない亜種もまた増えてるみたいですし? 色々可能性を考慮しておいたほうがよろしいかと』
ミュゼスちゃんの声を聞きながら、数メートル先の異形に集中する。直径20cmはあろうかという触腕。あれに当たれば、いくらミュゼスちゃんが自動で防御をしてくれても、一撃で体勢を崩してしまうだろう。
そうなったら一巻の終わり。捕まってモシャモシャされて人生終了だ。
勿論、これは試験だからいざとなったらいつでも停止できるのだけれど。
『そろそろ動かしますよ。準備はよろしいですね?』
体が熱い。
極度に集中をしているせいか、僅かな頭痛がして視界が歪む。
長槍を握る手は焼けるようで、まるでそこから命が吸い取られているかのようだ。
しなる触腕が振るわれる。対する私の動きはあまりに緩慢で────。
『アルファちゃん! 避けてください! 回避回避ー!』
声に反応して反射的に身体が動いた。
地面を蹴って上方へ回避。ミュゼスちゃんの補助でその動きは何倍にも拡大され、一瞬にして私は数メートルの高みへと到達する。
『次が来ますよ! 頑張って頑張って!』
空中に居る私を狙う二の触腕三の触腕。それらを蹴り、やや危ういバランスで四の触腕に着地。そのまま駆けて一直線に本体を目指す。
「────……っ!」
そうはさせまいと迫る五、六の触腕を光の刃で切断する。ちらりと見えた断面が泡立ち復元を始めていたけれど、遅い。
銀線が閃き、私の長槍は過たず異形を両断した。
『素晴らしいです! パーフェクトですよパーフェクト!』
何かが聞こえるが、今の私はそれどころでは無かった。
吐き気が酷い。熱病にかかったかのように全身がだるく、火照っている。
傍目には余裕の勝利に見えたのかもしれないが──今のは、刷り込まれた知識が勝手に身体を動かしただけのことだ。
現に私の意識は、今も朦朧としている。
『これだけ動けるのなら近接戦闘は問題ありませんねー。じゃあちゃっちゃと、本命の砲撃に行きましょう砲撃に。──魔砲の極地、お見せ致しましょう。なんちゃって』
待って欲しい。
と、口に出す気力も無かった。
視界が暗くなる。
足に力が入らない。
右腕から感覚が無くなり────。
カラン。
ミュゼスちゃんを落とすと共に、私の意識もまた闇の底へと落ちていった。