終わりの始り
初短編!!
頑張って短くしました。
いろいろと挑戦しましたが、お楽しみいただけると幸いです。
青臭い未熟者だから云わせて貰うが
偉人の、先人の、他人の、文章の引用など必要無い
これは私の文章だからだ
私を形容する言葉など無いし
そんな縛りなど必要とし無い
云いたいことはそれだけだ
~或る女の詩集から~
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「――少し昔話をしやうぢゃないか。」
男の妙に紅い唇が動いた。
「・・・・。」
対峙するもう一人の男は無言を返した。
けれど、それは否定ではなく、肯定をしたやうだった。
「世界が終わる迄の暇潰しにゃ好い話だ。」
「・・・・・・。」
二人の男は、天を衝くやうな高いビルヂングの屋上に立って居た。
その向こう、遠く遠い地平線迄びっしりと高いビルヂングが密集して居る。
その地平線に近い建物が崩壊し始めて居る。
ぼろぼろと角砂糖を紅茶に溶かすやうに。ぼろぼろぼろぼろ、と。
その崩壊はこちら側に迫ってきて居る。
真っ赤な夕焼け空は、時折ビルが舞上げる瓦礫の粉で一杯だった。
「―― 一人の女の話だ。手前も好く知ってゐる女だ。
云うまでもねぇな。」
よく喋りよく話す男は黒かった。
髪も瞳も、びっしりとキメたスーツもネクタイも、帽子も靴も。
唯その肌は吸血鬼のやうに白く、その唇は血を溢したやうに紅い。
まるで舞台俳優のやうに大袈裟に手足を動かす。
「・・・・・・。」
無言を貫く男は今迄表情を動かさなかった。
だが、その一言だけには、ぴくり、と顔を硬直させた。
静かな男は白かった。
髪も・・(瞳は流石に蒼かった)、
だぼつゐた襤褸のやうな加工の服も、
髪飾りもサンダルも。
唯その肌は浅黒く、唇は血を失ったやうに紫だった。
人形のやうに微動だにせず、その表情は殆ど変わら無い。
「・・・しっかし、手前、返答は期待しちゃいねぇが、
聴いてる素振りくらゐしろや。相槌、解るか?」
挑発するやうに男が云っても、
「・・・・・。」
白い男は表情すら変えなかった。
黒い男は少し機嫌を損ねたやうだったが、諦めた。
「・・・ま、いいだろうよ。期待した俺が莫迦だったよ。」
「――彼女は・・・」
唐突に白い男が口を開ゐた。
その口調は危うい病的な響きがあった。
まるで空に向かって話して居るやうだった。
「手前!!云ったそばから・・・っ!!
ほんとに俺が莫迦みてぇぢゃねぇか・・・!!」
「・・・・・・。」
これには白は何の反応も返さなかった。
黒は拳を震わせて居たが、やがて、
「っ、・・・・で?」
「・・・彼女は、綺麗だった。
・・・・・・唯、美しかったんだ。」
そう、詠うやうに云って後はダンマリだった。
「・・・それだけかよ。
誤解があるとゐけねぇから云っとくが、あの女は平凡な顔形の女だ。
数多い女と付き合った俺が云うんだから間違いねぇ。
・・・・・――唯・・綺麗だと云う意見には反対しねぇ。
―――あの女は・・・」
「・・・そん時に、あいつは云いやがったんだ。
『それは、大層面白い御話ね。』。
・・・・傑作だろ。この俺様に向かってだぞ。」
「・・・・・。」
黒の男の話は長かった。
が、白の男は苛立ちも見せず、その話を聞いて居た。
否、実は聞ゐて居無いのかも知れぬ。
「――で、詩人を気取りながら、
夢を散散語っときながら、
あっさり死んぢまゐやがった。本当に嗤える話だぜ。」
「――彼女を、笑うな。」
「・・・・お?」
だが、しっかりと話を聞いて居たらしく、そこだけはしっかりと白は反撃した。
黒は暫し眼を瞬かせたが、白の、蒼い眼が直ぐなことに感心したらしく。
「・・・悪かったよ。そう云う意味ぢゃねぇ。」
存外素直に謝った。
其処で二人は揃って、ビルヂングの屋上から中庭へと繋がる中央の穴を見下ろした。
其のビルヂングの様は、俯瞰して見れば、
まるで渦高く積まれたドーナツのやうだった。
その穴を、黒は嫌そうに横目で。
白は哀しそうに正面から。
その後、黒は塵で灰色に煤けつつある夕空を見上げた。
その瞳に孤独がちらり、とよぎって消えた。
白はその場に膝を着いて、しゃがみ込んだ。
「・・・全く。うんざりするやうな長く仰々しい世界の終焉だぜ。
手前もそう思うだろ?」
「・・・・。」
無言の肯定を返して、白い男も空を見上げた。
世界の崩壊は迫って居た。建物の倒壊する音が煩い。
「・・・・もう疾っくに俺達の世界は終わっちまって居るのによぉ。
――あいつが死んだあの日から。なァ?」
黒はそこで狂気的に腕を振った。
「・・・・・。」
白は唯、中庭に咲く一輪の花と。
小さな墓標を見つめて居た。彼女のささやかな墓を。
「・・・存外、あいつが死んだから、この世界も終わるのかも知れねぇや。
・・こんなのはつまんねぇからな。」
黒は投げやりに呟いて。
「・・・・・。」
白は只黙して語らず。
「・・・案外、この世界丸ごとがあいつの為の大きな墓かもな。」
「――長い話も終いだ。」
黒い男が云った。
とうとう崩壊が二人の居るビルヂング迄、到達したのだ。
屋上の縁がぼろぼろと崩れ始めた。
それを無感動に黒は眺めた。
白は中央の穴に腰掛けたまま、其方を見もし無い。
「・・・思えば手前とは長い付き合いだったなァ?
