表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

終わりの始り

作者: 雪井 蛍(通常小説・詩集 名義)

初短編!!

頑張って短くしました。

いろいろと挑戦しましたが、お楽しみいただけると幸いです。

青臭い未熟者だから云わせて貰うが

偉人の、先人の、他人の、文章の引用など必要無い


 これは私の文章だからだ


私を形容する言葉など無いし

そんな縛りなど必要とし無い


云いたいことはそれだけだ 



 ~或る女の詩集から~



*****************************



 「――少し昔話をしやうぢゃないか。」

男の妙に紅い唇が動いた。

「・・・・。」

対峙するもう一人の男は無言を返した。

けれど、それは否定ではなく、肯定をしたやうだった。

「世界が終わる迄の暇潰しにゃ好い話だ。」

「・・・・・・。」


 二人の男は、天を衝くやうな高いビルヂングの屋上に立って居た。

その向こう、遠く遠い地平線迄びっしりと高いビルヂングが密集して居る。

その地平線に近い建物が崩壊し始めて居る。

ぼろぼろと角砂糖を紅茶に溶かすやうに。ぼろぼろぼろぼろ、と。

その崩壊はこちら側に迫ってきて居る。

真っ赤な夕焼け空は、時折ビルが舞上げる瓦礫(がれき)の粉で一杯だった。


「―― 一人の女の話だ。手前も好く知ってゐる女だ。

云うまでもねぇな。」

よく喋りよく話す男は黒かった。

髪も瞳も、びっしりとキメたスーツもネクタイも、帽子も靴も。

唯その肌は吸血鬼のやうに白く、その唇は血を溢したやうに紅い。

まるで舞台俳優のやうに大袈裟に手足を動かす。


「・・・・・・。」

無言を貫く男は今迄表情を動かさなかった。

だが、その一言だけには、ぴくり、と顔を硬直させた。

静かな男は白かった。

髪も・・(瞳は流石に蒼かった)、

だぼつゐた襤褸(ぼろ)のやうな加工の服も、

髪飾りもサンダルも。

唯その肌は浅黒く、唇は血を失ったやうに紫だった。

人形のやうに微動だにせず、その表情は殆ど変わら無い。


「・・・しっかし、手前、返答は期待しちゃいねぇが、

聴いてる素振りくらゐしろや。相槌、解るか?」

挑発するやうに男が云っても、

「・・・・・。」

白い男は表情すら変えなかった。

黒い男は少し機嫌を損ねたやうだったが、諦めた。

「・・・ま、いいだろうよ。期待した俺が莫迦だったよ。」


「――彼女は・・・」

唐突に白い男が口を開ゐた。

その口調は危うい病的な響きがあった。

まるで空に向かって話して居るやうだった。

「手前!!云ったそばから・・・っ!!

