20話「それが、世界の勝利であり人類の勝利だからだ」
ストックに追いついてしまったため、以降は不定期更新になります
一週間後。私とベアトリーチェの間にあった僅かにギクシャクとした感覚もなくなり、今日もいつものように一緒に街へと出てきていた。
無くなってしまった左腕は、戦闘の邪魔にならない義手がすぐには見つからず、仕方なく肩をケープで隠している。
人間の腕というのは意外と重いもので、いざ無くなると初めはバランスを取るのに苦労した。だが、今となってはいくらかの訓練と、今も左側についてくれているベアトリーチェのお陰で支障なく日常を過ごせている。
最初の頃は、負傷を見せびらかすように街へと繰り出すのはいかがなものかと悩みもした。
だが最終的には、引きこもるよりも元気な顔を見せたほうがいいという結論になった。この街では四肢のいずれかを失った人など珍しくはない。勿論『天使』である私の左腕が、というのは多少目立ったけれど、数日の内にそれも落ち着いた。
「我らを守りし~守護の盾、聖者の左腕~」
いつもの詩人おじさんが、相も変わらず対して上手くもない弾き語りをしている。
……時事に合わせてどんどんと歌詞を変えてくるのは凄いけれど、恥ずかしいから本当にやめてほしい。
「いつにもまして活気に満ち溢れておりますわね」
「うん。一週間経つからね。そろそろ次がいつ来てもおかしくない」
要塞種の撃破に成功後、街はその傷を癒やす暇すら惜しんでフル稼働している。
巨人を始めとして現れた数々の新種異形に対する対抗策を急ぎ研究し、開発し、配備しなければいけないからだ。
現在最優先で行われているのは、要塞種の腐肉に特に有効と認められた特殊焼夷魔力弾の模倣と量産。そして異形の遠距離武器である肉針の解析と、それに対する有効な防御手段の確立である。
「……そうではありますけれど、わたくしの言いたいことはそうではありませんわ。──ほら、皆の表情を見てご覧なさい。状況は絶望的だというのに、誰ひとりとして明日を諦めてはいませんわ。……わたくしは、そんな街の一員であることがとても誇らしい」
言われて周囲を見渡すと、確かにその顔は明るく活力に満ち溢れている。
そんなことにも気が付かないほど、私は余裕が無くなっていたのだろうか。
「心配せずとも、対策は順調に進んでおります。何しろ一度撃破に成功したのですから。仮に前回と全く同じ襲撃があったとしても、アルファに頼らずともどうにか人類は対処できますわ」
私の表情の変化を読み取ったのか、ベアトリーチェがそう言った。
確かに、既存の技術の解析と模倣に特化している第四紀ならばそういったことは得意だろう。そうでなければ生き残れなかった。
無論最後のとどめにはクリフォトを使うことになるだろうが……それでも、最悪独力での対処ができるというのは大きい。
「だから、一人で抱え込まないでくださいませ。わたくしたちは皆アルファと共にあります。貴女が今一番やるべきことは、戦いを忘れて心と体を休めること。何でもすぐに自らの戦いへと繋げてしまうのはよくありませんわ」
ベアトリーチェの言うことは最もだ。私はこの街の最大戦力。いつでも最大のパフォーマンスを発揮できるように……いや、この考えがそもそも良くない。
彼女の助言に従い、この世界に生きる一人の女の子として日常を満喫し皆のように街へと貢献することにしよう。
ツンとした顔が「本当にわかっておりますの?」とでも言いたげな目でこちらを見ている気もするけれど、私一人だけ休んで遊んでいるというのも悪い気がするし、何より毎日のお手伝いは私の日課となってしまっているのだ。
そう考えながら街を歩く。
ベアトリーチェは何も言わずに私の左に並んでついてきてくれていた。
*
異形の支配する荒野に、世界を震わせるような咆哮が響く。
腐肉の巨人よりも尚大きな体躯。筋繊維の一筋一筋が異形の触腕によって構成された、おぞましくも力強い四肢。
大地を支配する獣のように四足で立ちながらも、その背には天空を支配するような巨大な翼。
血管を編み込んだような冒涜的造形は、まるでこの世全てを包み込むかのよう。
