◆少女の敗北◆
我が祖国オルテンシアと、隣国ガルデニアの戦端が開かれてしばらく経つが、戦況はかんばしくない。
豪雨の中、私、ミラ=ヴァリアーニは敵から身を隠して黒い森に座り込んでいた。
味方はすでに撤退した。
取り残された一部の人間は切り捨てられたのだ。
雨に濡れて桃色の髪が重くたれさがり、私の金色の目にかかる。
(こんなときでも意外と落ち込まないものですね。
このままここにいてもしようがありませんし、移動しましょうか)
運が良ければ逃げ切れる、近くに街でもないかと立ち上がろうとしたときだった。
騎兵が近づく音がする。
「!」
振り返れば、雨に遮られた先に黒い人影が見える。
相手がガルデニアの軍服を着ていることを確認し、私は即座に拳銃を取り出した。
(ついていないです)
敵に殺されるあるいは捕虜になるくらいならとこめかみに銃口を当てる。
「見つかっておいて自害できると思っているなら君はおめでたいひとだ、どうぞ、できるものならね」
「!」
体が動かない、そして意識が混濁していく。
(敵は魔術師でしたか、本当に運が悪い……)
鈍磨する感覚、震える指先をなんとか動かそうともがく間に、その手をつかまれた。
「……ミラ? 生きてたのか?」
「?」
歪む視界に、悲しそうな、泣きそうな顔をした青年が映る。
金色の髪に紫の目、面識は無いはずなのに、なぜか私の名前を呼んだ。
「誰です? 私は、知らな……」
声は続かず、途切れていく意識。
◇◇◇
「……ぅ」
体が重い、鈍磨した感覚が蘇るにつれて、私は違和感に重い瞼を開いた。
「――っ?」
首筋に触れる何かの感触、はだけた胸元に太股に触れる指先。
「な、にを」
意識が戻り始めてすぐに、私は驚いて目を見開き、我が身に起こっていることに恐怖を覚えた。
「あぁ、起きたんだ?」
首筋に顔をうずめていた青年が起き上がる。
私を組み敷くのは意識を失う前に見た人物だった。
「なにを、しているんです!」
「分からないほど子供じゃないだろ?」
腕は頭の上で縛られている。
ここはどこかの屋敷のようで、このひとの屋敷だとしたら結構な身分だ。
「っ、いや、いやです、やめてください!」
なんとか抗議の声をあげるも、青年は蔑むように私を見おろした。
「……へえ? 敗残兵のくせに拒否権があると思ってるんだ?」
意地の悪い笑みを浮かべ、私の首筋を指先でなぞる。
「っ、や、めてください」
「待ってる恋人でもいたの?」
いっそ舌を噛み切って死のうかとも思ったが、青年の紫の目が蛇のように細まる。
「死ねないよ、逃げることも許さない」
「――っ」
噛むことができない。
正しく言えば、全身の自由がきかない。
足首をしゃらりと何かがすべる音。
(アンクレットですか?)
何か確認まではできないものの、この人が魔術師であることを思えば何か細工があるのかもしれない。
(つまり、どうしようもないじゃありませんか)
絶望感がおしよせてくる。
「な、ぜ、こんなことを、するのですか」
「君が憎いから」
すがすがしいほどの作り笑いで彼は答えた。
「君はもうどこへも行けないよ、ミラ」




