02話「世界の危機以前に私の危機なんだけど……」
地下深く。戦略級攻撃魔法にも耐えうるほどに強固な、古代魔法の技術の粋を尽くした要塞があった。
古代魔法の最盛期よりも更に古い、超古代の遺産を利用して建てられた施設。
名前さえも忘れられた──叡智の墳墓。
あらゆる時代のあらゆる手段で封印され保護されたその内部には、完全なる静寂だけが満ちていた。
無と闇だけが支配をする、時の止まった空間だ。
居並ぶ装置は軒並み停止し、そこかしこに点在する強大な力を秘めた遺物は、その全てが例外なく厳重な縛りの下に眠っていた。
そんな完全静止の棺の中──今、ひとつの新しい命が誕生した。
試験体α-4E、人を超えるもの。
半神の名を与えられたソレは、第一紀に作られた遺伝子操作済み受精卵を、第二紀が祝福し、第三紀が大幅な魔法的改良を加え、第四紀がその発生を成し遂げた、新たなるヒト。
歪みに歪んだ器に耐えきれず、魂の朽ちた空っぽの人形。
そんな歪な命に……今、神があらゆる可能性を集め修復した魂が宿ったのだ。
キーンという微かな音とともに、施設全体が息を吹き返す。
内部に生命が確認されたため、その保護のための安全装置が自動的に働き、最低限の機能が稼働を始めたのだ。
それを皮切りとして、連鎖的により高度な装置も起動していく。
電気音。魔力音。作動音。吸排気音。数百年の沈黙が嘘のように鼓動し駆動し、今や無機が合唱するコンサートホールのよう。
そんな賑やかな環境の中、一体の人工知性体もまた、目を覚ましていた。
『んー……何です? 再起動? いえ、妖精的には再誕? 復活? 冬眠明け?』
彼女は人工妖精。現時点においてここの管理人の真似事をしている存在だが、元々はとある兵器のために調整された人工知能だ。
人の手に余る、世界に穴を開けるほどの可能性を秘めたその兵器の使い手はついぞ現れず、役者を持て余した彼女へと舞い込んだ仕事は墓守だったというわけだ。
『うわ。もう既に色んな封印が自動解除されてますね。原因は……ははあ、なるほど』
声に僅かな喜色が乗る。彼女にとっては待ちわびた日だった。
奇跡でも起きなければあり得ないはずの出来事が起きていた。使い手となるべく生み出された彼女が生きている。生命反応を示している。
人の身に扱えぬものを扱うために作られた、人を越えたヒト。半神の名を冠す彼女が。
存在目的を果たすことを至高とする作られた知性体である人工妖精にとって、どうすべきかはもはや明白なことだった。
*
私がこの世界に誕生して最初に目にしたものは、白い壁と天井だった。
聞こえるのは、低い機械の唸り声と微かな空調音だけ。
2m四方ほどの部屋はお世辞にも広いとは言えず、家具も何もないその空間はまるで監獄のようだ。
「誕生していきなり檻の中なんて、ちょっと難易度高くないかな。女神さま」
そりゃあ厳しい環境だとは知っていたけれど。
見た感じ全周つるりとしていて、どこからも外に出られそうに無いというのはいかがなものだろう。
「人造生命……らしいし、実験施設とか研究施設みたいな所なのかな?」
ぺた。ぺた。
周囲を手触りで確認してみる。やはり切れ目も見つからない。外に繋がっていそうなところと言えば空調のための小さな口くらいなものだ。
わかりやすく詰んでいた。
それとも、0歳スタートとか培養槽スタートで無かったことだけマシと考えるべきだろうか。
「ええこれ本当にどうしろと。女神さま、世界の危機以前に私の危機なんだけど……」
少し力を入れて壁を叩いたりしてみても、コツンという音が響いただけ。強力な力とは何だったのか。
いや、比類なき魔力とか言っていたし、ここは魔法で……魔法……魔法、どうやって使うんだろう……?
