第2話:目指すは関空国際線到着ロビー
「で、答えが“関空国際線到着ロビーに行く”ってのはいいですよ。仕事だから。でも、喜屋武さん、いい加減にして下さいよ~。質問の答えがちょっとでも間違ってると、飯奢らされるの・・・。今回は“関空”って言ったじゃないですか。ったく。ボクだって、そんなに給料たくさんもらってる訳じゃないんですから」
レクサスの助手席に乗り込むなり、結城は悪態を付いた。
喜屋武は、もっさりと運転席に座り、
「それは違うな、結城クン。そもそも、キミが“答え”を少しでも間違えたのが悪いのであって、俺は何一つ悪くない。恨むなら、自分自身を恨みたまえ。もしこれが人質を取った強盗犯人だったらどうするんだい?少しの間違いで、人質は殺されるんだぜ」
「確かに・・・」
結城はぐうの音も出なかった。
喜屋武はシートベルトを締め、
「それにだね、結城クン。誰のおかげであんな梅田の一等地にある高層マンションの最上階。しかも、3LDKに格安の2万円ポッキリで住めると思ってるんだい?それを考えると、キミが俺に昼飯をゴチっても、過ぎる事はないと思うがね」
喜屋武は、心地好いエンジン音を発てレクサスを発進させる。
「確かに・・・、あの喜屋武さんに紹介してもらったマンション、あの立地条件で敷金礼金無しの2万円は破格ですよね・・・。ん?」
結城の脳裏を何かが掠める。
《あれ?ボクの部屋、2LDKだけど?何で・・・?》
結城は何か腑に落ちないのか、
「喜屋武さん、今、3LDKって言いました?違いますよー、いやだなぁ~、ボクの部屋は2LD・・・」
結城は途中まで言いかけて、珍しく喜屋武のやらかした顔に気付く。
《まさか・・・。思えば、あの部屋、廊下が無駄に長いんだよな。夏だと言うのに涼しいし、高層マンションだからと思っていたけど・・・。もしかして、あの物件って・・・》
結城の心の声は密かに叫んでいた。
《嘘ダロ・・・?マサカナ・・・、嫌ダ・・・。真実ナンテ聞キタク無イ・・・。聞キタク・・・》
何かを否定する様に首をブンブン振り、
《でも、今、保護している猫の“弁天”は時折廊下で唸るけど。アレってまさか・・・》
喜屋武さんは、諭す目付きで、
「なぁ、結城クン。世の中、真実を知る事が全てではないと思うんだ。例え仮にキミの住んでる部屋がだよ、今回の事件の様に何かあったとしても、キミが起こしたものではないわけだ。然るに、キミは恨まれる筋合いは無いし、気にする必要性も無い。只々、平穏無事に住めばいいのさ」
「そうですよね。気にしない事に・・・」
強引に納得しようとするボクを、喜屋武さんのあっけらかんとした台詞で、
「まぁ、俺は幾ら積まれても嫌だがね」
結城は驚き、
《何ですとー?やっぱり、何かあるんだあの部屋・・・。さっさと引っ越しした方がいいかも・・・。あの部屋に越してから、あまり星回り良く無いんだよな。金縛りにもよく会うし。肩もなんか重苦しいうえ、彼女とはケンカばかりだし・・・。今朝だって、箪笥に左足の小指ぶつけて痛かった。本当についてない・・・。あー、無駄に大阪湾のキラキラした照り返しが綺麗だ。彼女とドライブでもしたら、最高なんだろな~。ん?ちょっと待て。海?》
結城が妄想から我に帰ると、喜屋武さんは阪神高速を環状線から湾岸線に入り、一路関空を目指し南下していた。
本来ならば、運転は後輩である結城がしなければばならいのだが、喜屋武は必ずといっていいほど自分でステアリングを握る。
昔の相棒が運転が下手で死にそうになった事が沢山あると、喜屋武が漏らしていたのを結城は最初ペアを組んだときに聞いたことがあった。
「結城クン、現実の世界へ戻って来たようだね。早速だが、カントリーマァム取ってくれたまえ。ちゃーんと小袋は開けてくれよ」
喜屋武が考え事をする時に、必要なアイテムが甘味なのだ。
結城は後部座席に置いてあるコンビニの袋からカントリーマァムを取り出し、封を開ける。
更に小袋の一つを丁寧に開け、喜屋武に渡した。
《これって、普通なら男はしないよな・・・》
結城はため息を吐くが、喜屋武はそんな事など全く気にせずにカントリーマァムをパクつき、
「結城クン、関空に着く前に、事件の詳細をもう一度聞かせてくれないか?向こうの捜査官に聞かれた時に、説明出来なくちゃ恥ずかしいからね」
いつもこうである。
喜屋武は、全く事件に付いて覚えようとしない。
基本、脳を自分の大事なプライベート以外で使いたく無いそうだからなのだが・・・。
《でも、大事なプライベートって、何だろ?》
結城は深くため息を吐き、
「はいはい、説明しますよ。今回の・・・」