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ヒトクイー暴食種狩りー  作者: 太陽に灼かれて
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起章【転移編】 第五話「遠征戦、出撃」

 

 白牙の撃退から数日が経過した。

 兵の皆は体を休めているが、ただ見学していただけの俺はそういうわけにもいかない。

 掃除炊事などの雑用に追われ、夕方以降空いた時間をうまく活用する。

 強くならねば。


 とはいえ俺は刀のド素人である。

 そんな俺成長する為にはどうすればよいか。

 まずは模倣。

 先日見たシンバの動きを目に焼き付け、

 その特徴を紙にまとめ、動きのイメージを定着させる。

 一般的な成長のプロセスは何事においても

 ・基本の徹底

 ・模倣

 ・独自性(自分の強みを生かせる点)の模索

 これを一つ一つ丁寧にやっていく事だ。

 基本の徹底―――まぁ筋トレに中るだろう、これは常日頃やっている事だ。

 そして模倣―――シンバの動きのイメージと合わせて、身体の使い方をシンクロさせる。

 自分の強み―――は今の所分からない。


 ていうかないのかもしれない。

 それでも、だ。


「シッ!!」


 ビュンッ!


 木刀が空を斬った。

 今出来るのはこうして刀を振り続ける事だ。

 基本の徹底と模倣。

 とりあえず出来る事を全力でやるしかない。


「スゥ・・・ハァ・・・」


 刀を上段に構える。

 脇はあまり開かずに・・・握る手は力を抜き親指と小指でキュッと絞めるように意識する。

 そこからダァン!!と勢いよく地面を蹴る。

 瞬時に左足で地面を掴む。


「フゥウッ!!」


 勢いを上体に伝え、全力で木刀を振り下ろす。

 ビュッ!

 そのまま即座に腕をたたんで上半身をググッと巻き―――踏み出すと同時に力を解放する。

 突き。


「ンッ!!」


 そのまま横一線、肩を放り出す勢いで前方にある刀を横に振る。

 ―――首を落とすイメージで!


「エヤァッ!!」


 ブンッ!


「ハァッハァッ・・・」


 額から汗がぼたぼたと地に落ちる。

 早く強くなりたい。

 死にたくない。

 元の世界に帰りたい。


「ハァッハァッハァッ」


 胸が苦しい。

 先日の強化型にあっけなくやられた二人のイメージが拭いきれない。


 俺はあの名前も知らない内に殺された二人よりも弱いんだ。


 正直あの強化型とか現れたら死ぬイメージしかわかない。

 暴食種などもってのほか・・・。

 不安に押しつぶされそうだ。

 ただ怖い。

 俺は不安で不安でたまらない胸を晴らすように―――


「ハァアアアアッ!!」


 想いを、具体的行動に移す。

 ビュビュッ!!

 剣閃を二度、放つ。


「ハァ・・・ハァ・・・ハァ」


 強くならなきゃ。

 絶対に刀匠級になって、生きて元の世界に戻らねば。


「アアアアアアアッ!!」


 ビュビュビュビュッ!!


「ゼェ・・・ゼェ・・・ゼェ・・・」


 だからこれでいいんだ

 不安になっていい。

 不安になるから、それを晴らすために刀を振り続けていられる―――問題解決の為の具体的行動に移す。

 不安になりやすい俺の心の弱さは、溢れる原動力(モチベーション)という強みに変わる。


「はずだ・・・!」

「精が出ますね」


 こんこん、と扉をたたきながら佇む女性の姿に目をやった。

 相変わらず似つかわしくない服を着ている。

 どこから持ってきたんだか・・・。


「姐さん・・・」

「ハードワークは体によくありませんよ?明後日まで体を休ませておいてください」

「はぁ・・・?」

「ハレ太君・・・リーダー直々の指名です」

「え・・・あの」

「遠征戦に出撃してもらいます」


 こうして俺の、初めての遠征が決定した。





【遠征戦】

【物資の補給、食料の確保の為に白兵のみで基地外へ繰り出す戦闘の事。敵がどこから現れるか分からないという精神的重圧は迎撃戦とは比較にならない。故に激しい消耗の中、過酷な戦闘を強いられる。初出撃の白兵の死亡確率は80%以上と言われている】