真逆、手前と仲良く世界の終焉を見届けるとは思いもしなかったな。
・・・――俺は隙在らば、
手前を殺す算段ばかりしてたんだからなァ?」
冗談に思える台詞だった。
が、男の狂気じみた眼と、ねっとりとした殺意が、真実を告げてゐた。
「・・・じゃあ、なんで俺を救けたんだ?」
ダンマリだった白がボソボソと云った。
そう。崩壊する街から安全なこの場所へと、
白を連れて来たのは、この黒い男だった。
「さァな?」
さっきとは真逆のさばさばと返した答えに、白は唯黙って。
「はぁ・・・。まァ、あれだ。
懸命に殺そうとしてた男が、アッサリ死ぬとか俺の沽券に関わるだろ。
それに・・・おまえが他所で死ぬとあいつが困るんだとよ。」
あまりに自然に付け加えられた最後の一言に。
「・・・また・・また、俺は・・・彼女に救われたのか・・・。
彼女が死んでからも・・・・・。」
白は無表情のまま涙を流した。
涙は中庭に落ちて行き、丁度好く花びらに乗った。
沈黙が残り少ない時間を埋めた。
只、建物の崩壊の音が、振動とともに空気を震わせる。
やがて、ポツリ、と白が呟いた。
「――彼女は云って居た。貴方のことを。
貴方は苛烈で居て、物事を好く視てゐるから。
自分の足り無い処を埋めてくれる。
だから、好きなのだと。」
「!!・・・はッ!!
・・・今更、愛の告白かよ・・・。
手前の口から聞いても意味ねぇよ・・・。」
嗤い飛ばした黒だったが、その言葉に力はなかった。
「・・・墓迄持って逝く心算だったが、教えてやるよ。
あいつは云ってやがったよ。
手前は静かで余計なことを云わ無い。
けど、云うべきことをちゃんと云う。
自分のすべてを受け入れてくれる。
だから、好き、だとよ。」
嫌嫌と、黒は吐き捨てた。
白は唯、眼を閉じて。微笑んだ。
「・・・・・・・彼女、らしゐな。」
また、沈黙が流れた。
屋上は波打つやうに崩壊し、黒は素早く後退した。
丁度、白の隣、中庭に背を向けるやうにして。
「はぁ・・・。やっと終いかよ。存外長い終焉だったな。
まるで人生のやうだな。なァ?」
「・・・―――彼女は、幸せだっただろうか?」
白が唐突に空を仰ゐだ。表情を隠すやうに。
「訊くまでもねぇ。手前も解ってるだろ?
こんな最高の男、二人に愛されて。
――最高に幸せだったに、決まってるだろうが。
あいつの男を見る眼はたしかだったぜ。」
その自信満満の答えに、白は初めて黒を見て笑った。
「・・・・嗚呼。そうだった。
俺は貴方のことが嫌いだったけれど、
彼女が貴方を選んだのは何故か解ってた。」
「・・・上等だ。俺だってそうだよ。
あいつのことは、全部ぢゃねぇが、
それくらいは、解ってた。
だが、これだけは譲れねぇ!!」
そう叫んで、
それは崩壊が先だったのか、二人の行動が先だったのか。
白と黒は、まるで先を争うやうに、中庭へと墜ちて行った。
「「――――俺は、彼女を愛してた!!!」」
地が裂けよとばかりに。まるで断末魔のやうに。
その叫び声を掻き消すやうに、ビルヂングは倒壊した。
後にはまるで雪のやうに瓦礫が舞い落ちた。
そして、死の静寂。
唯、二つの白と黒の腕に守られるやうに。
小さな墓標と、一輪の花。
花だけが青青と生気を放って。
まるで微笑んでゐるやうに揺れた。
紙を繰るやうな風の音。
ぱたん、と本を閉じたやうな音を残して。
世界は、終わった。
(終)
読みづらい方、多数だったと思いますが、
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
ちなみに、同人誌の配布予定は今のところございません。
完全なる自己満足です。
ひょっとしてひょっとして気に入って下さった方がいましたら、
ご気軽にご連絡くださいませ。