第4話:ハローじゃなくて、ヘロォ?
《あー、行っちゃった。どーすんだ、ボク。英語なんて、全く話せないよ。こんな事なら、もっと真面目に英語の授業受けとくんだった。えーっと、えーっと。挨拶だ、挨拶。英語の飯田先生、何て言ってたっけ?ハロー?あっ!発音が微妙に違うとか言ってたっけか。正確には、ヘロゥだっけ?そんで、そんで・・・》
下手くそな書きなぐりの紙を掲げ、目を瞑ったまま必死に念仏の様に英単語を口ずさんでいる結城は、さぞや周りの人々には奇妙に写ったに違いない。
結城が、自分で自分の英会話力の無さを呪っていた矢先の事、
「あのう・・・、もしかしてキャサリンさんをお探しですか?」
柔らかな優しい声が、背後から結城に語りかけた。
「はひっ」
結城は振り返る。
いつもなら爽やかに言えるはずが、英語のおかげで引き攣った顔のままで・・・。
「ぷっ、ぶはははは」
最悪だった。
結城の面持ちが余程面白い顔だったのか、いきなり笑われる。
結城に声を掛けてきたのは、フライトを終えたばかりの日本人と思われるスチュワーデス・・・、もとい、今はフライト・アテンダントであった。
そのフライト・アテンダントは、隣に居る真っ白なプラダのスーツに身を包み、濃いめのサングラスを掛けた金髪の外国人の女と一緒にバカ笑いしている。
《ん?外国人の女?あ”ーーー!》
結城はちょっとだけ勇気を出して、フライト・アテンダントに尋ねる。
「確かにボク達がお待ちしてるのは、キャサリンさんですが・・・。あっ、申し忘れした。ボクは大阪府警の結城と言います」
フライト・アテンダントは、外国人の女に通訳して伝えた。
外国人の女は頷き、サングラスを優雅に外す。
ジャケットの内ポケットからIDを取り出し、チラリと見せ、
「So sorry for laugh, dective yuuki. I'm special cat agent Catherine from Federal Bureau of Investigation. Please, Call me Cathy. I really thought that you have a talent for humor. Thank you, I was relaxed. (笑っちゃってゴメンなさい、結城刑事。私はアメリカ連邦捜査局の特別猫捜査官キャサリン。キャシィと呼んで下さって、結構よ。アナタ、ユーモアの才能あるのね。おかげで緊張が解れたわ)」
キャサリン捜査官が、右手を差し出す。
しかし、結城は気付くと背筋をピンと伸ばし、敬礼していた。
「お待ちしておりました、キャサリン捜査官殿。私は大阪府警捜査十一課の結城です」
習性とは嫌なものである。
相手が何を言っているか全く解らないのに、何となく格上だと判明った瞬間、とりあえず、敬礼してしまうのだから・・・。
キャサリンは強引に結城の右手を握りぶんぶん振ると、早口でフライト・アテンダントに通訳を頼む。
フライト・アテンダントは頷き、
「刑事さん。このキャサリンさんは、困っているそうです。何でも相棒が、入国出来なくって。どうにか力を貸して欲しいと」
「はぁ・・・、力ね・・・」
結城が溜め息を付くと、キャサリン捜査官は碧い目で覗き込み、
「Please...(どうか・・・)」
《あっ、可愛い・・・》
結城は思わず“イエス”と呟いてしまった。
とっさに冷静になり、
《あぁ、やっちまったかな。了解ったよ。了解りましたよ。どうにかすればいいんですね》
結城が入国審査にゴネに行こうとした刹那、
「キミ達が連れて来て欲しいのは、この子猫ちゃんじゃないのかな?」
結城が振り返ると、喜屋武がプラスチック・ケージを持って立っていたのだ。