「ま・・・一通り言うとこんな感じですね」


 美麗がすらすらと言った。

 薄暗い、蝋燭の火がゆらゆらと影を揺らす部屋に俺はいた。

 先ほどからのほのかに鼻腔をくすぐるように甘く香るこの匂いはアロマによるものだろうか。

 要約すると俺は、

 ラ●ホみたいな部屋にいた。

 間違えた。

 シンバと美麗の部屋に呼び出されていた。


「お前の今回の役目は‘‘道案内‘‘だ。命がけのな」

「命がけの・・・道案内!?」





「道案内・・・?」

「ハレ太・・・てめぇ、元の世界のこの町に住んでたな?」

「え・・・」


 なぜそれを・・・。


「お前と一緒に転移に遭った奴らから聞いた」


 シンバはあっけらかんと言い放った。


「お前に頼みたいのは道案内だ。未だに俺達は基地の外に未知の部分が多い。お前は目的地までの道案内を頼みたい」

「・・・俺がそんな過酷な状況で生き残れるとは」


 絶ッッッッッ対行かない。


 遠征戦の内容を聞く限り超精鋭しか生き残れないようだが・・・。

 なんか、迎撃戦で慣れというか。

 そういうのをある程度こなしてから行くものじゃないのか?


 俺はまだ‘‘奴ら‘‘を一匹も倒したことすらないのに。


「行きたくありません・・・俺はまだ死にたくありません」


 だから率直に思いを伝えることにした。

 俺の言ってることは道理が通っているはずだ。

 シンバは何というだろうか・・・。


「ハレ太・・・遠征戦は基地の全員が生きていく為に必要な戦いなんだ」


 仲間の為だと言うつもりか?

 正直俺はここの人たちにそこまでの思い入れはない。

 わざわざ俺が死に目に遭う道理はない。


「それは分かってますが・・・」


 絶対行きたくねぇ・・・。


「それに出撃に出ればすぐ刀匠級になれる」

「・・・!!」

「刀匠級の権利は知っているな」


 元の世界に帰れる・・・。


「遠征戦は確かに危険だが討伐数は劇的に上がる。危険な分メリットもデカい。それに今回は内爺も含めた刀匠級全員が遠征に参加する。美麗、この前刀匠級全員で遠征した時の犠牲者は何人だ」

