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ヒトクイー暴食種狩りー  作者: 太陽に灼かれて
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間話「ハレ太の専門分野」

 

 ‘‘なぜ父は俺にこんなにひどい事をするのだろうか‘‘


 理由は皆目見当もつかない。

 ただ物心ついたころには既に―――。

 俺は幼い頃から父から暴力を振るわれていた。


 ボクッ!!ボクッ!!


「げほっ父さん・・・やめて・・・ガハッ」


 容赦のない蹴りに腹の中の臓物が全て出てきてしまいそうな嗚咽が漏れた。


「黙れ!!」


 ドガァッ!!


「ァッ・・・!!」


 父は憤怒の表情のまま緩める事無く俺を蹴る。


「~~~ッ!!」


 嗚咽と共に一気に溢れそうになる涙を堪える。

 泣いたらさらに蹴られるんだ。

 泣いちゃダメだ・・・。

 そんな思いで歯を噛みしめながら思った


「このッ・・・クソガキがっ!!」


 転がる俺の頭を父の脚が捉え、俺は身体ごと軽く吹き飛び壁へと激突した。

 ゴッと鈍い音がして頭の中が真っ白に染まった。


 あぁ。

 後頭部を打ったのか。

 もう分かんないや・・・。


 頭の中からズキズキと音が立っているかのようだ。


 痛い。

 痛いよ、父さん・・・。


「ヒュー、ヒュー」


 意識がもうろうとしてきた。

 おぼろげな目で見つめる俺の表情が父を一層憤慨させたのか、何か苛立つ事でもあるのか。


「この穀潰しがっ!!」


 再度ドッ、という鈍い音と共に再び脚が俺の腹部に突き刺さった。


「オォッ・・・ゲェエエエ」


 びちゃびちゃびちゃ。

 むわっとした臭気と共に嘔吐した胃液が床に広がった。


「てめぇ・・・なに汚してんだぁああああああ!!」


 バキッ!!


「あがっ・・・」 

「くそがっこのっ」


 バキッ!!

 ボクッ!


「アァァ・・・ッ!!」


 殺される・・・。


 身を守ろうとする腕にもはや力はない。

 もういっその事・・・。

 ・・・死にたい。


「ガキがっ!!くそっ!!」


 ガッ!!

 バキッ!!


「ウゥッ・・・」


 俺は天国にいけるだろうか。

 いや地獄でもいいか。

 とにかく、



 次に目覚めたときには死ねてますように。



 そう願いながら、とめどなく涙が流れる眼を力なく閉じた。





「・・・」

「・・・」

「ァ・・・」


 目が覚めると、視界に広がったのは白い天井―――ではなく、

 いつもの、薄汚いアパートの天井だった。


「うぇっげほっ」


 死ななかったか・・・。


 よくもまぁあれだけ蹴られて、痛いだけで済むものだ。

 ズキズキと、棘が刺さった様に痛む腹を抑えながら起き上がる。


 口の中にまだ胃液がこびりついていて不快だったのですぐ洗面所に向かった。

 家の中に父の姿はない。

 付けっぱなしのTVの音だけが、寂し気にオンボロアパートの一室に響いている。

 そこにTVからの臨時速報の音が流れ、ニュースキャスターが急かすように言葉を綴った。


「お笑い芸人の又よちさんが、第86回直木賞を受賞しました!まもなく生インタビューを放送いたします!」


 賑やかなTV画面を尻目に、放置されたままの嘔吐物を処理する。

 臭ぇ・・・。

 ガサガサ。

 むわぁっと異臭が鼻をつくが、黙々と汚物をふきとりビニール袋に入れた。

 きゅるるる。

 腹が頼りない音を鳴らした。


「又よちさん。賞を獲れた要因は何でしょうか?」


 あぁ。

 お腹がぺこぺこだ。

 そういや給食のパンの余り、持って帰ってねぇや・・・。

 食べ物がない。

 お腹、減ったな。


「いや~、子供の頃から日記書いてたのが良かったんでしょうね」


 ピタッ。

 手が止まった。


「日記・・・ですか?」

「えぇ、僕は子供の時から日記に自分の本音をぶつけるように書いてましたから。それが処女作にも関わらず賞を獲れた要因だと思います。処女作にも関わらず!」

「な、なるほど」

「処女作にも関わらずね!」


 その後のキャスターとのありきたりなやりとりはまったく耳に入らなかった。


 子供の時から日記に自分の本音をぶつけるように書いてましたから。

 それが賞を獲れた要因・・・。



 これか。



 俺は幼少時から綴っている日記に目をやった。

 日記・・・ストレスの捌け口によくメモ帳に本音を書きなぐった結果、いつのまにか毎日のやったことを書くようになって生まれた日記(それ)

 そしてTV画面に映った文字が俺を動かした。


【最優秀賞 賞金100万円】


「・・・!!」


 俺はすぐさま、家の中を転げながら小銭を集めると、それを握りしめて近所のスーパーへと走り、ありったけの原稿用紙を買った。


 新人賞を取って、そのお金で親の元を離れる。

 これだ!!



 このまるで無根拠とも言える杜撰な計画が、俺と小説を引き合わせた。



 教材は家の中のゴミに混ざっていた一冊の官能小説。


【成功の為には数を打つ事が有用】


 どこかの自己啓発本に書いてあったその言葉をなぜか妄信的に信じて、俺は物語をとにかく書いた。


 だが脳は大食いだ。

 2時間も書き続けていると頭がくらくらしてくる。

 そういう場合は飴やチョコレートで糖分を補給しながら書くと良い。


 ネットでそう知識は得たものの、

 飴やチョコレートを買うお金はなかったので、

 台所にあった角砂糖をなめて脳の疲れをいやした。


 これは高級なキャンディーなんだと自分に言い聞かせながら、大事に大事に舐めた。


 学校ではいじめられていた分、恋愛だ部活だと余計な誘惑は俺の生活から遮断されていた。

 だから、小説だけに没頭した。

 そして中学を卒業。

 高校には進学したものの、ひきこもりがちになった。

 そして―――15歳。

 高校一年生に上がったばかりの春。


「よぉおおおおっしゃああああああ!!やった!!やったぁあああ!!」


 俺は四年間の全てを懸けて賞をつかみ取ったのだ。


 終ぞ収まることはなかった父の暴力から逃れるために。


 高校生作家という看板をひっさげ、

 逃げるように家を飛び出し俺は自らの力で自由はつかみ取った。


 新人賞を取った後も油断はしなかった。

 二作、三作、とそれまでと同様に、いやそれまで以上に執筆にのめりこんだ。

 官能小説を書き続けた。


 官能小説だけが小説の全てではない。

 俺はまだひとつのジャンルに染まるには若すぎる。

 が、そこへの挑戦は基盤が安定してから。

 まず多くの官能小説の作品を作り上げて、貯金をして、それからだ。


「まだまだ書けるんだ、俺は」


 官能以外にも書ける力があるんだ、俺には。

 ここからだ。

 ここから俺のサクセス・ストーリーが始まる。

 いける・・・。

 いけるぞ!!


 そんな時、俺はこちらの世界に迷い込んだ。




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