なんとなくそれっぽく力を入れてみたり念じて見たりする。
誰も見ていないことをいいことに、はしたなくも「ファイヤーボール!」とか大声で叫んでみたりもした。
何も起きなかった。
女神さま。あれだけ言ってみせたのに、ごめんなさい。人類はもう、駄目かもしれない。
その後も空洞はないかとくまなく壁や床を叩いてみたり、どうにか通れないかと換気口を調べたりと、あれこれ手を尽くしたがそのどれもこれもが不発に終わる。
いつまで経っても見えない脱出の取っ掛かりに、私は思わず膝を抱え座り込んだ。
「ここで私、死ぬのかな……」
弱気が口をつく。
今すぐにおしまいということは無いだろう。だが2日、3日と経ったら? よしんば私の身体が丈夫で特別長持ちするとしても、1ヶ月2ヶ月は? 3ヶ月4ヶ月は?
それでも平気で、私の肉体が不死身だったとしても、1年2年、10年20年と経過すればそれこそ女神さまの言っていた危機で世界が滅びてしまうだろう。
「死にたくないっ……もっと、生きていたい……!」
視界が滲む。
生への執着。生物誰もが持つ原始の衝動が私を内側から貫き、直面する現実がそっと私の頬を濡らす。
──そうだ。こんなことで諦めてなるものか。
私は神に啖呵を切った女。
どんな絶望の中でも、生きて、生きて、生き抜くと女神さまに宣言したんだ!
立ち上がり、涙を拭う。
現状は何も変わっていない。ただ私が、諦めかけてメソメソと泣いていただけ。
周囲は破壊できそうにもない白い壁。唯一の外に繋がっていそうなのは、空調用らしき小さな小さな穴だけ。
ならば────!
ゴンッ!
「痛ッ……!」
拳を白い壁へと打ち付ける。得られた結果は、強い痛みだけ。
ゴンッ! ゴンッ!
本気で叩き続ける。まだ僅か数発だというのに、皮膚が破れ、血が滲んだ。それでも私は止めない。
知識によると、水の雫も打ち続けることでやがて岩を穿つらしい。
ゴンッ! ゴンッ! ゴンッ!
ならば、愚直に殴りつけることで、堅固なこの壁だっていつかは破れるはず……っ!!
『ちょっ、ストップですよストップ! 開けますから。今開けますからその自傷ストップ──!!』
茨の道を行くと決めた私の覚悟は、不意に響いた謎の声と、あっさり開いた壁の一部によってあえなく霧散することとなった。
*
『思い切りがいいとかそういうレベルじゃありませんよ。あなたに自傷癖でもあるのかと思ってしまいました』
扉を開けた謎の声に誘導され数分ほど歩いた私は現在、ある一室でシンプルかつ美しい美術品のような杖と向かい合っていた。
頂点に嵌められた宝玉が、声に合わせてピカピカと光を放っている。
どうやら彼女?が私を救出したようだ。
「ええと、杖さん? 助けていただいたようで、ありがとうございます」
『いえいえ、これも私の役目ですし? それ以前にですね、ああいう保管庫の内壁はミスリルとかオリハルコンとかの合金なんですから素手とか──』
「そこなんだけど。私って、普通の人間より強いんだよね?」
少なくとも女神さまはそういった趣旨のことを言っていた。
むしろそうでないと、この世界を襲っている危機とやらを解決して生き延びることができないから困るのだが。
『強いですよー勿論。アルファちゃんに与えられた別名は半神。この名が伊達にならないくらいには最強です』
すんなりと肯定される。
あの部屋を脱出しようと色々やっていたときは、そんな気配微塵も感じなかったものだけれど。
やはり魔法を使うことが前提なのだろうか。
「でも私、魔法の使い方とか分からないよ。言葉とか知識とかは最初から頭に入ってるみたいなんだけど……」
『必要が無いからです』
「え?」
『α-4Eは確かに、ちょっとかなり尋常じゃない量の魔力を持つよう作られていますけど──それは、魔法を使うとかそんなチンケなことのためではありません』
それは、つまり──どういうことだ?
魔法を使う必要がない。そんなチンケなことが目的じゃない。膨大な魔力を持っているというのに?
『目の前の杖ですよ。可変式砲撃杖【ミュゼス】。この最終最強兵器を十全に扱うために、あなたは作り出されたんです』
なんてことのない調子で、眼の前の杖はそんなことを言ってのけた。