「0人・・・一人の犠牲者も出ていません」

「だ、そうだ。絶対に死なんとは言わねぇ。だが条件は」

「行きます」

「・・・話が早くて助かるぜ」


 シンバはニヤリと笑った。


「今回の目的はホームセンターの探索だ」

「ホームセンター?」

「そうだ、ホームセンターだ。ある物資をそこで手に入れる」

「はぁ・・・」


 その後、俺達は数時間かけて蝋燭の火が揺れる部屋の中、美麗が時折持ってくる飲み物や軽食をつまみ遠征の計画を練った。


「出発は明後日の朝だ。―――今日はもう休め」

「はい、よろしくお願いします」


 バタン。

 トトト。


 廊下から響く足音が聞こえなくなった後、シンバはゆっくりと口を開いた。


「美麗、みたか?あいつ・・・」

「?」

「遠征戦ならすぐ刀匠級になれるぜって言ったときの目の色の変わりようさ」

「変わりましたか?」

「あぁ・・・俺が仲間の為だなんだと言ってもシラけた面してやがったが奴が刀匠級になれると聞いた瞬間目の色を変えやがった。あいつは自分が帰れればそれでいいんだ」

「あら・・・素直で良いと思うけど・・・。シンバはそういうの嫌いですか?」

「大好きだな。あいつは機転が利くし、素直で良い奴だ。ずる賢さもあっていいさ。何より大事なのは・・・」

「自己の欲望に忠実であること、でしょ?」

「そうだ。ほとんど見ず知らずの人間の為に命を懸けて遠征にでるなんて―――俺の圧力に負けてそう言ったら拍子抜けするところだったが」

「あの子は自分の為に戦うんですね」

「あぁ。久々に鍛え甲斐のあるやつが来たな・・・」

「・・・」


 で、俺はそれをドア越しに聞いていた。

 足踏みを少しずつ小さくすることで足音の代わりになるかとつい閃いたがうまくいったか。


 しかしなるほど。

 シンバは俺の気持ちを全て見抜いていたわけか。

 鋭いな。

 リーダーともなるとこうも洞察力に長けるようになるのか。


 なんにせよ俺がやることはひとつ。

 道案内を成功させることだ。

 命懸けで。

 面子が揃っていて安全性が高いのならば討伐数は二の次、とにかく遠征の経験を積めればいい。

 そうすれば次第に力が身に着くはずだ。


「ンッアァッ・・・」

「・・・」


 部屋の中から美麗の甘い声が漏れてきたので、俺はその場を後にした。



 暗い廊下を歩きながら、シンバから得た情報を整理する。

 多くの情報を伝えられたが、一番興味深かったのは刀匠級の各々が持つ能力、固有能力(パラメイタ)の事だ。

 渡された紙にはにわかには信じがたい刀匠級の力について記されていた。


 まずは元殺し屋、常に単独遠征にでており、基地ではあまり姿を見ることが出来ない老兵。内田惣一郎。


 ・最損益の賭博者(ハイギャンブラー)

【片目をつぶらないと刀が抜けない、右手でしか刀を持てない、などの制約を自らに課すことで自らの身体能力を向上させる事が出来る。制約の危険性が高いほど身体能力は大幅に向上する】


 一人で十分強い内田はこの世界を調べる為、常に単独で遠征に出ている。

 と、シンバが言っていた。

 ものすんごい爺さんだ。



 そしてリーダー神場進之介


 ・獅子(しし)神輿(みこし)

【生きた獅子の様なマントを具現化させて背負う。攻撃力を主として、身体能力が劇的に向上する】

 ・豹袁人(レオパルド)

【刀が二対に変化する。腕が毛皮に包まれ、主に跳躍、高速移動等の機動性を主として身体能力が劇的に向上する。獅子神輿の対となる能力】


 シンバは身体能力が増すシンプルな能力を使いこなす。

 元々の格闘能力も相まって、それのみで基地内最強の実力を得ている。



 JK侍こと、葛西早希。


 ・回復する有酸素領域(リブテリトリー)

【自らの周囲の大気中に含まれる酸素の濃度を増加させる。自己治癒力の向上、疲労回復と温泉の様な効果がある。込める練気の量で領域を広げる事が可能】


 移動時は常に彼女の能力で皆が回復することでできるらしい。

 温泉みたいで便利だな。



 次に穏やかな顔で敵を斬り殺す鬼畜お坊さん、北宮仏子。

 脚に木の下駄、胴に甚平、頭にタオルという全身真っ白コーディネート、ブシスタイルと呼ばれるそれが彼のトレードマークだ。


 ・命の(メシア)

【斬れば斬る程、切れ味、耐久性といった刀の基本性能が増す。しかし‘‘奴ら‘‘ではなく暴食種か人間を斬らねば能力は発動しない。仏子は自らを斬る事でこの能力を使用する】


 坊主なだけに、悩むことが多そうな能力だな。



楼速(ろうそく)の美麗」の異名を持つお姉さん、由比峰美麗はひらひらと舞い落ちる桜の葉の様に急停止、急加速により敵に‘‘絶対に捕まらない‘‘事を軸とした戦闘術・楼速(ろうそく)を使用する。


 ・増殖(ぞうしょく)(とう)

