転章【激闘編】 第十二話「最強種、ジェララバードとダルム」
シンバが独り帰ってきたのは、彼と内田が遠征に発ち一か月以上の月日が経過した日のことだった。
「奴の居場所が分かった」
作戦室で、シンバはいきなりそう言った。
「場所はここから南にある医療研究施設だ。その最奥に奴・・・夢の少女はいる」
「見つけたんですか?」
仏子の落ち着いた声は、皆の心の声を代弁していた。
「あぁ。だが、奴には完全体暴食種が二体が常についていた。・・・強力な腐乱人の暴食種・・・完全体だ」
「完全体暴食種が・・・二体・・・」
「しかも施設周辺には暴食種がわんさかいるんだ。今、爺さんが一人で敵の数を減らしてくれている。が、正直あの二体だけは俺と爺さんだけで勝てる相手じゃねぇ」
シンバは腕を組んだまま続けた。
「だからお前らについてきてほしいと思う。俺達が全員で乗り込めば・・・奴らを倒せる」
「・・・」
作戦室の空気は重かった。
敵の二体の完全体暴食種。
2メートルほどの巨躯を誇る老人、ダルム。
先の細い青年のような見た目の鬼人、ジェララバード。
その二匹の見た目は完全な人間で、言語を交わしていたらしい。
基本的に人型の暴食種は強くなればなるほど人間の姿に近づくというが、あれほど完全に人間の姿に近い個体を見たのは歴の長いシンバですら初めて見たとの事だ。
人間に近いという事はそれだけ栄養を摂取しているという事で、
つまり―――それだけの強さを誇ると言っても過言ではない。
「信じて、大丈夫なんですね?リーダー」
美麗が口を開いた。
「あぁ・・・だが敵はかなり強い。状況も過酷だ。お前らを無理矢理連れて行こうとは思わねぇ・・・が、頼む」
シンバは机に座ったまま頭を下げた。
「皆が帰れるかもしれんチャンスだ。力を貸してくれ」
その言葉に美麗が優しく微笑み、藤司がニヒヒと笑い、仏子が当然じゃないですかとつぶやき、早希が任せなさいと言った。
「恩にきるぜ・・・」
「「「「当然」」」
その後、シンバが俺の方を見た。
「で、お前はどうする?」
「行きます」
即答だった。
最初の遠征戦の時とデジャヴだな。
「そうか・・・!!」
普段一人でなんでもやってしまうシンバにこうも頭を下げて、頼られる。
皆使命感に燃えないわけがなかった。
「さて、さっそく打ち合わせにはいらせてもらう」
「リーダー固い固い」
「うるせぇよ」
シンバが笑った。俺達は久方ぶりに、全員そろって談笑をした。
「やはり我々はこうでなくては!」
仏子がおどけた顔で笑った。
皆が笑った。
作戦が決まったことよりも内心その事の方が嬉しかったのは、多分俺だけではなかったはずだ。
次の日の朝、俺達は遠征に出発した。
「今日で俺達の戦いも最後になるかもしれねぇ。いや、最後にするんだ。気合入れろよお前ら!」
「「「「「了解ッ!!」」」」」
目的の施設へは、約半日の時間を要した。
麓の市街を抜け、バスを数時間走らせ到着した森の中で降りる。
襲い掛かってくる敵を倒しながら徒歩で移動し、医療施設へと歩みを進める。
医療施設は森の奥の開けた場所に悠然と建っていて、
あっけなく俺達の接近を許した。
「おかしいな・・・暴食種の数が減ってやがる」
シンバが言った
「老師が倒してくれたんじゃ・・・」
「・・・かもな」
「・・・」
皆口数がいつもに比べ少ない。表情も心なしか固い。
緊張してるのか・・・?
ピタッ。
戦闘をあるくシンバの足が、森を抜け医療施設を駐車場越しに正面に見据えた所でピタッと止まった。
「・・・なんであいつらがここに」
俺達の視線の先、施設入口に二人の男が立っていた。
一人はすまし顔の線の細い青年、
一人は大柄な老人。
俺達が最初に遭遇したのは敵陣営最強の個体。
完全体、暴食種の二匹だった。
※シンバ視点
まずいな。
打ち合わせと違う。
内田と施設前で落ち合い、フルメンバーで中へ乗り込む。
だが俺達の20メートルほど先には既に敵が待ち構えていた。
あそこに立つ二人。
ダルムを、内田とハレ太。
そしてジェララバードを、残った俺達で倒す。
そのつもりだったんだけどな。
「リーダー」
美麗が刀に口を開きながら刀に手を掛ける。
どうしましょうかと目で語る。
「まだ動くな・・・」
どうする・・・?
内田はどこに行った。
まぁあの爺さんの事だ、死んではいないだろうが・・・。
このメンツでやるか?