全身からはドス黒い体液と霧を絶え間なく放出しており、それはただそこに存在するだけで世界を汚していく。
巨大な頭部の上半分は光を吸い込むような歪んだ漆黒の球体で、その向こうにはひと目で理性を狂わせるような異世界の光景が広がっている。
────ドラゴン。
人類はこの異形をこう呼称するだろう。
恐怖の象徴。力の具現。
おとぎ話の存在であるはずのそれこそが、門種を呼称するのに相応しい。
異界との接続点そのものである異形の竜が今、敵と見定めた人類最後の希望を打ち砕かんと侵攻を開始したのだ。
周囲には複数の要塞種に、万を超える強化異形。
正に、異形の総攻撃。
この世界の神の創り出した希望が、一撃必殺の鋭さで異界を打倒し得ると本能で理解しているが故の速攻。
奴らにとって彼女は、一刻も早く排除したい最後の障害なのである。
そうでなければ異形は門種を前面に出すこともなく、ただの作業として人類最後の都市を滅ぼしていただろう。
希望であるが故に異形の本気を引き出してしまい──そして同時に、付け入る隙を見出すことにもなったのだ。
此処から先が人類と異形の最終決戦。
まともに戦えば人類の敗北は必至。
唯一の可能性は、接続点を破壊し、異界の影響を無くしてしまうこと。
それさえ達成すれば、後は世界の復元力によって弱体化した異形を掃討するだけで全てが終わる。
世界と人類の命運をかけた最後の戦いが、始まろうとしていた。
最弱少女と最強魔砲の終末戦線の終わりは、近い。
*
「────以上が、遠見の魔術師がもたらした情報だ」
関係者の集まる緊急会議で、ウェルギリウスさんが言う。その表情はいつになく真剣だ。
「尚、その光景を直接見た者の内三名は目から血を流して死亡。一名が脳から触腕を噴き出して死んだ。残りもどうにか伝えることを伝えるとそのまま昏睡状態に陥った」
室内がざわめく。異形にはその支配地域を同化し侵食する能力があるが……それの、極端に強力なものだとでもいうのだろうか。
『これは推測になりますが、門種の頭部に映し出されているという異世界の光景──これが原因でしょう。既知の世界とはまるで異なる常識を識ってしまえば、知識と現実の差異に精神が耐えられず崩壊してしまうのは道理。まかり間違って適応でもしようものなら、その先に待っているのは異形化です』
ミュゼスちゃんが補足する。
ついに現れた門種は、正に異界との接続点に相応しくそれだけの侵蝕力を持っているようだ。
私なら恐らく魂自体の強度とミュゼスちゃんの防御でどうにか戦えるだろうが……見ただけで、というのは人類にとって非常に厳しい相手と言わざるをえない。
「対策装備として防御魔術を込めた魔石を量産中だが……奴らの進軍速度からして恐らく全体には行き届かないだろう。複数の要塞種が居るということもあり、今回はこれまでにないほどの被害が予想される。それこそ、勝っても人類が滅ぶかもしれないというくらいだ」
『よって、非効率の極みであるクリフォト主砲の発射はできません。あの塔は今回、最前線でドラゴンと戦うアルファちゃんの支援と、副次効果である全体支援のために使用されます』
メインの機能は広範囲から収集した魂を束ね撃つことだが、それと同時に人々へ呼びかけるベアトリーチェの祈りが塔を通じて拡散し、範囲内全体に回復と強化の効果が発生する。
本来これはオマケ的な効果なのだけれど、稀代の癒し手でありクリフォトとの抜群の同調率を持つベアトリーチェならば、それこそその支援は絶大だ。
「我々は……これまでずっと街と人類を守り続けてきた我々は──今回初めて、先を考えない戦いをする」
それは、これが本当の最終決戦が故。
接続点を撃破すれば全てが終わる故。
「代えの効かないロストテクノロジーである魔導装甲も、明日の戦いに向けて貯蔵してきた魔石も、未来を作るために温存してきた人口も、全て度外視する。異形共を駆逐し、平和になった世界で数百人程度が残っていればそれでいい。それが、世界の勝利であり人類の勝利だからだ」
静かな、だけど激しい熱を持って会議は進行する。
誰もがその瞳に、希望を宿して。