【刀に練気を込める事で、その名の通り増殖させることが出来る能力。練気が持つ限り増殖は可能で長さ、重さもある程度操作が可能。作り出した増殖刀はで1時間以内で自動消失する】


 最後に「(らん)(けん)の藤司」の異名を持つ中学生、藤司要


 ・3分間の英雄(インスタントヒーロー)

【身体能力と刀の性能が向上し疲労が一時的に全回復する。しかし持続時間が一日3分間と短く、時間を使い切ってしまうと全身疲労で動けなくなるという弱点がある。回復には丸一日を要する。藤司は発動を数秒単位に抑えることで遠征戦での能力発動を可能にする】



「うーん・・・」


 改めて見ると恐ろしい面子だな。

 これ意外と安全なんじゃないだろうか。

 てかそもそも戦いになるのか?

 あの化け物のような強さを誇るシンバ(クラス)の白兵が、6人。

 能力を発動したシンバは暴食種と呼ばれる最強級(クラス)の敵を前にしてもひるまなかった。

 だからいくら腐乱人や腐乱獣が湧くと聞いた所で倒されるイメージが浮かばない。

 シンバが安心しろというのも頷ける。

 俺は素直に安心して、眠りについた。




 そして次の日、遠征隊メンバー全員で丸一日を共に過ごした。

 人間はチームで動く場合、その人数が増えれば増えるほど、一人当たりの仕事の効率は落ちる。

 そうならない為にシンバが行った対応がこれだ。


 ①コミュニケーションを取ること


 これについては一日皆と過ごすだけで、シンバの日頃の努力が伺えた。

 チームの上に立つ彼は、早希や、藤司といった構成員にさえよくイジられる。


 上に立つものがいじられるのは、組織の風通しがいい証拠だ。


 勿論それを見て影で馬鹿にするような阿呆がいればまた話は別だ。

 だが、このチームにそういう人間はいない。

 風通しがよければ全員が柔軟な発想を言い合える。

 それから生まれる小さな気付きや確認が、大きなミスや危機を未然に防ぐことがあるのだ。


 良いチームとはそういうものだ。


 ②役割分担を互いに明確にすること

 基本、全員が戦闘を行うがそれぞれに小さな役割がふられた。

 早希は移動中、その能力で全員に回復機能を維持し続けなければならない。

 皆いわく、早希の回復する有酸素領域(リヴテリトリー)があるとないとでは、肉体疲労に大きな違いがあるらしい。

 そして俺は道案内を行う。

 戦闘以外の役割が重要である俺達二人は、皆の護衛の対象になる。

 そして刀匠級の5人が周囲を警戒しつつ護衛する。

 おおまかに言うとこういう役割になった。



 出発の朝はあっという間に訪れた。


「・・・気を付けてね」

「おいしい料理たくさん用意しておく・・・から!」


 せりなと東吾が俺の手を握って言った。


「あぁ・・・」


 出発の朝、基地の人間が入口に集まり送り出してくれた。

 皆が不安そうな顔で俺達を見つめている。


 大丈夫だよ東吾。

 俺の横に立っている人たちは皆刀匠級(ばけもの)だからね。

 人間を地面に突き刺せる人とかいるからね。

 そう心の中でつぶやいた。

 美麗に聞かれたらまた埋められる。


「ハレ太君・・・今まで有難う。私・・・頑張るね。」

「ハレ・・・グスッ太君・・・グスッ絶対・・・生きて帰ってきて・・・」


 二人が泣き出した。

 あれ・・・?


