プロローグ
今年も、夏がやって来た。
時間というのは不思議なもので、その時間の最中にいる場合は長く感じるが、後で振り返ると短かった、と感じる事が多い。
去年の夏から、もう一年が経っていた。確か今年の一月上旬、『早く冬終わらないかなぁ』などと度々口にしていたはずだが。あの時の事でさえ一瞬に感じてしまうのは、やはりそういう事なんだろう。
そして今も、また同じ事を感じている。手紙やハガキの暑中見舞いで、夏の暑さを『酷暑』や『炎暑』と表現する事があるが、この暑さは、その表現でもいささか物足りないのではないか、と思ってしまうほどだ。
...少し、オーバーだろうか?まあそうだろう。俺が相手にしているのが地球の気候なら。
いやはや、俺も、まさか異世界に召喚されるとは思っていなかった。どころか、異世界が存在するという事にまず驚きを隠せなかった。
まあともかく。俺にはこの気候を変える事は出来ないし、この気候に耐える事もできない。さっさと店に帰り、出来るだけ涼しくなるように工夫してみよう。
俺はする予定だった買い物を取り止め、体を回転させ、反対方向の自宅へ向かう。
異世界だけど、結局生活は変わってないなぁ...
本来喜ぶべき事であるそれに、俺は妙に虚しさを感じた。
今日何度目かのため息が、ひぐらしの鳴き声の中に、溶けて、消えた。
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RPGの中に登場する街に必ずあるものといえば、あなたは一体何を想像するだろうか?
武器屋?防具屋?宿屋?井戸?まあそんな所だろう。
その中の何一つ欠けていない代わりに、何一つ目立った、『この街ならでは』と言ったものが存在しない。それがこの街、ラーハルトだ。
...え?名前がダ○の大冒険っぽい?知るかそんなの。
それはともかく。この街は、生活するのに全く不自由というものがない。
だから真面目に働いてさえいれば、普通の人生を普通に過ごす事が出来るのだ。
そう、普通にーーー
残念、俺は異常でした。
...さっき、ラーハルトには、『この街ならでは』と言ったものが存在しないと言ったが、厳密に言うとそれは嘘になる。
だがその施設の知名度が低すぎて、街の中の人間も認知されていないだけで、ある事にはある、のだ。
商店街のど真ん中。最も人が集まるその地帯の中にありながら、町民の認知度は5%にも満ちないある意味伝説の施設。『ラーハルト異世界相談所』
さて。もう大抵の人にはオチが見えているかもしれないが、一応言っておこう。
俺はその施設の店主であり責任者であり従業者である。
つまり、俺はそこで働いている。
大事な事なので二回言いました。
これが綿密なプランを立てた上での起業ならばよかったのだが。
そんなものは全く無い。
異世界召喚されて一週間経ったか経ってないかのうちに、思い立ったが吉日理論でやった。後悔も反省もしている。
そういえば、最後の客が来たのはいつだったか?
...確かあれは三ヶ月前。結構な好青年がうちに飛び込んできていきなり「トイレ貸して下さい!!」と元気な声で『相談』をしてきた時だった。
ちなみに最後の客であり、最初の客でもある。
思い出して虚しくなり、俺はようやく決心した。
「もう、辞めようか...真面目に働いたら、今からでも全然...」
と、呟いた時。ドアが開いた。
「すいません...異世界相談所はここで大丈夫なんでしょうか?」
この出会いが俺の異世界生活を変える事になるなどと、俺はまだ微塵も思っていなかった。