ほんとに俺が莫迦みてぇぢゃねぇか・・・!!」

「・・・・・・。」

これには白は何の反応も返さなかった。

黒は拳を震わせて居たが、やがて、

「っ、・・・・で?」


「・・・彼女は、綺麗だった。

・・・・・・唯、美しかったんだ。」

そう、詠うやうに云って後はダンマリだった。

「・・・それだけかよ。

誤解があるとゐけねぇから云っとくが、あの女は平凡な顔形の女だ。

数多い女と付き合った俺が云うんだから間違いねぇ。

・・・・・――唯・・綺麗だと云う意見には反対しねぇ。

―――あの女は・・・」





 「・・・そん時に、あいつは云いやがったんだ。

『それは、大層面白い御話ね。』。

・・・・傑作だろ。この俺様に向かってだぞ。」

「・・・・・。」

黒の男の話は長かった。

が、白の男は苛立ちも見せず、その話を聞いて居た。

否、実は聞ゐて居無いのかも知れぬ。


「――で、詩人を気取りながら、

夢を散散語っときながら、

あっさり死んぢまゐやがった。本当に嗤える話だぜ。」

「――彼女を、笑うな。」

「・・・・お?」

だが、しっかりと話を聞いて居たらしく、そこだけはしっかりと白は反撃した。

黒は暫し眼を瞬かせたが、白の、蒼い眼が直ぐなことに感心したらしく。

「・・・悪かったよ。そう云う意味ぢゃねぇ。」

存外素直に謝った。



 其処で二人は揃って、ビルヂングの屋上から中庭へと繋がる中央の穴を見下ろした。

其のビルヂングの様は、俯瞰(ふかん)して見れば、

まるで渦高く積まれたドーナツのやうだった。

その穴を、黒は嫌そうに横目で。

白は哀しそうに正面から。

その後、黒は塵で灰色に煤けつつある夕空を見上げた。

その瞳に孤独がちらり、とよぎって消えた。

白はその場に膝を着いて、しゃがみ込んだ。


「・・・全く。うんざりするやうな長く仰々しい世界の終焉だぜ。

手前もそう思うだろ?」

「・・・・。」

無言の肯定を返して、白い男も空を見上げた。

世界の崩壊は迫って居た。建物の倒壊する音が煩い。


「・・・・もう()っくに俺達の世界は終わっちまって居るのによぉ。

――あいつが死んだあの日から。なァ?」

黒はそこで狂気的に腕を振った。

「・・・・・。」

白は唯、中庭に咲く一輪の花と。

小さな墓標を見つめて居た。彼女のささやかな墓を。


「・・・存外、あいつが死んだから、この世界も終わるのかも知れねぇや。

・・こんなのはつまんねぇからな。」

黒は投げやりに呟いて。

「・・・・・。」

白は只黙して語らず。


「・・・案外、この世界丸ごとがあいつの為の大きな墓かもな。」




 「――長い話も終いだ。」

黒い男が云った。

とうとう崩壊が二人の居るビルヂング迄、到達したのだ。

屋上の縁がぼろぼろと崩れ始めた。

それを無感動に黒は眺めた。

白は中央の穴に腰掛けたまま、其方を見もし無い。


「・・・思えば手前とは長い付き合いだったなァ?

真逆、手前と仲良く世界の終焉を見届けるとは思いもしなかったな。

・・・――俺は隙在らば、

手前を殺す算段ばかりしてたんだからなァ?」

冗談に思える台詞だった。

が、男の狂気じみた眼と、ねっとりとした殺意が、真実を告げてゐた。


「・・・じゃあ、なんで俺を救けたんだ?」

ダンマリだった白がボソボソと云った。

そう。崩壊する街から安全なこの場所へと、

白を連れて来たのは、この黒い男だった。

「さァな?」

さっきとは真逆のさばさばと返した答えに、白は唯黙って。


「はぁ・・・。まァ、あれだ。

懸命に殺そうとしてた男が、アッサリ死ぬとか俺の沽券に関わるだろ。

それに・・・おまえが他所で死ぬとあいつが困るんだとよ。」

あまりに自然に付け加えられた最後の一言に。

「・・・また・・また、俺は・・・彼女に救われたのか・・・。

彼女が死んでからも・・・・・。」

白は無表情のまま涙を流した。

涙は中庭に落ちて行き、丁度好く花びらに乗った。



 沈黙が残り少ない時間を埋めた。

只、建物の崩壊の音が、振動とともに空気を震わせる。

やがて、ポツリ、と白が呟いた。


 「――彼女は云って居た。貴方のことを。

貴方は苛烈で居て、物事を好く視てゐるから。

自分の足り無い処を埋めてくれる。

だから、好きなのだと。」

「!!・・・はッ!!

・・・今更、愛の告白かよ・・・。

手前の口から聞いても意味ねぇよ・・・。」

嗤い飛ばした黒だったが、その言葉に力はなかった。


 「・・・墓迄持って逝く心算だったが、教えてやるよ。

あいつは云ってやがったよ。

手前は静かで余計なことを云わ無い。

けど、云うべきことをちゃんと云う。

自分のすべてを受け入れてくれる。

だから、好き、だとよ。」

嫌嫌と、黒は吐き捨てた。

白は唯、眼を閉じて。微笑んだ。

「・・・・・・・彼女、らしゐな。」


また、沈黙が流れた。

屋上は波打つやうに崩壊し、黒は素早く後退した。

丁度、白の隣、中庭に背を向けるやうにして。

「はぁ・・・。やっと終いかよ。存外長い終焉だったな。

まるで人生のやうだな。なァ?」



 「・・・―――彼女は、幸せだっただろうか?」

白が唐突に空を仰ゐだ。表情を隠すやうに。

「訊くまでもねぇ。手前も解ってるだろ?

こんな最高の男、二人に愛されて。

――最高に幸せだったに、決まってるだろうが。

あいつの男を見る眼はたしかだったぜ。」


その自信満満の答えに、白は初めて黒を見て笑った。

「・・・・嗚呼。そうだった。

俺は貴方のことが嫌いだったけれど、

彼女が貴方を選んだのは何故か解ってた。」

「・・・上等だ。俺だってそうだよ。

あいつのことは、全部ぢゃねぇが、

それくらいは、解ってた。

だが、これだけは譲れねぇ!!」

そう叫んで、


それは崩壊が先だったのか、二人の行動が先だったのか。

白と黒は、まるで先を争うやうに、中庭へと墜ちて行った。

「「――――俺は、彼女を愛してた!!!」」

地が裂けよとばかりに。まるで断末魔のやうに。

その叫び声を掻き消すやうに、ビルヂングは倒壊した。

後にはまるで雪のやうに瓦礫が舞い落ちた。

そして、死の静寂。


 唯、二つの白と黒の腕に守られるやうに。

小さな墓標と、一輪の花。

花だけが青青と生気を放って。

まるで微笑んでゐるやうに揺れた。

紙を繰るやうな風の音。

ぱたん、と本を閉じたやうな音を残して。


世界は、終わった。




 (終)


読みづらい方、多数だったと思いますが、

最後まで読んでいただいてありがとうございました。


ちなみに、同人誌の配布予定は今のところございません。

完全なる自己満足です。

ひょっとしてひょっとして気に入って下さった方がいましたら、

ご気軽にご連絡くださいませ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