「だ、大丈夫だよ。何泣いてんだよ二人とも」

「でもぉ・・・僕皆がら聞いだがらぁ・・・」

「何を?」


 東吾が鼻水をすすりながら涙を拭いた。

 何を聞いたんだろうか。

 俺が生きて帰れる可能性は低いとか言われたんだろうか。

 俺の頭の中に一瞬で候補が挙げられた。


 松:遠征戦は危険なんだ・・・・(目を伏せる)

 竹: 怪我一つないとは思わない方が良い。

 梅:彼が生きて帰れる可能性は・・・(押し黙る)


 大方、基地の先輩方に梅あたりを言われたのだろう。

 確かに新人が生きて帰れる可能性は低いのだから。


「遠征に行った新人は大体死ぬってぇ・・・」

「ド直球だなぁおい!!」

「私もそう聞いちゃったのぉ・・・ひぐっ」


 せりなが号泣しながら俺の腕の袖をキュッと摘まんだ。


 誰だこんなかわいい子にそんなドストレートを投げつけたやつは!


 見るとシンバがニヤニヤとこちらを見ていた。


「?」


 そしてぐっと親指を突き立てた。

 あんたかい!


「行くわよ、ハレ太」


 早希が慣れた口調で玄関を後にした。


「行ってきます・・・」


 こうして俺の初めての遠征の幕が上がった。

 あぁくそ。

 出発前に皆の泣き顔を見たからだろうか。

 不安だ・・・。





 バスに乗り込み、打ち合わせ通り仏子が運転する。

 俺の役割は道案内だ。


「街に降りたらハレ太君、お願いしますよ」

「はい!」


 天候は晴れ。

 荒れた山を下り、

 林の道々を抜けると、

 窓の外に一気に明るい景色が広がった。


 山から見下ろす形で、市の全貌が露になる。


「これは・・・」


 思えば俺はこちらの世界というものをあまりよく知らない。

 この世界の、自分が生まれ育った街を最後に見たのはあの恐怖の初夜のみ。

 あの時は全く気にも留めなかったが―――。

 否、気にする余裕がなくて分からなかった―――。


「街が・・・崩壊してる」


 こちらの世界は、崩壊していた。

 建物は半壊し、窓は割れ、コンクリートの道は荒れていた。

 昔読んだ漫画の世界―――核戦争により文明が壊滅的に破壊された世紀末とまでは言わないがよく似ている。


 俺はこの街で育ったのだ。

 通いなれた学校、母に連れられて行ったショッピングモール。

 原型をわずかにとどめ風化したその建物は、

 ここはお前がいた世界なのだと訴えるかのように記憶の中と全く同じ位置に顕在していた。


 一瞬頭に疑念がよぎった。


「あの・・・」


 俺はそれを迷わず口にした。


「こちら側の世界の人に・・・生き残っている人は?」


 こちら側の母は。俺は。

 どうなったんだ?


「いねぇよ・・・集中しろハレ太。どのみち皆喰われたか腐乱人になったかだ」

「シンバ」


 美麗が諫めるような視線をよこした。


「打ち合わせしてただろうが、余計なこと考えてんじゃねぇよ。ハレ太は自分の仕事に集中してればいい」

「だからって・・・」


 美麗は少しシンバを見つめたが、それ以上は何も言わなかった。

 その後申し訳なさそうに俺を見る美麗と目が合い、俺はぺこりと頭を下げた。


 美麗さんの気持ちはありがたいが冷静になればシンバの判断が正しい。

 俺は役目をしっかりこなさねばならない

 すでになくなった世界の事より、今に集中するべきだ。

 それが今俺に出来る事だった。


「次の角を右へ・・・そのあと道なりにまっすぐお願いします」

「ブロロ・・・」


 バスは音を立てながら市の中心部から、徐々に郊外へと進んでいった。

 住宅が多くなってきた・・・。

 そう思いながら景色に目をやったとき、視界の端に奴らの姿を見た。


「・・・!!」


 戦慄を覚えながらも冷静に見ると、半壊した建物の中から、またその影から多くの視線を感じた。


「ギギギ・・・」


 腐乱人・・・!!

