◆逃亡◆
翌日もディートは出かけていた。
そして今日はスティーグもやってこない。
ひとりきりの朝食をすませて、私は館の玄関ホールに向かった。
オルテンシアに戻るために。
まだ庭園に出たことはないし、このアンクレットにどんな効果があるのかも分からない。
おそるおそる扉を開けて外に出るも、特に何も起こりはしない。
その足で庭園をぬけて大扉の前までやって来た。
(どうしましょうか……)
目の前には鉄製の大きな両開きの扉。
外に出られたとしても、ガルデニアの通貨も持っていないし、ここがどこかも分からない。
(迷っていてもしようがありません)
扉からは離れて、塀沿いに背の高い木を見つける。
ここからなら外に出られるかもしれない。
◇◇◇
木を登り、塀を飛びこえる。
我ながらここまでうまくいくとは思わなかった。
(問題はここからです)
そうして顔を上げたとき、唐突にアンクレットのはまった足に激痛が走った。
「つ……っ」
悲鳴にさえならない。
「どこへ、行くの。ミラ」
すぐ手前から聞きなれた青年の声がする。
「ディート、ど、して……」
「どこへ行くの」
彼は二度同じ質問をした。
その紫の瞳は冷酷さを感じるもので、腹部に冷たく嫌な感じが走る。
意を決して口を開く。
こうなってはもう嘘をついてもなんの意味もない。
「帰ります、オルテンシアに」
「……誰のところへ?」
「? 私には帰る場所なんて……」
「そんなはずないよ」
動けない私に近づき、ディートは私の首を軽く絞める。
「っ」
「君は騎士なんかじゃない、君が戦場に出たのは初めてで、偶然でもない」
「なにを、言っているんですか?」
意味が分からない。
「君の手は今も武器を持つ手じゃない」
どこか遠くを見るような目で、ディートは私を見る。
「君はずっと誰かに仕えていたんだろう?」
「――」
ズキリと頭が痛む。
「そいつのことを好きになった? 僕よりも」
さきほどより強く首を絞められて、呼吸が浅くなる。
「ち、がいます」
それでも無意識に唇からこぼれた言葉は否定。
「そんなんじゃないです」
嘘ではない。
帰りたいのは。
(帰りたいのは……?)
『ディートハルトを殺せ』
心臓がひときわ大きく鳴った。
知らない。
何も知らないけれど怖くてしようがない。
誰と話したのか、いつ?
わからない。
ただ、ただ、怖くてしようがない。
「帰さないよ。どんな理由があったとしても」
「ディート、話を――」
「また置いていくっていうなら」
首から手が離れる、と、同時に抱きしめられた。
「ちゃんと僕を殺して行って」




