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◆偽物の記憶?◆

 目が醒めた時には一人で、いっそ夢かとも考えたけれど、ほどなく胸元に散った赤い跡や、痛む下腹部に現実と悟る。

「――まいりました」

 適応力も高く、かなりポジティブであることに自信のある私も、さすがに疲れを感じる。

 それくらい昨日のことは私にとって想定外であった。


(敵が魔術師であれば、実験体にされるくらいは考えましたが、こんなことになるとは……そういえば)

 昨日確認できなかった足元を見れば、金鎖のアンクレットがはまっていた。

「……とれませんね」

 ためしに金具を外そうとしてみても、引きちぎろうとしてみても無駄だった。

 服もいつの間にか黒いドレスにかわっている。


(こうなっては仕方ありません、とりあえず出られるか試してみましょう)




 ◇◇◇


 誰も居ない。

 その一言に尽きる。

 広く豪奢な屋敷には、生物の気配を感じない。

 けれども掃除はゆきとどいているし、人が近づくとひとりでにドアが開いたり明かりがついたりするところを見ると、魔術的な細工があるのだろう。


(うーん……やはり結構な身分のかただったのですね、どうしましょうか)

 屋敷内を歩き、玄関ホールに近づいたところで人の話し声が聞こえてきた。


「ディート、本当にあいつを拾ってきちまったのか?」

「おまえには関係ない」

 昨夜の青年の声と、知らない男性の声だった。

「関係なくないだろう、過去はどうあれ今じゃあいつは敵の人間なんだぞ」

「なら、僕の魔術の実験体」

「生きてるんだろう?」

「生きてはいるけど自由は無いよ」

「はあ……ガキの頃は素直で聞き分けのいい子だったのにどーしてこうなっちまったのかねえ」

 こちらに向かってくるのに気付いて、私はあわてて物陰に隠れた。




 玄関の扉が開いて入って来たのは金髪の青年と青い短髪の男性だった。

「悪いこたぁ言わない、殺さねえなら捨ててこい、そのほうがあいつも幸せってもんだ」

「おまえの指図は受けない」

「どーせひっどいことしてんだろう、生娘相手に可哀想だぞ、あぁ、勘だったが当たってたか?」

 こちらからは様子が伺えないが、一瞬足音が途絶えたような気がする。


「ミラ、どこへ行くの?」

 気配を殺していたのに気づかれてしまった。

「そこに居るのか」

 もう一人の男性の声もする。

 私はしぶしぶ物陰から出た。


「あぁ、変わらないなおまえは」

 青い髪の男性が言うけれど、私にはこの人が誰か分からない。

「? どこかでお会いしたことがありますか?」

「おまえ、それをディートにも言ったんなら自業自得だ」

「?」

「俺は補佐のスティーグ=バルテルス、こっちは上司のディートハルト=バルツァー、どっちもあんたとは知らない仲じゃないんだがねえ」

(スティーグ……ええと)

 封をしたように記憶がはっきりしない。


「……どちらさまでしょう?」

「忘れるような年月でもないはずなんだが、オルテンシアも存外えげつない」

 ディートハルトさんは何も答えず、私に近づくと乱暴に腕を掴んだ。


「逃げたければ逃げてもいい、あとで死んだほうがましだと思うほど後悔したいなら」

 それを見ていたスティーグさんが溜息を吐く。

「まぁ、こうなったら諦めろ、あんまり抵抗するとひどい目にあうぞ、おまえ適応力は高いだろう」

 すでに酷い目にはあった気がします。


(どうやら、スティーグさんは本当に私を知っているようですね)

 私には彼の記憶がない。

 幼すぎて覚えていなかったのか、いえ。

(オルテンシアも存外えげつないって、どういうことでしょう)



「あの、ディートハルトさん」

「……」

 蛇のように鋭い瞳で睨まれて、思わず息が止まる。

「なにか質問でも?」

「私とあなたがたは知り合いなのですか?」

 私の質問に、彼は視線を逸らした。

「さあ? 知らないね。知っていたとしても、教える義理もない」

「……それはもっともですけれど」

「ディート、仕事だってよお」

 窓から入って来た伝書鳩から手紙を受け取ったスティーグさんの声に、ディートハルトさんは不機嫌そうなまま外に出て行った。

 スティーグさんは私に視線を移す。


「あいつのことは今までみたいにディートと呼んでおけ、俺もさん付けはやめてくれ」

 今までみたいに、とはどういうことでしょう。

 私は今まであの人のことを愛称で呼んでいたのですか?

「私はあなたたちとそんなに親しい間柄だったのですか?」

「おまえがガキの頃から一年半前まで俺達は一緒にいたんだぜ? おまえは何も覚えてないみたいだけどな」

「? 私は一年半前まで母とオルテンシアで暮らしていたのですよ?」

 スティーグは眉間に皺を寄せて、何か悩んでいるようだった。

「信じるか信じないかはおまえに任せるが、おまえの実母ならその頃にオルテンシア騎士団に殺された、父親もな。

 で、おまえだけ向こうに掻っ攫われたんだ」

「……はい?」

「若い女だからかと思いもしたが生娘だったんなら、おまえ混血だし、腹いせだったのかもしれんな」

 まあ、と彼は言葉を続ける。

「ここに居ればそれなりに安全だ、ディートを怒らせなければ」

(オルテンシア側に記憶操作されていたということでしょうか……だとしたら、さすがに傷つきますね)

 この人達が嘘を言っているのでなければ、そういうことになる。


「俺とおまえはただの友人だった」

「あなたとは、というのはどういうことです?」

「ディートに関しては本人に聞いてくれ、勝手にしゃべってえらい目にあうのはごめんこうむる」

「……わかりました」

 背を向けられてしまったので、私も諦めて自分で確かめようと決めた。


 その後スティーグも所用で去った。

 手錠も足かせもなく、牢にいれるでもなく一人で置いていくということは、絶対に逃げられないという自信があるのでしょう。

 私は逃亡をいったんあきらめて、屋敷内をまわって時間をつぶした。

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