エピローグ「後の曙」
時はあっという間に過ぎ―――2年が経った。
「では曙先生渾身の第二作、JKサムライ・エッヂの発売記念!サイン会を開始しまァアアアアアす!」
ワァアアアアアア!!
真っ白な布がかかった長机の席に俺は一人座っている。机には俺の第二の息子とも呼べる作品が積まれていた。
「にょおん♡」
そして頭の上には既にペットと化したふっさが乗っている。俺はその席で目の前の男達の興奮の叫びに胸を躍らせていた。
「さぁみなさん今日も興奮していってください!」
男達がワァッと歓声を高めた。
オフィスラブを描いた俺の一作目の官能小説から一転、
バトルアクション物として新たに生み出した俺の第二作、
JKサムライ・エッヂは主人公のJKが刀でズバズバとゾンビを斬り殺しまくる爽快アクション物語だ。
着想は俺がつい2年前までいた世界から。
生きる為に命を懸け、隣りあわせの死に怯えながら戦い続けた日々からこの作品は生まれた。
テーマは興奮。
「曙先生の一作目からのファンです!!サインお願いします!」
「あぁ、どうもありがとう。興奮してますか」
「もちろんです!!」
俺は再び小説家として活動していた。
こうして生きていると、俺達が命を懸けたあの世界での日々は夢だったのかもしれない。そう思う時が多々ある。
「サインお願いします!」
「はいでは」
この日々があまりにも平和で穏やかだからだ。
帰還当初、俺たちは死んだ仲間の事を嘆いた。
共に戦った仲間―――シンバの、皆の死はなかったことになっていたのだ。
警察に問い合わせても話は信じてもらえず、亡くなった仲間たちは皆行方不明者―――その一言で片づけられた。
理不尽だ!・・・叫びだしたくなる衝動を皆が抱えていた。
皆が悲しんだ。
凄まじい悲しみが降りかかった。
だがそれで意気消沈するような者ははなから生き残ってなどいない。
全力で生きる―――生き残った俺達が出来るのはただそれだけなのだ。
ただそれがどんなに尊い事か。
俺達は命懸けでそれを学んだつもりだ。
だからこそ―――。
「あ、曙先生、次回作は小学生ものをお願いしますでゅふ」
ファンの男性が頬の肉を揺らしながら言った。
「け、検討します」
こうして、俺は全力で第二作の執筆―――出版に成功したわけだが、
どうにも・・・。
うーん。
「ハァハァ曙先生、第一作から大ファンですハァハァ」
「なるほど、素晴らしい興奮ですね。ありがとうございます」
一作目が官能小説というだけあって、ファンの連中は皆おっさんだ。
それもむさくるしい類の。
「ハァ曙先生ハァがんばってください!応援してますハァ!!」
「・・・ありがとうございます!!」
でもまぁ―――悪くないか。
悪くない。
大事なのは自分の欲望を開放して、全力で打ち込むこと。
全力で打ち込むのは疲れるし、なにより成果がでるまで不安が募る。
それが未知の領域であれば、あるほど。
だが一生懸命生きる日々は、充実感を与えてくれる。結果がどうであれ。
それが、やりたいことをやる、という事だ。
「―――ですよね、師匠」
一つ気がかりな事は小恵比寿の存在だ。
あの日、帰還した仲間の中に彼女姿はなかった。
あちらの世界で唯一生き残った人間、小恵比寿杏子は俺の手で命を落とした。
ならば―――
こちらの世界の小恵比寿は、どこにいる?
出来うることなら超能力など使わずに生きていてほしい。
ただ探そうにも手掛かりはないまま時は過ぎた。
もしかしたら彼女はこっちの世界には存在しないのかも・・・。
時間軸も曖昧だ。
探そうにもあてはなかった。
「はい、次の方どうぞ~」
目の前の本にサインを書き込み、次なるファンを呼ぼうと顔を上げた。
「・・・」
開いた口がふさがらなかった。
「お、お願いしますでゅふ」
机に座る、脂汗を流す絵にかいたようなオタク―――の後ろに、一組の親子を見た。
「お母さん、なんか大人の人たちが集まってるよ?」
「見ちゃいけません!杏子、手ぇ握ってなさい」
「はーい」
見覚えのある黒髪の少女と一瞬目が合い、母に手を取られ去っていった。
「なんだ・・・こんな近くに・・・」
目を細めてその様子を見守った後、立ち上がりかけた腰を椅子に下す。
今の彼女に俺は必要ない。
それに・・・
「あんた、次はまともな本書いたのね、来てやったわ!」
「ははは、なんだかんだでちゃんと一作目読んでるじゃぶげぇ!!」
俺は帰還直後に告白され、今は早希と付き合ってる。
俺は俺で幸せだ。
やりたい事をやる為には力がいる。
豪華なものを食べたいならお金がいる。
お金がほしいなら仕事がいる。
部活で勝ちたいとか、テストで1位になりたいという願いを叶える為にはその力がいる。
それは学校を卒業して社会に出ても変わらない。
会社に嫌な上司がいたとしても、君がサラリーマンとして会社に養われる限り、それに逆らうことは出来ない。が、会社に養われる以外に金を稼ぐ力があればその苦汁をなめる必要はない。
その力がなければ、上司の辛辣の言葉に耐え、転勤に耐え、毎日通勤し、情けない気持ちを誤魔化しながら生きねばいけなくなる。
社会に出ればそんな生き方をしている人達を嫌でも目にする。
シンバは違った。
女を守りたいという欲に武力も以て応えた。
そして自身の死をもってもう一つ大事なことを教えてくれた。
人の生は短いという事だ。
ぼーっとしてると、すぐに20代、30代、40代のおっさんになる。
そんな人生を明るく照らすために、やりたい事をやっていくのだ。
欲望に全力で応える。
それが素晴らしい生き方だと俺は今、壁に刺さりながら思う。
「抜けないわね・・・抜けないわ」
ちなみに気纏などの能力は失っても早希のツッコミは衰えなかった。
俺はこれからもやりたい事をたくさん見つけてすべてに挑戦していくだろう。
―――と、ここまでが俺の不思議で恐ろしい世界の物語だ。
俺は今後はまぁ、
制服デートは鉄板として漫画喫茶デートはやる経験しておくべきだろう。
そして温泉旅館に泊まって和室でゆっくり・・・。
小説がひと段落着いたら漫画の原作にも挑戦したい。
あと・・・そうだな、お笑い芸人なんかもいいな。
あぁ、考えるだけで愉快になってきた。
君もワクワクしてこないか?
これが―――そうだ。
‘‘楽しく生きる‘‘ってことさ。
次は君の番だ。
●結章【決戦編】終
「ヒトクイー暴食種狩りー」
おしまい。