敵はこちらに気付くも動く気配はない。
逃げるのもありだ。
だが―――今、周囲に新手の気配はない。
それに広い駐車場なら戦いやすい。
これは好機・・・?
やるか―――。
「俺がでかぶつをやる。お前らは全員であっちの」
すまし顔を、と言おうとした時だった。
「お見合いでもするつもりか?」
耳元でジェララバードが囁いた。
「くぉああっ!?」
いつの間に背後に―――!?
ドンッ!!と音がして隣に立つ美麗が吹き飛んだ。
「!!?」
ジェララバードは既に掌底を放った後の構えを取っていた。
「命の刀!!」
キンッ!!
固い音が響く。
ジェララバードが手の甲から生えたブレードで仏子の刀を受け止めていた。
咄嗟の状況で判断が速いのは日頃から精神を鍛えてるだけあると言った所か、流石仏子だ。
だが―――おかしい。
ついこの前戦った時のジェララバードは、こんなに簡単に俺の背後を取れるほど速くなかった。
しかも門からあの距離を一瞬にして詰め、美麗に攻撃を放つのにさえ気付かないとは・・・。
さらに言うと今の状況はまずい。
隊列は既に完全に崩されている。
陣形も何もあったもんじゃねぇ。
ジェララバードは仏子の刀を受け止める力に逆らわず体をくるりと回した。
流れるような動きだ。
違和感を感じる。
俺のイメージの中にあるこいつの動きと違う。
前はもっと強引な印象が強かった。
だからこそこの人数で行けば勝てると思ったが―――。
「仏子ッ!!引けっ!」
「ハァアアッ!!」
ジェララバードはくるりと回った体の勢いを利用し、回し蹴りを放った。
「グアッ!!!」
仏子が後ろの早希ごと吹き飛ぶ。
「獅子神輿ッッッ!!」
蹴りを放ち無防備な体勢を見せたジェララバードに横一閃、体を真っ二つにするつもりで斬撃を放つ。
キンッッッッ!!!
ドガァアアアン!!
ジェララバードは咄嗟にブレードで受け止めるも、勢いを殺せず吹き飛び岩棚に激突した。
「逃げろお前ら!!」
皆動揺している。
このままじゃやられる。
「俺が食い止める!!戻れっ!!」
ダメージを負いながらもなお立ち向かおうとする仏子達に声を投げた。
最悪のパターンが頭をよぎった。
全滅。
ブオン。
頭上から空気が割れる音が聞こえた。
「おぅわっ!!」
とっさに体を捻ると、足元の地面が割れた。
バガァアアアアン!!
上空から降り立った巨体―――ダルムの拳が、深々と地面に突き刺さった。
「ガハハハハハ!躱しおったわ!!」
「オオオオオオオオッ!!!」
ガキィン!!
渾身の力を込め刀を振るうも、ダルムの固い甲殻に覆われた両腕に受け止めらる。
堅い・・・!!
ザクッ。
死角から襲うジェララバードのブレードが俺のわき腹に突き刺さった。
「・・・アガッ・・・。ハレ太ァアアアアアアアア!!」
こういう時に撤退の判断が出来るのはあいつしかいない。
後ろを向いて叫ぶと、既にハレ太が仏子と早希を担ぎ森の中へ入ろうとしているのが見えた。
言うまでもなかったようだ。
良い判断だ。
仲間をおぶったまま、こちらを振り向くハレ太と一瞬目が合う。
泣きそうな面をしている。
行け。
任せたぞ。
「・・・」
ハレ太は黙って森の中へ入っていった。
それでいい。
他の奴なら見捨てられないとか甘っちょろいことを言ってたかもしんねぇ。
やっぱりあいつを連れてきて良かった。
「よそ見とは余裕じゃのぅ、小童ァ」
ダルムは俺の刀を地面に流すに腕を降ろし、上体を屈ませ上段蹴りを放った。
屈んで交わす。
「ぐぅ・・・」
ぶちぶちとわき腹が悲鳴を上げる。
傷口から身体が千切れそうだ。
さらに横からブレードの影が再び俺に襲い掛かる。
速い。
「豹袁人!!」
即座にスピード重視の能力に切り替えバックステップを踏むと、俺がいた場所に光のような速度でブレードを叩き込むジェララバードの姿が瞳に映った。
「ガハハ。若ァ、こいつは敵さんの大将のようじゃのう」
「だろうな、手ごたえがある」
ジェララバードは右腕のブレードを払い、こびりついた土をパッと地面に落とした。
「ここいらの暴食種はまずかったが、人間、特にお前は―――」
―――旨そうだな。
グチャァ、とそれまですました顔をしていた端正な顔が暴食の欲に歪んだ。
畜生。
そういう事か・・・。
「この辺一帯の暴食種がいなくなったのはお前らが・・・」
「あぁ。喰った。不味いものだが不思議と力は湧いてくる。なぁ、ダルムよ」
「ガハハ。若ほどは喰えんがのう」
聞いたことがある。
暴食種は、共食いをすることによってその肉体の強度をあげると。
「お前はさぞ美味いんだろうな」
まずいな・・・。
血はドクドクと腹から流れ出している。
それに先ほどダルムの一撃を受け止めたからか、左手に力が入らない。
アドレナリンのおかげか痛みは多少ぼやけてるが・・・。
折れてるか?