 ざわわ、と全身に鳥肌が立つ。


「走ってるバスに飛び乗ってくるような奴はいねぇよ」


 一気に警戒心を強めた俺は、落ち着いたシンバの言葉に少し安堵した。


「ほっほんとですか」

「あぁ、本当だ・・・」

「そうですか、それなら」「来たね」


 俺が言い終わらない内に藤司が口を開いた。


「来たってなにが・・・」


 藤司は何も言わず刀に手を懸けたまま、もう片方の手でバスの前方を指さした。


「・・・」


 道路のはるか100メートルほど前方にゆらりと立つ影が見えた。


「あれは・・・腐乱人?」「


 ギュオッと。

 まるで俺が言い終えるのを待っていたかのように、その影が一直線にこちらに走ってきた。


「え・・・?」


 おかしい。

 さっきシンバは言ってたじゃないか、

 飛び乗ってくるやつはいないって。

 シンバは何が面白いのか、口元をニヤッと笑わせて言った。


「ま、強化型じゃない限りな」


 いるじゃねぇか!!


「ひっ!!」


 前方の影は物凄いスピードで迫ってくる。

 動き出したのはほんの数瞬前だというのに、もうすぐそこまできている。


「うわっあぁっ・・・」


 脂汗が浮かんだ。


「シン・・・シンバさん」


 皆は刀に手を懸けたまま前を見て微動だにしない。

 ダッ!!

 背中から、奴が地面を蹴る音が聞こえた。


 おいおいおいおい!

 速い!


 反射的に振り向くと、奴が運転席の仏子めがけて飛びつこうとしているのが目に移った。


「ぶ、仏子さぁあああああん!!」


 彼はよけるそぶりを見せない。

 ダメだ。

 間に合わない―――!!


 ズバンッッッ!!


 次の瞬間、運転席に飛びこもうとしていた腐乱人の体は真っ二つに分かれた。

 グシャ。

 落ちた遺体はすぐにバスに轢きつぶされた。


「えと・・・え?」

 何だ?

 何が起きたんだ?


 振り向くと皆が笑っていた。

 早希は座席のせもたれをバンバン叩いていた。


「仏子さぁああんて、仏子さぁあああああんてアンタ・・・」

「なっ!!」

「とびのってくる腐乱人や腐乱獣は内爺がみんな斬り落としてくれるから平気ですよ。まぁ警戒はして損はないですが・・・ぶふっ」

「・・・」


 美麗の綺麗な顔が堪える笑いで崩れている。


「ともあれ爺さん一人に任せっぱなしにするわけにもいかねぇか。俺が行ってくるから皆は引き続き中で待機を」

「「「「「了解」」」」」


 シンバは窓からバスの天井へと飛び乗った。


「僕も行くー」


 続いて藤司も窓に体をグイッと乗り出すと、曲芸師のような動きで身軽に移動していった。

 その後、飛び掛かってくる腐乱人や腐乱獣は数匹いたが、内田とシンバと藤司が・・・、

 もとい頭上からの斬撃が全て斬り落とした。


「この大通りの途中に・・・ありました。到着です」


 広い大通りの先の、また広い駐車場の奥にそれはあった。

 ホームセンターと書かれた看板は錆びながらもかろうじてその文字を現在に残している。


「お手柄よハレ太・・・こんなところにホームセンターがあるとは気づけなかったわ」


 早希がバスを降りながら口にした言葉に、皆が同意した。

 そういうものだろうか。

 流石にこの最高戦力といえど大きな市全体でどこにあるか分からないホームセンターを探すのは骨が折れる・・・という事か。

 何にせよ無事につけてよかった。

 シンバがあたりを見渡しながら言った。


「よし、このままさっさと砥石を集めて帰るぞ」

「はい・・・!!」

「と、言いたいところだが」


 その後ろでチャキ・・・と皆が刀を構える音が聞こえた。

 その音に振り返り見た光景に俺は絶句した。


「遠征戦の開始だ。お前ら死ぬなよ・・・生きて帰るぞ!」

「「「「「了解!!」」」」」


 広いホームセンターの駐車場を埋め尽くすほどの敵に、俺達は囲まれた。


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