◆魔術師エルメル=アーベレ◆
エルメル=アーベレは、珍しいものが好きだった。
侯爵家出身の彼は古今東西様々なものを集めたけれど、満足できるものはなかった。
すべては物であって、喋ることも動くこともないのだから。
そんな彼が彼女のことを知ったのは偶然だった。
まだ戦争が始まる前のこと、ガルデニア王都の学校へ留学したときだ。
成績も一番上で、見目もよろしい魔術師の青年がいた。
たしか名前はディートハルト=バルツァー。
自分も魔術師であるだけに、彼のことは一目置いていた。
そんなある日、少し手前を歩いていた彼が何かを落とした。
ペンダントだろうか、落ちたときに開いたのか、中には一枚の写真があった。
――桃色の髪に金色の瞳を持つ少女。
なまじ人間の色ではない。
少なくともオルテンシアにはこんなに珍しい色をした人間はいない。
エルメルはその人物に強く心を惹かれた。
手に入れたい、と。
◇◇◇
頭が痛い。
そしてその状況に私は冷や汗を流していた。
なぜ?
疑問ばかりが頭に浮かぶ。
今は真夜中で、私の手にはナイフがある。
そして組み敷いたディートの心臓にそれを向けている。
彼は起きていて、私の右手を掴んでいる。
その目は少しばかり虚ろだった。
「ミラ、これが君の意思じゃないことは知っているけど」
とても私自身に出せる腕力ではなかった。
まるで何かに操られているよう。
「君は、オルテンシアに戻るのか?」
「もど、り、ます」
そんなことを言えばディートは手を放してしまいかねない。
わかっていたから違うと言おうとするのに、言葉さえ思い通りにならない。
ただ私は渾身の力で首を横に振った。
いやだと、強く思った。
ディートを殺したくなんてない。
『なぜ? 君はひどいことばかりされただろう?』
誰かの声が私に問う。
けれど、それでも私は殺したくない。
どうしようもなくなってぼろぼろと涙がこぼれてくる。
「ディート、わたし、を、ころして、ください。このままでは、わたし……」
「また君がいなくなるのなら、死んだほうがいい」
もうこれ以上はもたない。
いっそのこと自分で死のうと覚悟を決めたとき、ディートは私の手からナイフを取り上げて放り投げた。
「だけどあいつに君をとられてしまうのはもっと嫌だ」
「っは、う」
頭が痛い。
ナイフがなくなれば今度は彼の首を絞めようとする私の手。
それにも構わず、ディートは私の額に手をあてた。
ほどなくして、体の自由が戻ってくる。
力をなくした私の手はだらりとたれた。
「……ディート」
震える声で彼の名前を呼ぶと、ディートは私の髪を撫でた。
「気にしなくていい、分かっていたから」
彼はそう言ったが、それどころではない。
「私を、帰らせてください」
絞り出した言葉に、彼は鋭く瞳を細めた。
「……嫌だ」
「知っていたなら、ど、して、私をずっと、ここに居させたのですか、わたし、あなたを……」
とめどなくあふれてくる涙に、私は両手で顔を覆う。
「なら、殺していって」
「――っ」
また、自分の意識と関係なしに私の手が動く。
それが恐ろしくて彼を見た。
「それができないなら、ずっとそばにいて」
「なぜです、っ」
唇をふさがれて言葉が続かなくなる。
「ん、ぅ」
角度を変えて繰り返されるそれに意識がぼんやりとしはじめる。
「君がそうやって、他人のような顔をするたびに、僕は君を殺してしまいたいくらい憎くなるよ」
私は何も言うことができない。
「君が居なくなってから、どれほど……」
きつく抱きしめられる。
「ディート……」
「もうどこにも行かないで。愛してくれないのならせめて、憎んで」
◇◇◇
明朝にスティーグが慌ただしくバルツァー邸にやって来た。
私には話の内容は分からなかったけれど、どうやら近くにオルテンシアの軍が攻めてきた様子。
出て行く二人を心配に思いながらも見送った。
私が二人を心配するのもおかしな話だけれど。
そして……。
「どうしましょう」
今度こそ、私は決断を迫られていた。
また私がいなくなったらディートは死んでしまうというけれど。
……けれど、ここに私がいても、彼を殺してしまうかもしれない。
逃げ出すのなら今が好機。
決断するしかない。
ディート達には今の時間が流れている。
私は、もしかしたら彼を殺すためにここへ送られただけなのかもしれない。
もしもそうであるなら、迷うことはない、はず。
ガルデニアの天才魔術師の話は私もよく聞いた。
出てこられるたびに苦戦していると。
彼を殺す有益な方法があればと。
(そういえば……それを、誰から……。
私には知り合いや友人なんて……。
誰も……)
「そう、君はずっと閉じ込められていたのだから、友達も知り合いも居るはずがない、仮に自由があってもそんなものは与えない」
「っ」
その声を間近に聞いた時、私の背筋に冷たいものが走り抜けた。
恐ろしい、違う、嫌悪かもしれない。
「ひどいなミラ、君がいつまで経っても帰ってきてくれないから、こんなに時間がかかってしまった」
「――あなたは」
振り返ればすぐ後ろに紫色の髪に青い瞳を色白の青年。
「さあ、帰ろう、君の鳥かごに」
「や」
腕を掴まれて鳥肌がたつ。
嫌だ、嫌だ、この人にだけは、もう。
頭が痛む、割れそうに、痛い。
「あいつは助けに来れないよ、来れるはずがない。それだけ入念に準備をしたんだから。僕じきじきに」
「……エルメル」
割れるような頭痛のあと、私はその人を思い出した。
両親を殺し、私を捕らえ、館に幽閉した人。
私は何一つこの人に逆らうことはできなかった。
そう、何一つ。
「思い出しただろう? 君は、あいつのそばに居られるような女じゃない」
「……ぁ」
その当時私はディートと婚約していた。
けれど私は、この人に自ら口づけ、抱きしめ、愛を囁いた。
それはすべて、私がこの人の操り人形であったからだけれど。
「さあ、帰ろう。それとも、すべてを思い出しても君はあいつのそばに平気な顔をして居られる?」
その人は呪いのように囁いた。
「どれほどあいつを愛していても、君があいつとの誓いをたがえたことは変わらないんだよ、ミラ」