「さらに・・・」
パチンとジェララバードが指を鳴らすと、
施設から飛び出した影がダァン!と奴の隣に着地した。
「なん・・・だと!?」
10体はいるだろうか。
そこにはいつぞや見た筋骨隆々の鶏男や、頭が魚の男、獣型の暴食種・・・、
異形の化け物が立ちはだかりそれぞれ戦闘形態に体を変化させた。
ビキビキビキ・・・。
「暴食種とはいっても骨のある者がいないわけではない・・・。フン、貴様らは皆殺しだ」
「させてたまるかよ・・・馬鹿野郎」
まいった・・・。
「ガハハ!!大人しく降伏すれば楽にしねるものを!!」
「獅子袁人ォオオオオオオ!!」
一撃に懸けるしかないようだ。
練気を体内で爆発させ身体を獅子の姿に変える。
俺の持つ最上級の固有能力。
奥の手。
獅子袁人。
燃費が悪すぎる能力だがまぁ、文句は言うまい。
「オオオオオオオオオッ!!」
今から放つ技はただの突撃斬り。
急激に上昇した身体能力を駆使して突撃し、加速した勢いを乗せた全力の斬撃を放つ。
単純にして、明快。
俺の中で最も攻撃力のある、必殺の一撃を。
渾身の力で、放つ。
「アアアアアアッ!!」
ズダァアアンと全力で地面を蹴り刀を振る。
「獣縦貫道ォオオオオオ!!」
ブシャァと鮮血が舞い十数匹の暴食種の首が次々と舞う。
「なっ・・・」
「ラァアアアアアアアアア!!」
まだだ!!
身体は悲鳴を上げているが、まだ倒れるわけにはいかない。
せめて奴の片方の首だけでも―――。
しかし
ガキィイイイン!!
渾身の太刀はダルムによって止められた。
「くそ・・・が」
身体が崩れ落ちる。
能力の副作用だ。
力が入らない・・・。
「ガハハ。力強いのう」
ちく・・・しょう。
※ハレ太視点
俺と藤司は息も絶え絶え皆を担ぎバスへと運んだ。
息が苦しい。
「ハァッハァッハァッ」
藤司の息も荒い。
「あんちゃん・・・どうしよう」
「基地まで撤退だ」
「リーダーを・・・見捨てるの?」
藤司は目に涙を浮かべた。
しかし藤司が助けに―――いやふい打ちを喰らったとは言え、俺達は全員でかかって先ほど殺されかけたのだ。
行ったところで無駄死にする結果は見えている。
ゴォオオオン・・・!!
「!!」
遠くで爆発音が聞こえた。
「バスを出すんだ!!」
「・・・うぅううう!!」
こんな時の為に俺達は全員バスの運転をマスターしている。
藤司も例外ではなかった。
涙ぐんで唇を噛むと、アクセルを押しハンドルを握った。
ブロロロロロ・・・。
バスは元の道を戻るべく急発進した。
シンバはどうなっただろうか。
無事ではないだろう・・・。
最後に見た時シンバは、左腕がダランと肩から力が入っていなかった。
腕が折れていた。
そして脇腹を貫かれていた。
「・・・」
俺は、バスの乗降口の手すりに手を掛けた。
「あんちゃん・・・何を」
「このバスが狙われたら最後だ。奴らが追って来たら・・・」
「リーダーが負けるわけないじゃないか」
「・・・」
シンバが負けるわけがない。
それが願望であることに藤司は多分気づいている。
「俺があいつらを食い止める・・・!!」
「・・・何言ってんだよ」
ブルブルと震える俺の腕を見て藤司は言った。
自分でも何を言ってるかよくわからなかった。
「大丈夫、ふっさも一緒に戦ってくれる。なぁ、ふっさ」
「にょおん」
「でも・・・でもさ!!」
「藤司、これは撤退という戦いなんだ。俺とふっさは奴らを食い止める戦いに行く」
「あんちゃん・・・怖くないの?怖いんでしょ!?それで戦えるわけないじゃん!一緒に逃げようよ!!」
正直怖い。
怖いが―――。
「お前たちを守れるんだ。怖かないさ」
俺は震える身体でバスから飛び降りた。